牛頭
転移魔法陣という非常に便利なものがあるのでこの世界の道はあまり整備されていない。
大金をかけて道を整備しなくても瞬時に移動できるのだから当然だ。
そのため、大きな町と町を結ぶ街道こそ申し訳程度にあるのだが、少しその道を外れるとほとんど道らしいものはない。
そんな道なき道を2時間ほど歩いた町の東の森の中に、大きなミノタウロスの石像はあった。
特別クエスト<牛頭>をクリアーするために、佐々木さんに案内されて俺達はこの森にやってきたのだ。
ほとんど人の手が入っていない薄暗い森の中。腐葉土と若葉の入り混じった臭いのする森の奥深くに苔むした石柱が円形に並んでいた。
その中央にはこれまた苔むしたミノタウロスの石像が鎮座している。傍らの石版には文字と数字が彫ってあった。
【我が試練を望むものは獣の数字を入れよ】
俺はその文字を見ながらナプールのゲームをしていた当時を思い出していた。
獣の数字。つまり666だ。聖書かなにかの記述にある言葉だったと思う。
インターネットで調べれば簡単に答えが見つかるだろうが、残念ながら当時はインターネットもさほど普及していなかった。
小学生だった俺が答えを知っているはずもなく、4桁の数字入力の画面になるから虱潰しに1から数字を入力したのを覚えている。
普通のゲームだとどこかしらにヒントなんかがあると思うのだが、ナプールは糞ゲーの名に恥じることなく一切ノーヒントだったからだ。
普通はこんなん知らないだろうに製作者はなにを考えてたんだろうか?
「マスター。どうするんですか?」
シルクの言葉に現実に引き戻される。
佐々木さんに攻略法を聞き、4人で戦法などを練ってきているのだ。
エルナの短槍とシルクの弓矢には、とある植物からとったという強力な毒をぬりつけてある。佐々木さんが挑戦した時に使った戦法、いわゆる毒ハメのためだ。
挑戦するのは俺たち3人。熱心に勧めてくれたのだが、佐々木さんの奴隷と人形の助力は断った。
佐々木さんの裏切りを警戒しているわけではない。いつも3人で戦っているので人数が増えると戦いにくいとエルナとシルクが口をそろえたからだ。
はっきり言うと邪魔なんだそうだ。使い捨て前提ならば別だけど、そこまでは必要ないだろう。
佐々木さんが神器無しで挑戦して成功しているのだ。まあ俺達だけで問題はないんじゃないかな。
「じゃあ東雲君、くれぐれも気をつけてな。君達の戦力なら問題はないとは思うが、最近は妙に大迷宮のモンスターも強くなってることだしね。油断だけはしないでくれよ」
佐々木さんの忠告に頷く。
「わかりました。じゃあいってきますよ」
石版の下の部分に彫られている1から9までの数字の6の部分を3回指で押す。
3回目に触れた途端ふっと立ちくらみのような感覚に襲われる俺。
同時に石版からすさまじい光があふれ出した。
魔法陣を使った時の感覚だ。おそらくはどこかに転送されたのだろう。
光が収まると、予想にたがわず俺たち3人は不思議な空間に居た。
石柱が何本も並んでいるだだっ広い草原。
俺達から少し離れた場所に石柱のサークルが見える。そしてその中央には大きな牛頭のモンスター。
俺達がここに転移されてきた時から気付いていたのだろう。ものすごい強者の風格を漂わせながら、その牛頭はゆっくりと俺達に向かって歩いてくる。
精悍な牛の頭。3メートルを超える鋼のような肉体。醜悪なモンスターではあるのだが、なぜかその姿にはある種の美しさが感じられる。
おまけに、どういった進化の結果なのか、両肘の辺りからは数本の触手が生えていた。ウネウネと不規則に動く触手を見て思わず声を漏らす俺。
「おーエロイな」
「えっ?」
「えっ?」
うおっ!しまった。つい本音が漏れた。
エルナとシルクの「なに言ってるんだろうこの人は?」という視線が痛い。
いや、だって触手だよ?一部の特殊な趣味の男にとっては夢の器官だ。勿論俺は一部に入る。
「来るぞ!」
なにがエロイのか追求されないうちに大きな声で誤魔化す。
俺達は互いに目配せして散開した。
シルクを先頭にして三角形を作る。強敵を相手にする時の俺達の戦法だ。
防御と体力に優れ、精神的な状態異常に耐性のあるシルクが敵を押さえている間に俺とエルナで挟みこんで攻撃するのだ。
名前 ミノタウロスの王ウンガ
種族 古代ミノタウロス
レベル 70
ステータス
HP 2998/2998
MP 700/700
筋力 999
体力 999
器用 700
知力 300
敏捷 300
精神 400
運勢 500
装備
右手 オラクルアックス
左手
頭
胴体 大刃虎の毛皮
足
装飾
装飾
スキル
<王>・・・すべてのステータス及びHPに大幅な補正
<狂乱>・・・理性はなくなるがHPが最大値の30%以下だと攻撃力に大幅な補正
<超怪力>・・・筋力に大幅な補正
<達人>・・・命中及びクリティカルに大幅な補正
巨人・・・命中及び回避にマイナスの補正 攻撃力に大幅な補正
投擲・・・投擲攻撃時攻撃力に補正
ただでさえ攻撃力が高そうなのに<狂乱>は厄介なスキルだ。
俺の銃は<狂乱>が発動した後で一気に勝負を決めるために温存しておく。
空気を切り裂く音と共に振り下ろされた牛頭の巨大な斧をシルクがヤリモドキを下からすくい上げるように迎撃する。
斧とヤリモドキ。二つの武器がぶつかって大きな金属音が響き渡った。同時に一瞬だけ火花が飛び散る。
それを合図にして俺とエルナが牛頭を両脇から挟みこむ形で挟撃する。
エルナが気合の声と共に短槍で突き牛頭の注意を逸らしている隙に、佐々木さんからもらった神器刀で左足を狙って斬りつける。
こういった大型のモンスターは足をまず狙い、移動力を奪うのがセオリーなのだ。
俺の刀は、ほとんど手ごたえはないのに牛頭の堅い皮膚を切り裂き左足に深い傷をつけた。
さすがに神器すばらしい切れ味だ。
牛頭が俺の斬撃に一瞬ひるむのを見逃さず、シルクは一歩引いて至近距離から弓矢を連射。
何本かの矢は堅い皮膚に弾かれるが、それでもたちまち牛頭の体にハリネズミのように矢が突き刺さった。
「毒が入った!攻撃よりも防御中心で!」
鑑定で確認して、そう指示を飛ばす。
あとは毒が回って弱ったところを遠距離からの攻撃でしとめる手はずなのだ。
俺達の攻撃に強烈な反撃をしてくる牛頭。
だが、あたれば相当なダメージを受けるだろう攻撃も、防御中心で考えていればモーションが大きいので何とか避けることが出来る。隙を見ては脚を狙いダメージを蓄積させていく。
「グワォォォォォォォォォ!」
どのぐらいチクチクと地味にダメージを与えてただろうか。
牛頭の足が血まみれになり、毒が回ったのかあきらかに動作が鈍くなってきたころ、牛頭がひときわ大きな咆哮を上げた。
同時に牛頭の体が一回り大きくなったように体中の体毛が逆立つ。
おそらくはコレが<狂乱>のスキル発動なのだろう。
「エルナ!シルク!遠距離攻撃に切り替えろ!」
そう指示をしながら俺はバックステップを踏み後方に下がる。
同時に腰から銃を引き抜き狙いを定めて引き金を引く。
赤い光の束が牛頭を直撃。苦痛の声を上げながら俺をにらみつけてくる。
理性はないはずだが、銃撃に脅威を感じたのだろう。牛頭は向き直ると、俺に向かって走り出してきた。だが、俺達の攻撃で足に大きな傷を負っているのでその速度は遅い。
バックステップを再度行いながら続けて引き金を引く。
1発!2発!と直撃する赤い光の束。スキルが発動しているので痛みを感じないのか、牛頭は委細かまわず大きく斧を振りかぶった。
間合いにはまだわずかに遠い。
だが、牛頭はなんとそのまま俺に向かって斧をブン投げてきた。
ちょっとおお!
予想外の攻撃に、慌てて身をかわそうとするのだが、不意をつかれていたためにわずかに動作が遅れた。
俺の胸の部分に牛頭の投じた斧がもろに直撃する。
瞬間。虹色の火花を散らす俺の鎧。さすがに神器だというだけあって鎧自体には傷一つつかない。
だが、鎧の中身、俺の方はそうはいかなかった。
ピンポン玉のように大きく弾き飛ばされ宙を舞う。
アバラが折れる感触がはっきりと伝わってきた。そのまま地面に叩きつけられて息が詰まる。
痛てえ!油断した。
そんな俺に止めを刺すべく近寄ってくる牛頭。
銃を撃とうとすると右手に鋭い痛みが走った。どうやら折れているらしい。
左手に持ち替えて撃つのだが利き手ではないので狙いが定まらない。むなしく赤い光の束が牛頭の脇に流れていった。
「ご主人様!」
コレをみて、慌ててシルクとエルナが俺の援護にはいった。
エルナは俺と牛頭の間に割って入り捨て身で槍を突き出す。
ザシュ!
その防御を捨てた一撃は見事牛頭の急所を捉えた。
……急所というのは文字通りの意味だ。
牛頭にとって不幸なことに、身長差があるからエルナの肩がちょうど牛頭の股間の高さにあるんだよなあ。
敵ながら牛頭に同情する俺。あの痛みは女の子には分からないだろうし。アレを刃物で刺された経験はないので正確には俺も分からないんだけど。
「ギュヨオオオオオン!」
牛頭は怒りに燃え、変な咆哮を上げながらエルナを腕でなぎ払った。
俺と同じように吹き飛ばされて地面に叩きつけられるエルナ。
「邪魔者がいなくなった」そんな表情で濁った目を俺に向けてくる牛頭。
そこにシルクがヤリモドキで急襲を行う。
狙い済ましたヤリモドキの一撃が風をまいて振り下ろされ、エルナを殴った腕を切断する。
押し殺した咆哮を上げながら、それでも屈せず残った腕でシルクをなぎ払おうとする牛頭。
しかし、さすがにシルクは敏捷に避けると、二度三度と牛頭にヤリモドキを叩きつける。
そして!
そこに慎重に狙いをつけた俺の銃撃による赤い光が直撃。衝撃で少し体制を崩した牛頭の心臓の辺りをシルクのヤリモドキが貫いた。
それが止めだったらしい。断末魔の叫びを上げながらゆっくりと牛頭はその場に倒れこんでいった。
「エルナ大丈夫か?」
俺の声に応えてなんとか身を起こすエルナ。
「私は大丈夫です。でもご主人様はアバラが折れているかもしれません。内臓に傷がつく恐れがありますので大きな声は出さないでください」
エルナの言葉を聴くと、俺の傍に駆け寄ってきて傷薬を差し出すシルク。
「マスター。コレを飲んでください」
ええっ。これって塗り薬じゃないのか?飲んでいいものなのだろうか……外国の生水を飲むとお腹を壊すと以前読んだ旅行のガイドブックにあったのだが。
ちらりと目線をやるとシルクが心配そうに俺を見つめている。
……勇気を出して飲む俺。
にがっ!異様に苦い。
ただ、アバラは何とかくっついた様で呼吸が若干楽になった。この世界の傷薬は本当に万能薬だな。
シルクの肩を借りてなんとか立ち上がる俺。体中がきしむ。
「シルクありがとうな。だいぶ楽になったよ」
俺がそうお礼を言うとシルクがうれしそうに微笑んだ。
「よかったですマスター。歩けないなら背負いましょうか?」
「い、いや大丈夫」
正直歩くのは辛い。辛いけれど……
さすがに意識がある状態でシルクにおんぶされるのは男としての自尊心が許さないのだ。
そんな会話をしていると、あたりに偉そうな声が轟いた。
「我が試練を突破したものよ。貴様の望む3つの装備を選ぶがいい!」
周りを見れば、ミノタウロスの居た石柱のサークルの中央に、牛頭の石像がいつの間にか出現していた。偉そうな声は石像から出ているらしい。
その石像の周りに並んだ石柱に9つの装備品がぷかぷかと浮いているのが見える。
剣・槍・斧・槍斧・弓・杖・盾・靴・指輪
9つのやたらと装飾の美しい装備。
本来は12あるはずだが佐々木さんが3つ手に入れているから9つなのだろう。
痛みをこらえながら鑑定を使い、一つ一つじっくりと調べていく。
神器というだけあっていずれも凄い性能のものばかりだ。
なかでも目を引いたのは指輪だ。MP消費半減の効果がある。
俺は指輪が欲しいな。
銃がMPを100も使うのでMP半減は凄く魅力的だ。
シルクは斧槍。エルナは槍か剣でいいだろうと思う。
「エルナ。お前はどれがいいんだ?槍にするか?」
そう俺が声をかけるとエルナの尻尾が激しくパタパタと揺れた。
神器は冒険者憧れの装備なのだ。真剣な表情で神器を見定めていく。
「いえ、この槍は私には少し長すぎますね。剣も両手剣のようですので今後のことを考えて盾にしようかと思います」
「盾か。うん、いいんじゃないか」
エルナは俺達の中でHPが最も少ない。防御優先はいい選択だと思う。
「シルクはどうする?斧槍にするか?」
「マスター。私は何も要らないです。マスターかエルナさんが好きなのをもう一つ選んでください」
「いや、あの斧槍はどうだ?シルクの獲物にぴったりじゃないか?キラキラしてて綺麗だしシルクに似合うと思うぞ」
俺がそう言うとシルクは手に持ったヤリモドキを高々と掲げてみせた。
「私はマスターに買ってもらったこの斧槍がいいです」
「……」
あーもう、この子は本当にいい子だ。可愛すぎる。こんなんいくらでも買ってあげる。
「シルクはこう言ってるが、エルナはどうだ?他に何か欲しいものはあるか?」
「いえ、とんでもないです。一つ神器を使わせていただけるだけでもありがたいですから、どうぞご主人様がお好きなものをお選びください」
うちの女性達は物欲ないよな。まあ、エルナは奴隷なんで正確には自分のものには出来ないけど。
そういえば、買い物する時にも二人に何かねだられたりした記憶があんまりない。
これからはチョイチョイ気をつけて、俺のほうから何か欲しいものがないか聞いてやらないといけないかもしれないな。
結局二人とも俺に選べと譲らないので、3人で相談して靴をもらうことにした。
防御中心が俺達の基本方針なのだ。
空中に浮いている装備品の中から、盾と指輪そして靴を選び手をのばす。
触れた瞬間に糸が切れたようにストンと手に収まった。
最後に靴を手に入れると、またしてもめまいの様な感覚に襲われる俺。どうやら元の場所に転送されるらしい。同時に冒険者カードが激しく振動した。
挑戦者<ケイ>さんが特別イベント<牛頭>をクリアーしました。
<ケイ>さんは神器を3つ手に入れました。
<ケイ>さんは特別イベントを6つ以上クリアーされました。
おめでとうございます♪
なお、特別イベント<牛頭>は後2回で消滅します。
<レン>さん<ケイ>さんは再挑戦は出来ません。
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名称 《リュミスの指輪》
区分 神器
重量 1
魔竜リュミスの骨から作った魔法の指輪
リュミスの図太さを受け継ぎMPの消費を半減させる
かすかな腐臭がする
名称 《アイジス》
区分 神器
重量 20
流離の小人アーベルリッヒの作り出した輝ける盾
巨人族の7大財宝の一つ
25%の確率で物理攻撃を無効化する
名称 《ヴィーザル》
区分 神器
重量 10
忘れられた魔道都市エッダで作られた
凍える狼を踏みつけし世界で最も強い靴
回避に大幅な補正を与える




