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俺と糞ゲー  作者: ピウス
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新居

「東雲さん。私はね何も部屋でそういったことをするな!といってるわけじゃないんですよ?ただ、他のお客さんの迷惑にならないようにと申し上げているだけなんです」


 腕を組んで仁王立ちした蟻おばさんはこう言うと、正座している俺とエルナをじっとにらみつけた。

 どうやら昨晩のアレが隣に筒抜けだったみたいで苦情がいったらしい。

 朝一番に部屋にきてからずっとこの調子だ。


 だってこの子さ、興奮すると肩口を噛むんだもの。悲鳴の一つも上げるよ。痛くしないっていたんだけどなあ。朝起きてみるとベッドが真っ赤に染まってたんだよね……俺の血でさ。


 どう考えても俺達が悪いので、とりあえずスイマセンと平謝りの俺とエルナ。

 この宿のお隣さんは男だけ3人で泊っているのだ。逆の立場なら俺はきっと壁をぶったたくと思うし。


「まあ、こんな綺麗な子といればね気持ちは分からないわけじゃないけどさ。大体ね、アンタもう30階層に到達した深層冒険者なんだろ?装備だって随分いいものつけてるじゃないさ。ここいらで一軒家に移り住んだらどうだい?」

「一軒家ですか」

「そうだよ。深層冒険者がいつまでも宿住まいじゃあカッコもつかないだろ?」


 一軒家か。それは考えてはいたんだけど、この宿屋の居心地がいいので先延ばしにしていたのだ。


「そうはいっても当てがないというか……ここの料理もおいしいですし」


 俺がそう言うと、釣れた!といった感じで蟻おばさんが語気を強めた。


「それなんだけどね。うちの亭主がアンタにちょうどいい一軒家があるって言っててね。どうだい?アンタがその気ならいっぺん見に行かないかね?」


 ……なるほど。どうやらこれが本命らしい。

 この蟻おばさん商売上手だねえ。


「元々深層冒険者の家らしいんだけど、引退しちまって売りたいって話なのさ。ここいらの顔役の繋ぎなんかはうちでやっておくけど、どうかね?」

「はあ、一応見せてもらって気に入れば考えますけど」

「決まりだね。じゃあうちの亭主に案内させるから準備しておくれよ」


 そういって凱旋将軍のような足取りで部屋を出て行く蟻おばさん。

 バタンと扉が閉まるとエルナがいきなり土下座をする。


「ご主人様スイマセン。私のせいで……」

「あーいや気にしなくていいよ。家はいつか買わないといけないと思っていたからちょうどいい機会だ」


 そう声をかけながらエルナを立ち上がらせる。

 大体声を出したのは俺のほうが多いしなあ。


「ご主人様、本当に家を買われるんですか?」


 驚きながらもなんだか嬉しそうなエルナ。さっきまでシュンとしていた尻尾が勢いよくパタパタと振られている。

 この子感情が尻尾に出るんだよなあ。ポーカーとか賭け事にはつくづく向いてないと思う。


「ああ、まあ気に入ればの話だけどな」


 そんなことを話しながらエルナと一緒に装備を身につけていく。




 ■□■□■□■□




「へー大きな家ですね」


 思わず俺は感嘆の声を上げた。蟻おばさんは基本的に信用していないので、どうせ家といってもたいしたものではないだろうと思っていたのだ。掘っ立て小屋に近いものを想像していた。

 しかし、蟻おばさんの旦那さんだという蟻おじさんに案内された家は中々立派な家だった。

 外観は木造の2階建て。おしゃれなログハウスといった感じだ。蟻さんの宿からも近いのでご飯を食べに行くのも都合がいいな。

 家を見上げうっとりとしているエルナを促して中に入ると小奇麗に整頓された室内が目に飛び込んでくる。

 元の持ち主がそのままおいていったのだろう。品のいい調度品や家具がそのまま置かれていた。

 

「一階は5部屋ですね。台所には炎石もありますし、トイレは小型の転移魔法陣が描いてありますので汲み取りの必要はございません。2階は3部屋です。前の持ち主が寝室として使っておりましたので寝具などはそのままおいてあります」


 何度もお客に見せているのか手際よく部屋を案内していく蟻おじさん。

 炎石は付与魔法で常時高温を発している石だ。現代のガスコンロといったところか。何でも1年程度はもつらしい。

 因みにお風呂なんかを沸かすのもこの炎石だ。浴槽にお水をはって炎石を入れ、良い温度になったら取り出すのだ。

 トイレの汲み取り不要というのもすばらしいね。どこに転移されてるのかは怖くて聞けないが。


「大体ご説明は終わりましたがいかがですかな?お値段の方は5000万ヘルといささか相場よりも割高ではありますが、土地付ですし調度品も自由に処分していいとのことです。今年の税金もすでに支払っておりますので、その部分をご考慮いただければ……」


 一通りすべての部屋を見せ終わると俺たちに感想を求めてくる蟻おじさん。

 俺はすっかりその気になっていた。異世界とはいえ一国一城の主になるのだと思うと気分も高揚してくる。


「どうかなエルナ。俺は中々良いと思うんだけど」

「あっはい。凄くいいです。炎石もあるので私でも料理が出来ると思いますし」


 そう答えた後、エルナは蟻おじさんの傍に移動すると2人でなにやら話しを始めた。

 細かい質問やなんかをしているようだ。

 そんな凄く乗り気なエルナを見つめながら俺はこっそりと考える。


 ……エルナの料理スキル。最初に鑑定で見たときから気にはなってたんだけどさ。

 スキル【料理M・・・おいしい料理が出来たらいいですね】


 このスキル怪しくないか?

 罠のにおいがする!

 糞メガネの仕掛けたいやらしい罠のにおいがプンプンするぞこのスキルからは!


 なんで料理にMがくっついてるんだろう?

 だいたい説明がなんで突き放した文章なんだ?


 料理Mがメシマズならばまだ良い。不味くても我慢すれば食べられないこともないしね。

 だが!

 もしかするとMがMurder( さつじん)だという可能性も捨てきれないのではないだろうか?

 なにしろスキルの説明文はあのメガネの手によって書かれているのだ。

 迷宮探査以上に慎重になるべきだ。

 食事は可能な限り酒場を利用すべきだな。うん。


「あの、顔役さんへの連絡なんかはやっていただけるんですか?」

「はいはい。そちらの方も明日こちらでやっておきます」

「少し住んでみないとこの家の様子は分かりませんよね?最低で1週間はこの家に寝泊りしてから考えてもよろしいでしょうか?」

「うーん。出来れば即日買取が売主さんの希望なんですがね」

「しかし5000万は大金ですし、その売主さんも出来れば……なんですよね?勿論、購入後に欠陥が見つかった場合に仲介のあなたが責任を持って保障してくれるのでしたら話は別ですけど」


 俺の苦悩をよそにエルナは蟻おじさんと話を詰めていた。

 どうやら俺に任せると奴隷屋の時みたいに言い値で買ってしまうと考えたらしい。

 百戦錬磨の商売人っぽい蟻おじさんを向こうにまわして堂々たる駆け引きを繰り広げている。


 正直、俺の金銭感覚は元の世界ならばともかくとして、ここ異世界においては凄くアバウトだ。

 現実感がないというか、お金にさほどの執着がもてないのだ。ゲームでお金を使う感覚に近いといっていいだろう。

 下手に近くにいると蟻おじさんが組し易い俺に話をふってくるかもしれないので、エルナの肩を「任せた」という感じで一つ叩いてから、もう一度一人で部屋をみて回る。


 わざと時間をかけて見て回り、ころあいを見て二人のところに戻ると決着がついていた。

 勝ち誇るエルナ。疲れ果てて憔悴している蟻おじさん。勝者は明らかだ。


 この家の値段は4500万ヘルに下がっていた。

 実に500万の値引きに成功したわけか。凄いぞエルナ!

 その代わり欠陥なんかがあっても自己負担でということらしい。


 まあ、元々この世界に俺達の世界の常識的な制度……借地借家法だとか瑕疵担保責任(かしたんぽせきにん)とかあるとは思えないので、500万も値引きがあったわけだしその金額で契約することにした。

 頑張って交渉したエルナの顔を立てたいしね。


 宿に戻って正式に書面で契約する。

 さすがに不動産の権利関係は色々と複雑でお昼ごろまでかかってすべての書面をそろえた。

 書いた書類も10枚をはるかに超える枚数だ。

 ここんところ肉体労働ばかりしていたので精根尽き果てる俺。

 そろそろおっちゃんの工房にシルクを迎えにいかないといけないのだが、細かい文字を読みすぎて目がチカチカする。


「お疲れ様でしたご主人様」


 そう言ってエルナが肩をモミモミしてくれるのでしばらく酒場の椅子に座って休む。

 もうお昼だしシルクはご飯食べてから迎えにいくか。おっちゃんのところでシルクがご飯をご馳走になれば1食分食事代が浮くしな。

 心地よいエルナのマッサージに身を任せながら俺はそんなせこい事を考えていた。

 エルナの値切りに影響されたんだと思う。




 ■□■□■□■□




 ユサユサと体を揺すられて目を覚ます。


「マスター起きてください。マスター」

「うーん。シルクか。どうしたんだ?トイレか?」


 いつも見ていた宿屋の天井ではないので一瞬不思議な感じがする。

 シルクを工房から引き取って、さっそく購入した家のベッドで眠ったんだったなと思い出す。

 2階にちょうど3部屋あったので一室ずつ3人の個室に割り当てたのだ。

 目を擦りながら枕元に置いてある時計を見る。午前3時。何でこんな時間に起こされたんだろう?


「違いますマスター。私は一人でトイレに行けます。あの、エルナさんがマスターを呼んできなさいって」


 エルナが?こんな時間に何の用だろう?

 はっ!まさか3人で……はさすがにないよな。


 とりあえず寝ぼけ眼のままジャケットを羽織り、シルクに手を引かれて部屋を出る。

 エルナの部屋に向かうと思いきや、なぜか1階に向かうシルク。

 本当に何の用だろうか?

 そう思いながら、シルクに手を引かれるままに1階の居間として使う予定の部屋に入る。


 部屋にはエルナと……荒縄でグルングルンに縛られた3人の男。

 あまりの光景に一気に目が覚める俺。


「ご主人様スイマセンこんな時間に起こしてしまって」

「いやそれはいいんだけど……エルナ。こいつらは泥棒か?」

「いえ、泥棒ではないですね。こいつらは強盗ですよ」


 そういって手に持った槍でガシガシと男たちの腰にある鞘を叩く。

 剣やナイフといった武器は取り上げられたのかテーブルの上に並べてあった。

 鞘から引き抜く時に音を立てないためだろう。刃全体に油がぬってある。


「どうやら顔役への挨拶が明日なのを知って忍び込んできたようですね。手口からみて相当手馴れた連中ですよ」

「いや違う!俺たちは今日はじめて……」


 そう言いかけた男の顎をエルナが手に持った槍の柄で殴りつけた。


「ブバッ!」


 悶絶する男。


「誰が喋っていいといったんですか?私がご主人様と喋ってるんですから黙っててください」


 コワッ。エルナさん怖い。顔は冷静そうに見えるけど相当怒り狂ってる。


「あーエルナが捕まえてくれたんだ」

「ええ、こういった連中が来る可能性もありましたので注意しててよかったです」

「ありがとうなエルナ。俺はこういったことに気が回らないから迷惑かけたな」


 そういってエルナの肩をぽんぽんと叩いて労う。

 男たちに鋭い視線を向けたまま、尻尾だけがパタパタと揺れた。

 ……かわいい奴だな本当に。


「じゃあこいつらを騎士団かどこかに突き出しちゃおうか?」

「はい、勿論突き出しはしますが……今日はまだ外も暗いですので、引き渡すのは明日の朝の方がよろしいかと思います」

「あれ?騎士団の詰め所に夜は人がいないのか?」

「いえ。そういった意味ではなくて……当直はいると思いますけど、朝の方が多くの人の目に触れますので。私たちの家に強盗に入ればどうなるのか多くの人に知ってもらいませんと」


 見せしめというやつか。しかし、私たちの家……ねえ。

 なんとなくだが、エルナが何でこいつらにこれほどの怒りを覚えているのか、わかったような気がするな。


「ああ、じゃあ明日の朝引き渡すことにしようか」

「はい。それがよろしいかと」


 そういって少し凶暴な表情を浮かべるエルナ。

 鋭い犬歯がちらりと見えた。


「それで、引き渡すのはどれにしましょうか?」

「えっ?どれって」

「見せしめは一人で十分ですよご主人様。後の二人は逆恨みなんかをされましたら面倒ですし、いっそ後腐れなく……ねえ。3人とも死体で引き渡すのも効果的だと思いますけど」


 ちょっとまってぇぇぇぇ。

 エルナさん怖すぎる。俺自身殺されてたかもしれないから、こいつらに対して怒りがないといえば嘘になるけど……さすがに殺すのはちょっと無理です。

 エルナの言葉をきいた男たち3人も震え上がって口々に助けを請う。


「スイマセン。出来心だったんです。もうこんなことは2度としません。助けてください」

「俺にはおっかあと3人の子供がいるんです。お願いです殺さないでください」

「こいつらが俺を誘ったんです。俺は悪くないです。助けて下さい」


 ……人間性がでるな。

 最後の奴はやっちまった方がいいかもしれない。

 エルナが最後に発言した男に思いっきりやりの柄を叩きつける。

 白目をむいておとなしくなる男。

 なおもバンバンと叩き続ける。このままだと本当に殺しかねない剣幕だ。


「あーエルナ。見せしめは1人より3人の方が良いと俺は思う。俺たちの家が買ってすぐに血で汚れるのも嫌だし3人とも引き渡そうや」

「ご主人様大丈夫です。血は流さない方法もありますから」


 そういって不満そうな顔を見せるが、それでもしばらくすると気落ちしたように耳を伏せてうなずいた。

 よかった。

 俺とまだ意識のある男2人が揃って安堵のため息をつく。


「じゃあ3人で交代でこいつらを見張っておこうか」

「いえ、そんな。ご主人様はお休みください。ここは私とシルクちゃんで見張っておきますので」

「そうですよマスターは眠っててください」


 いままで黙って成り行きを見ていたシルクも口をはさんだ。


「いや、しかし徹夜はつらいだろう?」

「いえ、どうせ興奮して眠れないでしょうし、ここでシルクちゃんと2人でこの方たちともう少し……お話しをしていようと思います」

「マスター。私はエルナさんのお手伝いします」


 「ねー」という感じで2人して頷きあう。

 お話ねえ。肉体言語っぽいのだが。

 つまりあれか。俺がいるといろいろ邪魔だから寝てろということか……

 ちらりと男たちに目をやると「お願いします。ここに残ってください」と目で訴えかけられた。


「じゃあ俺はもう一眠りしてくる。何かあったら遠慮しないで起こしにきてくれな」


 絶望の表情を浮かべた男たちから目を逸らし俺は部屋を後にした。

 ベッドに潜り込んで目をつぶるのだが、男たちの悲鳴が聞こえてくるから寝れやしない。

 夜だけに声もかすかに聞こえてくるのだ。


 「まだ話は終わってませんよ?眠らないでください!シルクちゃん起こしてあげてください」

 「はい。エルナさん」


 ……きっとその人眠ってるんじゃないと思うんだけど。

 心の中で突っ込みを入れる。結局それから一睡も出来なかった。


 明くる朝。

 ボコボコに顔を腫らした3人の男は通報を受けてやってきた騎士団に引き渡されました。

 めでたしめでたし。


 二人ばかり自力で歩けないので騎士団の人が肩を貸していたし、残りの一人もおかしな方向に手が曲がっていたような気もしますが、多分目の錯覚だと思うので気にしないことにしました。

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