萌芽
翼竜で降りてきたモンスターは残りは黒トカゲだけとなっていた。
こいつがシルクにかかりきりだったので、数で勝る俺たち冒険者が統率の取れていないトカゲ人間を切り倒したのだ。
堅い鱗を持った翼竜は最後まで俺たちを苦しめたが、人形で牽制しているうちに増援の騎士団がくるとあるものは討ち取られ、あるものは空に逃れた。
しかし、シルクと黒トカゲの決着はいまだつかない。
シルクの攻撃はことごとく黒トカゲにかわされているのだ。
黒トカゲの攻撃は時々シルクを捕らえてはいるのだが、頑健なシルクの防御を打ち破れていない。
二人のすさまじい一騎打ちには下手に近づけないので、2人の周りは半円の人だかりが出来ていた。
時折、騎士団の人形が何体かシルクの助太刀に向かおうとするがほとんど瞬時に返り討ちにあっている。
シルクを相手にしているというのに恐ろしいモンスターだ。
俺もなんとか銃で黒トカゲを狙おうとはしているが、いかんせん二人の動きが早すぎて狙いが定まらない。下手をするとシルクにあたりそうなのだ。歯がゆいがじっと様子を見守ることしか出来ない。
黒トカゲは肉体的にはたいしたステータスではない。シルクの攻撃があたればほとんど決着はつくだろう。
なんとかしてあいつの動きを止めるチャンスを狙う。
シルクと黒トカゲの何度目かの攻防の末、隙を見つけたのだろう黒トカゲの斬撃がシルクの鎧の隙間を捉え深々と突き刺さった。
それに反応を見せず、ヤリモドキを小脇に抱え小さく振るうシルク。
どうやら、普通の攻撃ではあたらないので肉を切らせて骨を絶つ作戦に出たようだ。
自動回復を持つ人形ならではの戦法なのだろうが……
あの馬鹿!無茶なことしやがって。思わず心の中で罵る俺。
シルクの捨て身の作戦だが、さすがに歴戦のモンスター。それさえも読んでいたようだ。
左手の盾であっさりと斬撃を凌ぐとさらに体を密着させながらグイグイと刃をシルクに突き立てる。
口から鮮血を噴出すシルク。
苦し紛れに黒トカゲに頭突きをかますが、ここを勝機とみたのか黒トカゲは避けるそぶりも見せずシルクに刃を突きたて続ける。
これはまずい……
いくらシルクが自動回復するといっても殺されてしまう。
思わず銃を撃とうとする俺を「シルクちゃんにあたります」と必死の形相で止めるエルナ。
シルクは限界を超えたのだろう。崩れるように倒れこみ両手を地面についた。
地面にはシルクからあふれた血だまりが出来ている。
黒トカゲは少し距離をとると、止めを刺すべく剣を下に向け刺突の形をとった。
シルク危うしとみた騎士が俺の反対側から弓矢を放つが、左手の盾でいともやすやすとその矢を弾く黒トカゲ。弓矢を射た騎士を見て不適に笑う。
部下は皆打ちとられ、翼竜ももう居ない。
この黒トカゲはもう死ぬのは覚悟しているのだろう。それでも最後にこの雄敵を討ち取るのだとその表情が語っていた。
だが!チャンスだ!
黒トカゲは俺に顔そむけた状態になったのだ。
俺は狙いをつけて銃の引き金を引いた。呼吸を合わせてエルナも手槍を投げつける。
赤い光と青い槍が黒トカゲを襲う。
背後からのこの攻撃に気がついたらしい黒トカゲはなんとか身をよじって紙一重でエルナの槍を避けるが、さすがに俺の銃撃までもは避けきれなかったようだ。赤い光が右の腕に直撃する。衝撃で剣を落とす黒トカゲ。
「キシャアアアアアアアア」
悲鳴のような甲高い苦痛と絶望の声。
斬!
その声を遮るようにシルクがヤリモドキを下からふるい黒トカゲの首を跳ね飛ばした。
見事にすっ飛んでいくトカゲの首。しばらくして崩れ落ちる首無しのトカゲの体。
一瞬の静寂の後、周りから怒鳴り声のような賞賛の声が上がった。
シルクはその声にこたえるようにヤリモドキを杖にして立ち上がる。
よかったシルクは無事だ。
それを見届けると安心して気の緩んだ俺の視界はどんどんと暗くなっていった。
■□■□■□■□
鼻に刺激臭を感じ目を見開く。俺は待機していた民家の庭先のベッドに寝かされていた。
傍らにはシルクとエルナもいる。エルナの手には小瓶があるから気付け薬で起こしたのだろう。
シルクを目にすると無事でよかったという安堵と共に激しい怒りがわいてきた。
もう少しでシルクは死ぬところだったのだ。
あのときの恐怖が俺にまたよみがえってきた。
感情の赴くまま右手でシルクの頭を兜の上からぶん殴る。痛みが走るが怒りで感覚が麻痺している俺はシルクの肩をつかみ揺すった。
「シルク!何であんな無茶なことをしたんだ!」
驚いたような表情のシルク。
「あの、ごめんなさいマスター。でもランドさんが……頼むって……」
「ランドさんは関係ない。シルクのマスターは誰だ?俺だろ!命令もしてないのにあんな危険なことをするんじゃない!いいか!分かったか!」
「あのご主人様……」
俺の剣幕になだめるようにエルナが声をかけるが「うるさい。エルナは関係ない引っ込んでろ」
そういいながら肩に置かれたエルナの腕を跳ね上げる。
「ごめんなさいマスター。ごめんなさいマスター。捨てないでください。捨てないでください。捨てないでください」
そんな俺たちの様子を見ていたシルクは突然ボロボロと涙を流しはじめた。
泣きながら壊れたレコードのようにそう繰り返す。
捨てる?
なにを言ってるんだシルクは?
そう考えた俺は酷い後悔に襲われた。
シルクがなぜあんなことをしたのか分かったのだ。
シルクは前の持ち主に捨てられた。
それも肩の肉を抉り取られごみの様に捨てられたのだ。
あの暗いごみ置き場のごみの中でどれほどシルクは悲しかっただろうか?心細かったろうか?
俺はかつて飼っていた犬を思い出していた。
そいつは捨て犬だった。拾ってきた妹の懇願に両親が負けて飼い始めたのだ。
最初俺たち家族にもびくびくしていた犬だが1月もすると俺たちには尻尾を振って飛びついてくるぐらい懐いた。
ただ……急に物音がしたり、大きな音がしたりするとビクッと震える癖だけは死ぬまで直らなかった。見ている俺が痛々しくなるぐらい犬小屋にかけ戻って震えていたのを覚えている。
シルクは捨て犬なんだ。
だから今度の主人の俺には捨てられないように必死だったのだ。
俺に褒めてもらおうと強敵にも嬉々として向かっていったのだ。
それを俺に怒られて、もうどうすればいいのか分からない状態なのだろう。
「シルク落ち着け。俺はお前を捨てたりなんかしない」
激しい自責の念にかられながらシルクの頭を抱きかかえる俺。
捨てないでくれと繰り返すシルクの背中を何度か叩いていると次第にシルクも落ち着いてきた。
「あのマスター。本当に私は捨てられませんか?」
「ああ本当だ。お前に頼まれても捨てないよ。でもなシルク。お前がいなくなると俺は凄く悲しい。だからあんな無茶なまねはもうやめてくれ」
「かなしいですか?」
「ああ、凄く悲しい」
「そうですよ。私もご主人様もシルクちゃんがいなくなると悲しいです」
「なシルク。お前がいなくなると悲しむ人が2人もいるんだからな。ランドさんだってリンさんだってきっと悲しむ。だから頼むからこれからはあんな無茶なことはするんじゃないぞ。敵を倒したってお前が死んじまったら意味がないんだからな」
「……はいマスター」
そういってシルクは泣き腫らした目をしながらうれしそうに笑った。
うん。やはりシルクは笑った方がかわいい。
そんなことを思いながらちらりと自分の右腕を見た俺は、なぜかもらい泣きをしているエルナに声をかける。
「エルナ少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい。なんでしょうか?」
「腕がさ折れてるみたいなんだけど……これって傷薬で直る?」
曲がってはいけない箇所で曲がってる右腕をプラーンとさせながら俺はエルナにたずねた。
名前 シルク
職業 人形
主人 東雲 圭
ステータス
HP 1998/1998
MP 1099/1099
筋力 999
体力 999
器用 999
知力 999
敏捷 999
精神 100
運勢 100
装備
右手 オブシディアンハルヴァード
左手
頭 オブシディアンヘルム
胴体 オブシディアンメイル
足 オブシディアンフットガード
装飾
装飾
スキル
<第三世代人形>・・・能力値上限999にアップ 常に情報を集め自己進化する
<名匠キューブ>・・・最高の人形師に作られた人形
<自動修復>・・・体内の回復器官が故障しない限り自動的にHPの回復を行う
心種・・・いまだ萌芽せざる心の種 精神的な状態異常に耐性
赤い瞳・・・暗視可能




