侵攻
迷宮の空気を震わせてシルクのヤリモドキがうなりをあげた。シルクを囲んでいた二匹の青い狼が頭と胴を粉砕される。
その隙にシルクを迂回して俺に向かって走りよってくる狼が一匹。
俺は十分ひきつけてから踊りかかってきた狼の腹を剣で横なぎに斬りつけた。
肉を切り裂く手ごたえと共に悲鳴を上げながら地面に落下する狼。首筋を狙って突きをいれ止めを刺す。
「お見事ですご主人様」
最近はすっかり俺の師匠となっているエルナがそう賞賛の言葉をかけてくれた。
そういうエルナの足元には眉間を一突きにされた狼の骸が2つ。エルナも腕を上げているのだ。
最初の迷宮探索から10日。
最近ではなんとか剣の扱いになれてきたので、9階層までは問題なく潜れるようにもなった。
パーティの弱点だった俺が自分の身ぐらいは守れるようになったからだ。
元々シルクの戦闘力が桁外れなので、俺さえ足を引っ張らなければこの階層程度はシルク一人でもお釣りがくるのだ。
レベルも10に上がっている。しばらくシルクに預けていた銃も筋力が上がり、持てるようになったので今は俺の腰だ。
この銃がMPを全部使うのではなく単に大量のMPを使うだけなら非常に使えるので、レベルアップのたびに探索を終えて帰る直前に銃を撃ってから帰るようにしている。
そのため迷宮を出るときは気絶してシルクに背負われていることが多い。なんだか冒険者ギルドの職員さんが俺を見るとニヤニヤ笑ってるようで気分が悪いが……
ただ、最近では最初みたいに頭に鈍痛が走るということもないので、もうすこしレベルが上がり俺のMPが多くなれば気絶しなくてすむのかもしれないと考えている。
……単に気絶する感覚に慣れていっているだけの可能性もあるが。
10階層にある上り階段付近には強力なモンスターがいることがあるという話なので、この階層でもう少し慣れてから10階層には行くつもりだ。
キリのいい階層でもあるし多分ボスだろうとおもうのだ。
定期的に連絡を取ってる佐々木さんはもう十分に勝てるといっていたが、最初で懲りているのでもう少し時間をかけようと思う。コンテニューは無いのだから。
「マスター10階層への階段です。どうしますか?」
「そうだなあ。今日はもう引き上げて明日もう一度9階層で訓練がてらモンスターと戦おうか?」
エルナに聞いてみる。
「そうですね、もう大丈夫のような気もしますけど、ご主人様がもう少し剣に慣れてからの方がいいかもしれませんね。訓練でもう少し覚えていただきたいこともありますし」
10階層へと続く階段を目の前にして、そんな相談をしているとポケットの中の冒険者カードがブルブルと震えた。
俺は何もしていないから佐々木さんが特別イベントをクリアーしたんだろうか?
出来れば特別イベントが消滅してないといいけどなあ。
そんなことを考えながらカードを見る。
【緊急通知】
冒険者各位
西の迷宮より中規模の魔物の侵攻を確認
速やかに冒険者ギルドに集合をお願いする
目に飛び込んでくる【緊急通知】という赤い文字。
なんだこれ?そう思いながら冒険者カードをエルナに見せるとエルナの顔色が変わった。
「最近はなかったのですが、どうやら迷宮から魔物があふれ出したようです。冒険者は有事の際に傭兵として戦争に参加しなくてはなりませんから……急いで冒険者ギルドに戻った方がいいですね」
なんだと!
冒険者にそんな責任があったとは。
俺は神様にカードもらったからそんな説明受けてないぞ。
「これって……行かないとまずいよな?」
「当然ですよ。参加しなければ冒険者の資格を失いますし……何よりこの町のお店の人が商品を売ってくれませんよそんな卑怯者に」
そうか、町まで攻め込まれるとお世話になった工房のおっちゃんたちも危険だよな。
冒険者資格を失うわけにもいかないし。
……仕方がないか。
「よし。じゃあこの階層の魔法陣で戻ろう。シルク前を頼む」
「はいマスター」
シルクを先頭にたてて大急ぎで引き返す。索敵はおろそかになるがモンスターの数が多くなければこの階層程度ならシルク一人で十分ことたりるのだ。
■□■□■□■□
冒険者ギルドは人であふれかえっていた。
100人を超える冒険者や奴隷、人形がひしめいているので異様な熱気がある。
……蒸し暑い日に満員電車に乗った時の臭いがしてるし。
「ランクが4等級以上の方は西の城壁の方に回ってもらいますのでそちらに移動してくださーい。それより下のランクの方は町中の警備でーす。こちらの冒険者ギルドの裏手にある広場に集合してくださーい」
そんな熱気の中、ギルドの職員らしき人が大声を張り上げていた。
どうやら城門を盾に戦うようだ。エルナによるとよほど小規模な侵攻でない限りは町に篭って迎え撃つそうだ。まあ、モンスターは攻城兵器なんて持ってなさそうだしね。
俺は6等級だから人ごみを掻き分けながらギルドの裏手に回る。
冒険者ギルドの裏手にあるいつもは冒険者の新人研修なんかが行われている広場。
そこでは見覚えのある赤い髪の職員さんが冒険者の受け持つ地区の割り振りを行っていた。
参加しているのかどうかチェックする順番で適当に振り分けているようで、俺たちはおっちゃんの工房にほど近い地区に配属された。
ゾロゾロと連れ立って同じ配属の冒険者の人と移動する。
「なあエルナ。町の警備って言うけどさ、町中までモンスターが来ることってあるのか?」
「勿論城門が破られれば市街戦ですが……今回はさほど大きな侵攻ではないようですのその心配は要らないかと思います。ただ、モンスターの中には飛行するものもいますので注意はいります」
なるほど。
考えてみれば空が飛べるモンスターは現代の飛行機みたいなもんか。
10分ほど歩いて持ち場に到着しそのまま待機する俺たち。
臨時に徴発されたのだろうか?大きな民家が俺たちの待機場所だ。
庭には野戦病院みたいに簡単なベッドが並べられている。
「おい兄ちゃん。お前さんはここ担当なのか?」
背後からかけられた聞き覚えのある声に振り向くと、そこには工房のおっちゃんの髭ズラがあった。
「ランドさん!何でここに?」
「なんでって、おりゃ人形師だぜ。傷ついた人形どもをなおさにゃなんねーしよ」
そういって器用に片方の目をつぶる。
……おっちゃん、そういう仕草は許される人と許されない人がいるんだよ?
勿論おっちゃんは許されない人だ。
「おおっシルクもここか!これは安心できるな。俺たちを守ってくれなーシルク」
「はい。マスターと一緒に頑張ります」
おっちゃんはそう答えたシルクの頭を頼もしそうにひとなぜして「準備があるから」と建物の奥に消えていった。
おっちゃんを見送った俺たちは、空っぽのベッドのある庭先でじっと待機する。
周りには指揮官格の渋いあごひげを蓄えた壮年の騎士と30人ほどの若い冒険者がいる。
何れも緊張しているのか極端に会話がない。
3時間ほどその場にいただろうか?いい加減俺がじれてきたころ、西の城門で大きな歓声が上がった。
一斉にそちらを見やる俺たち。
「きましたね」
エルナも緊張しているのか声が堅い。
風に乗ってかすかに爆裂音が聞こえる。この世界に爆薬はないから魔法なのだろうか?
時折聞こえる歓声や怒号を聞きながらじっとその場で待機する。
西の城門で戦闘が始まって1時間。
城壁をめぐる戦闘がどうなっているのかは分からないが、取り合えす城門は破られてはいないようだ。周りの冒険者にもなんとなくホッとした空気が漂っている。
このまま何事もなく終わるといいんだけど……
そんなことを考えていると俺のそばにいた若い冒険者の一人が空を指差して叫んだ。
「翼竜だ!翼竜がいやがるぞ!」
翼竜……竜とついているってことはファンタジーの大定番ドラゴンだろうか?
空を見上げれば確かに10ほどの大きな鳥みたいなものがゆっくりと町の上空を旋回していた。
背中には小さな動く生物がいる。
げげっ!
いわゆる落下傘部隊か!モンスターのくせして戦術的だ。
町の上空を旋回していた翼竜は徐々に高度を下げる。
弓なんかが散発的に射掛けられているようだがほとんど効果はない。
命中するのも稀で、その命中した矢も翼竜の皮膚にはじき返されているのだ。
翼竜はそのまま強引にこの町の大通りに着地したみたいだ。
その付近から冒険者や騎士の怒声、市民の悲鳴がない交ぜになった声が聞こえてくる。
「よし。我々もあちらに向かう。翼竜はブレスこそないが堅いからな、必ず複数で1体を相手にしろ」
カシャリと帯剣を叩きながら指揮官の騎士が俺たちに注意と指示を出した。
行きたくはないけど行くより他に仕方がない。
冒険者の資格を失うわけにもいかないし、何よりおっちゃんもここで頑張っているのだ。俺だけが逃げるわけにはいかないだろうと覚悟を決める。
「いくぞ!遅れるなよ」
そう号令をかけた騎士を先頭に、俺たちは大通りの援護に向かって走り出した。
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俺たちが到着した大通りはまさに戦場だった。翼竜に破壊されたのだろうか?建物は崩れ、そこかしこに冒険者や騎士の死体がある。怪我をして動けないものも多い。
翼竜に乗っていたモンスターなのだろう。モンスターなのに生意気にも鎧を着込んでいたトカゲ人間に、到着するやいなやシルクがヤリモドキを振り下ろした。一刀両断かと思いきや、それをうまく手に持った剣で流して逸らすトカゲ人間。
トカゲのくせにやるなーこいつ。どうやらここに降りてきたモンスターは精鋭らしい。
まあ、空挺部隊はどこの世界もそうなんだろう。少数で後方かく乱がお仕事だし。
中でも手ごわそうなのは、黒く輝く胸当てをつけた指揮官らしき黒いトカゲ人間だ。
大将首とみて冒険者や騎士が何人か切りかかっているが、ほとんど一太刀も交えることなく斬り殺されている。
武器も業物なのか受けた武器ごと腕を切断されている騎士もいる。
名前 ブラックリザードマン
種族 ハイ・リザードマン
レベル 60
ステータス
HP 1000/1000
MP 1300/1300
筋力 600
体力 500
器用 700
知力 700
敏捷 999
精神 600
運勢 300
装備
右手 ブラッドソード
左手 ブラッドシールド
頭 ブラッドヘルム
胴体 ブラッドガード
足
装飾
装飾
スキル
<上級魔族>・・・魔族の中でも高位のもの ステータスに補正
<上級統率>・・・統率するモンスターのステータスに補正
<見切り>・・・回避に大幅な補正
俊敏・・・回避に補正
必殺・・・稀に自分よりステータスの低い者を即死させる
両生類・・・水中でのペナルティなし
必殺……だと!即死もってやがるこの黒トカゲ。
俺のステータスでこいつとは戦いたくないなこれは。
他のレベルの高い人に任せよう。
鑑定しながらそんなことを考えている俺の目に、勇敢にもその黒トカゲに斬りかかる人形が飛び込んできた。
……シルクだ。
近づくなり横なぎにヤリモドキを指揮官の黒トカゲに叩き付けるが、その斬撃を後方にステップを踏んでかわす黒トカゲ。
そのままシルクに切りかかり二人の間で激しい戦闘が始まった。
「シルクもどれ!やめろ!」
「ご主人様。もう無理です。いまシルクちゃんが離脱すればその方が危険です」
まったく。
まさかシルクが暴走するとは。
援護しようにも二人の戦いは激しすぎて俺には手のだしようがない。
シルクのヤリモドキや黒トカゲの武器が辺りの建物の壁をぶちこわしながら戦闘は続いている。
まるで台風だ。
俺の周りでも戦闘が始まっていた。
あちらこちらから断末魔の悲鳴も聞こえてくる。
聞き覚えのある声が聞こえたのでそちらをみると俺たちの指揮官、壮年の騎士がトカゲ人間に喉を切り裂かれ赤く染まっていた。
地面に崩れ落ちピクリとも動かない。
カッと頭に血が上る。勝ち誇るトカゲ人間に走りより肩口を狙って切り下げた。
余裕の表情で手に持った剣でそれを受け止めるトカゲ人間。
しかし、後ろに回ったエルナがそいつの無防備なわき腹を一突き。
激痛にもだえるそいつの首に一撃をくれて止めを刺す。
ここのところ迷宮で身に着けたエルナと俺のコンビネーションだ。
一息ついてあたりを見渡せば、手ごわそうな翼竜には人形が手槍を投げつけ牽制している。
トカゲ人間には冒険者や騎士が数人がかりで取り囲み戦っていた。
こいつらを倒してシルクの援護をするのだ!モンスターは1体1体が強力だがその数は決して多くはない。
そう決意して雄たけびを一つ上げ、俺とエルナはその戦闘の輪の中に飛び込んでいった。




