迷宮
迷宮の中を見渡す。迷宮の内部は当然だが人の手が入っていない洞窟のような造りだ。
俺たちのいるところは、ちょっとした空間になっていて、俺の後ろには魔法陣と大きな水晶、右手と左手には奥へと続く道がある。
佐々木さんに聞いていたので知ってはいたが、洞窟の中はなぜか夕暮れ程度の明るさだ。
光ごけでもいるのかと天井を見上げるがタダのむき出しの土。
不思議だが、俺もこの世界に来て2日目。少々の理不尽には耐性があるのだ。
そういったものだと納得する。
松明もって洞窟探査しなくていいのはありがたい。
「エルナ。次の階層に下りる階段はどっちに行けばいい?」
「えっと。どうやら右手に進んだところですね」
冒険者ギルドで買った地図をみながらエルナは右の通路を指さした。
「じゃあシルク頼むよ。怪我をしたら直すからね。すぐにいってな」
傷薬は大量に買ってあるのだ。
「はいマスター」
元気よく返事をしたシルクを先頭に立て、少し遅れてエルナが続く。俺はその後ろだ。
魔法陣のある部屋から出て、大人が4人ほど並んで歩ける通路を少し進んだところでエルナが耳をピクリとふるわせた。
「ご主人様!敵です」
確かに目を凝らしてみてみると俺達の進む方向に黒い影が一つある。
どんなモンスターなんだろう?記念すべき第一モンスターなんだけど。
少し興奮する俺。
しかし、俺が鑑定するよりも早くシルクがはじかれたように駆け出しヤリモドキを一閃。
その影は煎餅のように潰された。
……いや良いんだけどさ。
鑑定ぐらいはしたかったなと。
影の下に駆け寄ったエルナは、手馴れた手つきで解体用のダガーで切り刻んでいる。
少しグロイ。ほとんど海外ゲームのノリだ。
神様にはもうちょっとスプラッター的なものは薄めて欲しいものだと思う。
「どうやらブレードラビットだったみたいです。魔石もまずまずの大きさでした」
エルナはそういって、手に持った血にまみれた黒い石を俺に見せた。
「そ、そうか。じゃあエルナが持っててくれ」
触りたくないのでお願いする。
兎か……少し警戒してしまうな。
いや、なんか即死攻撃とかありそうなんで。
その後も道中は鋭い鋼鉄の角を生やしたウサギもどきや、青い体毛の狼っぽい犬、やたらと大きな蝙蝠なんかが襲ってくるが俺が鑑定をするまもなくシルクが瞬時に倒してる。
エルナはその都度、ナイフでそのモンスターを解体して黒い石のようなものを取り出しているみたいだ。
こんなに楽でいいのだろうか?俺はまだ銃を撃ってもいないのだが……
この銃がどのぐらいMPを使うか知りたいから少しは戦いたいな。せっかくの迷宮だし。
そんなお気楽な感想を俺が持っていると「ご主人様モンスターです!今度は複数みたいなのでお気をつけください!」
エルナのひときわ大きな警戒の声と同時に通路の曲がり角から現れる一匹の青い犬。
ただ、今までのものより一回り以上大きい。
青い犬は俺たちを睨み付けて低い唸り声を上げている。
強そうなのでこの迷宮で初めての鑑定を行う俺。
名前 青大狼
種族 狼
レベル 10
ステータス
HP 70/70
MP 30/30
筋力 35
体力 35
器用 35
知力 10
敏捷 40
精神 20
運勢 10
装備 なし
スキル
<狼統率>・・・このスキルを持つ狼が群れにいると狼は組織的な行動を行う
遠吠え・・・近くの仲間を呼び寄せる
俊敏・・・回避に補正
遠吠えはまずいな。佐々木さんの注意にあったスキルだ。
早く倒さないとどんどん増えてしまう。
シルクに先にあいつを倒してもらわないといけないだろう。
しかし、俺が「シルク頼む」というより早く大きな狼の背後に6匹の一回り小さい狼が姿を現した。
「5階層で一度に7匹のモンスターが出るなんて……」
小声でエルナが呻く様につぶやく。
そんなエルナの声を聞いたのか、子分どもを従えた青い大狼はまるで王者のように俺たちを睥睨する。
その威圧感のある視線にシルクは何の反応も見せず、エルナは逆に睨み返し、俺はさっと目をそらした……いや怖かったんでつい。
大きな青い狼は野生の勘とも言うべきもので獲物を見定めたのだろう。
一声大きくいななくとまっしぐらに俺に向かって駆け出してくる。
お供なのか小さいのも1匹ついてくる。
シルクが俺を助けようと動きかけるが、狼どももシルクは強敵と見たのだろう4匹が同時に襲い掛かっていた。
瞬時にヤリモドキが振るわれ一匹は輪切りになるが、残りの狼相手で今は俺を助けるのは無理みたいだ。
念の入ったことにエルナにも一匹向かっていっている。
やばい!まずい!
おれは慌てて銃を構え狼を撃とうとするのだが、狼どもは左右にステップしながら俺に近づいてくるので速すぎて照準が合わない。
と、俺に向かってきていた小さい狼に青い槍が突き刺さりそのまま地面に縫い付けた。
キャインと一声鳴いてそのまま動かなくなる狼。
俺を助けるためにエルナが槍を投げたのだ。
予備のシルバーソードを引き抜くのが目の端に入る。
しかし、大きな狼は子分の狼の死も意にかいさず俺めがけて地面をけった。
俺の喉元めがけて噛み付いてきたのだ。
不気味な赤い口の中が俺の目にはっきりと見える。
鋭そうな歯も並んでいる。
とっさに手に持った銃で防ぐ俺。
ガキンと銃を咥え、そのまま俺にのしかかってくる狼。
体当たりされた衝撃にたまらず俺は狼ともども倒れてしまう。
なおもグイグイ俺を押さえつける狼。
鋭い爪が鎧の隙間から俺の手足に傷をつける。
なんとか喉に迫る狼の口を押し返しているが俺より力が強いので徐々に押される。
この世界に来てはじめての、死の恐怖におびえる俺。
死にたくない一心で渾身の力で押し返す。
しばらく押し合っていると、埒が明かないと思ったのだろうか?
狼はパッと銃から口を離し俺の肩口に噛み付こうと再度大きな口をあけた。
とっさに狼の唾液まみれの銃をその赤い口に向け、引き金を引く。
銃の先に一瞬小さな魔法陣が現れ、同時に体中の気力が根こそぎぬかれていくのを感じる。
後頭部にも鈍い衝撃が走る。吐きそうだ。
そして次の瞬間、赤い光の束が銃口から発射され青い狼の頭を吹き飛ばした。
光はそのまま迷宮の壁に当たってそこに小さな穴を穿つ。
俺の上に倒れてくる首のない狼。
一呼吸おいて吹き上がる噴水のような血を浴びながらも、死なずにすんだんだという安心感が俺を包む。
敵を倒したシルクとエルナが駆け寄ってくる音を聞きながら……
俺の意識はそこでと切れた。
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目を覚ますとベッドの上にいた。ここは……宿屋か。
傍らにはシルクとエルナがいる。エルナは椅子にすわりシルクは俺の手を握って、心配そうに見つめていた。
思わずシルクの頭に残った手をやり撫でる。
「マスター心配しました」
そういってシルクはさらに握った手に力を込める。嫌な音を立てる俺の指。
ちょっとシルクさん痛いです。
……けど生きてる証か。
「ご主人様お気づきになったんですね」
「ああ。俺は狼と戦って気を失ったのか。シルクもエルナも怪我はなかったか?」
そういいながら体を起こすと額の上にのっていたぬれたタオルが枕元に落ちた。
「大丈夫ですマスター」
「はい、私たちは大丈夫です。ただ、ご主人様があの攻撃をしたあとで気を失われたのでシルクちゃんが5階層の魔法陣まで背負って撤退しました」
「そうか。すまん迷惑をかけた。ありがとうなシルク」
頭を撫でる手に力を込める。
どうやらあの銃は凄いMPを使うようだ。
もしかするとすべて使ってしまう仕様かもしれない。
威力は凄いがこれを常時使うわけには行かないだろうな。
ベッドから起き上がり一つ伸びをする。
「もう大丈夫ですか?」
「ああ、寝たら気分もよくなった。どうやらこの武器は精神力を大きく使うらしい」
「それで気絶していたんですね」
「どうもそうらしいな」
だが弱った。このあとどんな装備で迷宮に行けばいいのか。
「エルナ。迷宮で俺が使えるような武器はなにがあるかな?出来れば飛び道具がいいんだが」
「迷宮で飛び道具ですと弓が多いと思いますが……ご主人様ご経験は?」
「ないな。まったくない」
「では難しいですね。弓は習得に時間がかかりますので。迷宮で弓を使うにはかなり訓練しないと同士討ちの恐れもありますから」
そうだな。二人に当たったら一大事だ。
それ以外の遠距離の攻撃というと……魔法かなあ。俺が間単に取得できればいいんだけど。
佐々木さんに聞いておけばよかった。
「そういえば魔法はどうだろうか?俺にも習得出来ないかな?」
「魔法ですか?……あの?ご主人様は人族ですよね?」
戸惑うようなエルナの声。
「ああそうだ」
多分なと心の中で付け加える。
「では無理ではないでしょうか。魔法は迷宮の上級モンスター以外ですと本当に限られた種族しか使えませんから」
なんだと!
神様はそんな設定にしているのか!
……なんというか神様は無駄にリアル志向なところがあるな。これまでのこの世界の仕様をみていると。迷惑極まりない話だ。
まあ、主人公が魔法を使えないゲームもなくはないのだろうが。
「じゃあ、それ以外で何か素人でも使える武器はないだろうか」
仕方がないのでそう聞いてみる。
「そうですね。誰でも使える武器でしたら打撃武器のモールやメイスがいいと思います。でも……もしかして、ご主人様は剣の心得がおありなのでは?迷宮での戦いのときの足運びが剣士に似ていると思ったのですが」
自分では全然意識してないけど……
中学高校と6年やってたから自然と出たのだろうか?
あるいは俺のスキル、刀の心得とやらの効果だろうか?
「10年ほど前に6年ほど剣道……剣の訓練はしていたが実戦向きではないと思う。ほとんどお遊びみたいなものだ」
「6年もですか」
「一応はそうだ。だが実戦向きではないと思う。人間相手の経験しかないしな」
「ご主人様。私にも多少剣の心得があります。どうでしょうか?少し私と手合わせしてその上で判断してみては?」
手合わせか。
そうだな。俺が素人考えで判断するよりエルナに判断してもらった方がいいだろうな。
ダメならモールかメイスで殴ろう。
「ああ、じゃあ頼むよエルナ」
「はい。お任せください」
「シルクはしばらく留守番を頼むな」
そういって二人で部屋出るとヤリモドキを持ったシルクが俺たちを追いかけてきた。
「マスター。私もお手伝いします」
そういって通路でヤリモドキをシュッと突いてみせるシルク。
シルクは本当に良い子だね。
でも、やめてください。死んでしまいます。




