メガネさんのチュートリアル
軽い立ちくらみのような感覚がして頭を振る。
やっぱ少しのみすぎたなーと思いながら辺りを見回して俺は絶句した。
どこだここは?
ついさっきまでは自分のアパートにいたはずだが、俺はなぜかレンガの壁に囲まれた部屋に居た。
家具なんかはない殺風景といっていい部屋だ。
しかもなぜか粗末な木の椅子に座ってる俺。
これ床は石だよ。
まるでヨーロッパのお城の一室みたいなところだ。
着ているものも寝間着代わりのジャージを着ていたはずなのに、白いシャツとジーンズみたいなズボンを身に着けている。
というか、何でこんなわけの分からないところに俺は居るんだ?
混乱しながら昨日の記憶を思い出してみる。
残業代の出ない残業を終えて終電でアパートに帰ったことは覚えている。
熱い風呂に入って……
酒を飲みながらインターネットをみていたんだよな。
んで、
そうだ!ナプールのオンラインゲームを見つけたからゲーム開始をクリックしたんだ。
それから、それから
……それからの記憶がないぞ。
ということは……
まさかこれはナプールのゲームのヴァーチャルリアリティー?
いやいや、最近のゲームは凄いらしいけど
さすがにここまでリアルに五感に働きかけるゲームなんて今の技術で創れるわけないよな。
あったとしても俺はパソコンの画面をクリックしただけだしなあ。
正直ありえない。
となると、どこかのテレビ番組みのドッキリとか?
無いよねえ。
だって俺は単なる一般人で芸能人でも有名人でもないし。
じゃあこの状況はどういうことなんでしょうか?
分からない。
分かるわけがない。
まあ、とりあえずこの部屋の中を調べてみよう。
そう決心して椅子から腰を浮かせると、ギィーという音と共に扉が開き殺風景なこの部屋に茶色の髪をしたキャリアウーマン風の女性が入ってきた。年齢は30代だろうか。
顔はちょっと神経質そうだけどまあギリギリ美人の範囲に入る感じだが……なんというか地味な感じの女性だ。
まあ、いずれにせよ俺のストライクゾーンからはかなり高めに外れている。
主に年齢の点で。
いや俺の好みはおいておいて。
よかった人がいた。
俺は早速そのメガネさんに声をかけた。
「あのスイマセンここってどこなんでしょうか?」
「東雲 圭様ですね? お待ちしておりました。このたびは当社の異世界オンラインゲーム【ナプール】の三次募集にご参加いただきまことにありがとうございます」
ざっくりと俺の言葉を無視するメガネさん。
「えっ?いやその、ここは一体どこなんで、ってうわっ!」
びしっと手を俺の顔の前に出して俺の言葉を遮るメガネ。
「お客様の疑問にはあとでお答えしますのでまずは説明をお聞きください」
口調こそ丁寧だがお客様に対する態度じゃないだろ。
「まず東雲様がこれより挑戦される世界は、恐れ多くも賢くも1級神であらせられる【ラン】様が下界のナプールというゲームにいたくご感銘をお受けあそばされて、御自らナプールの世界をパク・・・ご参考にされて作られた世界でございます」
…………
メガネさんの説明は無駄に回りくどいのでまとめてみると
凄く偉い神様がナプールのゲームにはまって自分でもその世界を作っちゃった。
だからちょっと異世界の人を攫ってゲームさせてみようと思い立った。
これまでも100人ぐらい強制的に攫ってその世界に参加させていたけれど、誰もクリアー出来ない。
というか2,3日で死んじゃって偉い神様がつまらない。
だからゲームに詳しいやつを攫って参加させてみようということになった。
発案はこのメガネ。
白羽の矢がたったのが俺。
だから頑張れ。
以上
……い・や・だ。
いやいや、ゲームにはまる神様とかないわー
しかも何でよりによってナプールなんていう糞ゲーにはまってるんだよ偉い神様。
大体だな、100人挑戦して誰もクリアーできないとか糞ゲー確定じゃねーか。
そんなわけで俺はメガネに丁寧に断りを入れた。
「えっと参加するのは嫌なんで元の世界?でいいのか分からないけどとにかくうちに帰してください」
「申し訳ありませんがそれは不可能です。東雲様はラン様のおつくりになったゲームをクリアーするまでその世界にとどまるという契約書にサインなされていますので」
「いやいや、そんなサインとかしていません」
「いえいえ、注意事項のところに」
といって手をかざすとウィンという音と共にパソコンの画面が空中に現れる。
ナプールのオープニング画面の注意事項をスクロールするメガネ。
第78項 甲は乙の作ったゲームをクリアーするまではもとの世界に帰ることは出来ない。
ありやがった。
注意事項なんで読んでねーよ。
「えっとクーリングオフします」
「申し訳ありませんが人間ごときの法律は適用されません。というわけですのでこちらが冒険者カードと支度金の1万ヘルになります。あっ、お金はカードにチャージしておきましたのでご心配なさらず」
「それでは頑張ってくださいね」
いうなり俺に向かって1枚のカードをぽんと投げてよこす。
反射的にそれを受け取ると今度は俺に向かって両手をかざす。
なに?
手からは柔らかな光があふれ出す。
おい馬鹿やめろ。
嫌な予感しかしねえ。
逃げようとするのだが俺の体は金縛りにあったように動かない。
そうこうするうちに光はどんどん強くなっていって……またもや俺の意識はブラックアウトするのだった。