取引
13歳!
その果てしなく高い法律の壁をいともやすやすと越えているこの男。
佐々木さんが取引に出してきた<牛頭>のクエストは見当が付いた。
ナプールにはとあるミノタウロスに勝てば、12ある伝説の武器の中から好きな物を3つ選べるというイベントがあったからだ。
佐々木さんが3つ、俺の神器だという銃と同じ《 》の武器を持っていることから考えると、おそらく<牛頭>とはそれを指しているのだろう。
出来れば違う特別イベントを教えてもらいたいのだが……
佐々木さんは先ほど、究極鑑定を最近手に入れたといっていた。俺が究極鑑定を手に入れたのは1つ目の特別イベント<財宝>をクリアーしたときだ。
確か冒険者カードの表示は【特別イベントを1つ以上クリアーされましたので<究極鑑定>のスキルが付与されます】という文面だったはずだ。
おそらくは特別イベントの回数でもらえるレアスキルなのだろう。
3つ目をクリアーしたときは<制限解除>のスキルを付与された。
佐々木さんは<制限解除>のスキルを持ってないから、特別イベントのクリアー数は多くて2つなんだろうな。佐々木さんがそのへんも計算して言っている可能性もあるだろうが。
「<牛頭>の特別イベントですか?他の特別イベントにはなにがあるんでしょうか?」
一応佐々木さんに聞いてみる。
「他は知らないね。俺も運良くこのイベントを最近見つけただけだからな。アンタのほうが詳しいんじゃないかな?何せもう4つもクリアーしてるしね」
やはり知らないらしい。
というかやぶ蛇だ。
ここは少し損だが取引しようかな。確認の意味もある。
実のところ俺は他の特別イベントだと思うゲームのイベントもいくつか知ってはいるが、今のところはそれを佐々木さんに言うつもりはない。
今までの特別イベントをみると消滅してしまう特別イベントの方が多いのだから。
神様にクリアーしろといわれただけで、俺以外がクリアーしても俺が帰れる保障はどこにも無いなのだ。多少利己的な考えかもしれないが……
「分かりました。喜んで取引します。ただ、迷宮の注意点とか教えていただけませんか?」
エルナにも聞けるだろうが、佐々木さんのほうがレベルもランクも高い。
それにエルナには俺がこの世界の人間じゃないと説明してないから聞き方に気を使うのだ。
そもそも説明のしようすがないし。
だから、この世界では常識でも俺は全然知らないことも多いので変な顔をされたりもする。
その点のこの人は俺と同じ日本人。
しかも、この世界に10年もいるのだから俺としては願ってもない情報源だ。
無精ひげに手をやり少し考え込む佐々木さん。
「まあいいぜ。俺が先輩に当たるわけだからな。なんだったら牛頭のイベントの手助けもしてやろうか?俺はもうクリアーしちまってるから再挑戦できないが……この奴隷の男と人形を東雲君に貸してもいい。アンタのところの人形とあわせりゃ今からでも勝てるぜ」
いやいや、そんな怖いことは出来ない。
クリアーした瞬間に殺されて武器を取られることだって十分ありそうだ。
このイベントは最低でも俺が佐々木さんと同じような実力をつけてから行うべきだろう。
「いえそこまで甘えるわけには行きません。自分で力をつけていきますよ」
「まあ、遠慮しなくていいからよ。いつでも声をかけてくれよ」
この死が身近な異世界で生き抜いてきたこの人だ。綺麗なことばかりしてきたわけじゃないだろうと思う。
事実、奴隷の額にはばっちり刻印があるし首輪だって付いている。
もしかすると本当に善意なのかもしれないけど用心だけはしておこう。
佐々木さんとお互いの特別イベントの情報を交換する。
牛頭はやはり目新しい情報は無かった。
まあ、これは予想の範囲内。
本命はこの世界の迷宮の情報だ。
俺はいくつかナプールのゲームの仕様について確認するため質問した。
迷宮の浅い階層で出る敵の中でも特に注意するものや、冒険者によって迷宮が何階まで攻略されているのか?
そして一番大事なことだが迷宮の各階に転移できるか?といったことだ。
ナプールでは冒険者ギルドこそなかったが、とある町の建物から迷宮の好きな階層に移動できたのだ。
そういった仕様だったので、おそらくは冒険者ギルドにそういった類のものがあるだろうと予想していたのだが……
もし神様が仕様を弄ってれば1回の探査ごとに1階層から降りていかなくてはいけないから大変だ。
帰りも計算に入れないといけないから、より迷宮探査は困難なものになるだろう。
佐々木さんはいくつかの低階層で注意するモンスターを教えてくれる。
各階層への転移装置はやはりあるらしい。
迷宮には各階層ごとに冒険者ギルドによって魔法陣が設けられているから、それをお金を払って利用するとのことだ。
出るときは同様にその階層の魔法陣に触れればばギルドに転移できる。
ただし30階層以下は魔法陣はない。つまり現在は30階層まで攻略しているらしい。
ナプールのゲームのラストダンジョンは確か50階層だったから、最低でも20階層は歩いていかないといけないわけだ。
これは大変だ。当分は30階層か他の迷宮で鍛えないといけないだろう。
そんな話を30分ぐらいしただろうか。
そのほかにも色々と俺は質問していたのだが「じゃあ、まあ今日はこのへんで」
と佐々木さんは話を切り上げて椅子から腰を上げた。
これから公園で特別イベントを試してみるそうだ。
次回の募集まで凍結だと書いてあったから、次の召集者が来るまでは多分ダメだと思うが念のためということらしい。
自分の連絡先を俺に告げて佐々木さんは扉から出て行った。
すっかり冷めてしまった料理を食べ始める俺。
生き残っている人がいるのは意外だった。
考えてもいなかったのだ。俺がクリアーすれば全員が戻れるといいんだけどなあ。
クリアーした人だけが帰れるとすれば……
俺は少し考えてしまうのだ。
俺は正直この世界が少し気に入っている。
シルクもいるしね。
迷宮の状況しだいだが、もしも佐々木さんが俺を殺してまでも神器を手に入れたい、元の世界に帰りたいと思っているのなら……俺は神器を譲るべきなのかもしれないと。
特別イベントの心当たりもすべて話してしまおうか?
そんなことを考えながらもくもくと食べる。
冷えた朝食はまずかった。
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思いもかけない佐々木さんとの出会いのあと、宿屋にもう一泊する分のお金を払った俺たちはエルナに道案内をされて冒険者ギルドに向かった。
レベルが上がって装備できるようになったので勿論あの銃は装備してきている。
吸血鬼さんからいただいた外套も忘れずに身に着ける。
効果もいいのだが黒いので見た目がかっこいいのだ。
エルナの反応は微妙だったが所詮男のロマンは女の子には分かるまい。
シルクは「かっこいいですマスター」と褒めてくれたので問題ないしね。
シルバーソードはエルナが予備の武器にしたいとのことなので今は彼女の腰にささっている。
吸血鬼さん宅から頂いた宝石類はもう少ししたら売り払おうと思っている。
吸血鬼退治の一件がこの国の当局にどう処理されているかは知らないけど、強盗事件だと判断されている可能性を考えるとさすがにすぐに売り払って足がついたらまずい。
ほとぼりを冷ましてからの方がいいだろう。少量をいろんな場所で売るのだ。
ほとんど犯罪者の思考のような気もするが気にはしていない。
中々立派な建物の冒険者ギルドは、朝早くだというのにごつい男たちや戦闘用の人形でごった返していて活気があった。
……ここも剣道部の部室のにおいがする。
女性はちらほらといるけどほとんどは男ばかりだ。
その数少ない女性もエルナと同じ獣人かムシ人ばかりだから興味がわかないな。
もっとこう水着っぽい鎧の臍だしの女冒険者が欲しいところだ。
ファンタジーの女冒険者といえばやはりそうであって欲しい。
俺はカウンターに近づき、暇なのか木の椅子をキコキコしてバランスをとっているこのギルドの職員らしい小柄な赤い髪の女性に声をかけた。
「スイマセン。この町の冒険ギルドは初めてなんですが、迷宮の説明をお願いできますか?」
どこのギルドも初めてなのだが……
「はい。こんにちわ。初めての方ですね?こちらがこの周辺の迷宮の最も新しい地図になりますね。500ヘルになります」
営業スマイルを浮かべた職員さんに、ここの町付近の地図らしき紙にところどころ赤い丸が付いたものを渡された。
おそらくこの町の近くにある迷宮の場所が書いてあるんだろう。
「いえ、あの特S迷宮の内部の地図をお願いしたいんですがありませんか?」
佐々木さんが冒険者ギルドで買えると言っていたのだが……
「アルマリルの大迷宮ですね?そちらは1階層500ヘルで販売しております。21階層からは1000ヘルになりますが……こちらの30階層全部まとめたものですと1万9800ヘルと大変お求めやすくなっておりますよ」
そういって分厚い紐閉じの紙束をカウンターに置く。
あまり値引いてないんですけど……
いやそれはともかく。
あの迷宮はアルマリルの大迷宮というのか。この町はアルマリルの町という名前なのだろうか?
ナプールではなんといっていたか思い出せない。
「ええ、それじゃあ全部ください」
「はい。ありがとうございます。2万300ヘルになります」
受け取った分厚い紙の束をエルナに渡す。
俺は自分の方向感覚に自信がないのでエルナにナビをしてもらうつもりなのだ。
「そういえば、こちらの迷宮では魔法陣で転送してもらえると聞いたのですが、魔法陣はどこにあるんですかね?」
カードを渡しながらこう聞くと、受付の人は奥の扉を指差した。
「魔法陣はあちらの扉の奥にありますね。係りのものがおりますのでそちらに声をかけてご利用ください。ただ、こちらの迷宮で手に入れた魔石はこのギルドの買い取り所で換金をお願いしますね。他で換金されますと冒険者の資格停止等の処分もございますのでお気をつけください」
なるほどねえ。
魔石の独占販売でギルドの運営資金を捻出してるんだね。
冒険者の共済組織かと思いきや立派な営利団体だ。
職員さんにお礼を言ってカウンターを離れる。
ギルド内にあった木のベンチに腰を下ろし俺たちは簡単な作戦会議を始めた。
昨日寝てしまったので何も決めてないのだ。
「エルナは何階までいったことがある?」
「スイマセン。私は大迷宮はあまり潜らなかったもので……そのお金もかかるので。5階層までは潜った事はありますが……」
「5階層のモンスターの強さはどうだった?」
「はい、私たちは冒険者3人で潜ったのですが、なんとか進めるという感じでした。今はシルクちゃんがいますので大丈夫だと思います。多分10階層までは今のままでも進めると思いますね。ただ……」
少し言いにくそうにするエルナ。言葉を選んでいるようだ。
「あの迷宮では、10階層以上はモンスターの数も増えますのでご主人様が危険になるかもしれません」
なるほど。10階層までならお荷物の俺がいても進めると判断してるのか。
「シルクは潜ったことはあるのか?」
「ごめんなさいマスター。私は一度もその迷宮には行っていません」
すまなさそうに目を伏せるシルク。
「ああ、気にしなくていいよ。俺もないわけだしな」
俺もレベル6だしエルナを信じてみようか。
「じゃあ、5階層から入っていけるところまで降りてみようか」
きついと感じたらすぐに魔法陣で脱出するつもりだ。
「はい私もそれがいいと思います」
「問題ありませんマスター」
二人も同意してくれる。
「それと、どんな陣形で迷宮を進むかだけどさ。エルナは何か考えはあるか?」
「そうですね。私とシルクちゃんが前に出て、ご主人様が後方で援護という形でいいのではないでしょうか?」
「エルナも前でいいのか?」
意外だった。俺としてはエルナは遊撃に回ってもらうつもりだったからだ。
「ええ。10階まででしたら私でもなんとかなると思います」
「じゃあそれで行こうか。ただ、危ないと感じたら無理せずシルクに任せて後ろに下がってくれ」
「はい」
「シルクは一番大変だと思うが、すまんが前衛は任せるからね」
「はいマスター。頑張ります」
シルクは本当にいい子だ。この子に出会えなかったらと思うとゾッとするな。
簡単な作戦会議も終わり俺たちは魔法陣があるという部屋に入った。
ちょっと薄暗い部屋の中、部屋の床には青く光る文字で大きな魔法陣が書いてある。そして、その魔法陣の上には大きな水晶が浮いていた。
おおっ!凄い!
まさにファンタジー。俺のテンションが上がる。
係りの人っぽい、水晶の横に立っている痩せぎすの男に声をかけた。
「スイマセン。5階層までお願いしたいんですがおいくらですか?」
「5階層ですと5000ヘルですね。基本的には1階から1000ずつ上がっていきますので」
お金を払い、「水晶に手を触れてください」といわれたので3人で並んで水晶に触れる。
それでは、となにやらぶつぶつと唱える痩せぎすの男。
その男のつぶやきに答えるように徐々に水晶から光があるれだしてくる。
その光はやがて男がひときわ大きな声を出すと爆発するような光の奔流に変わった。
足元にあった地面がなくなり空中に放り出されるような感覚が俺を襲う。
やがて徐々に光が薄れゆっくりと俺は目を開ける。
むき出しの壁。
なぜかほんのりと明るい通路。
そして背後には空中に浮かぶ大きな水晶。
俺は異世界にやって来て初めて迷宮に入ったのだ。




