絶望と希望
「カスタム終わってますかー」
工房に戻ると、お土産ですとお肉の包みを渡しながらおっちゃんに尋ねた。
「おうおう、こりゃ気を使ってくれてありがとよ。シルクなら奥であいつが最終の調整してるからいつでも引き取ってくんなー。おっ豚蛙の骨付きか。旨そうだ」
豚みたいな蛙なのか、蛙みたいな豚なのかどっちだ?
前者はつらいな。旨かったけどさ。
「その子がお前さんの奴隷か。獣人とは良い買い物したな。冒険者にゃぴったりの種族だ。かわいいしな」
最後は少しいやらしそうな笑みを浮かべてる。
いやいや無理だから。
まだ、俺はそこまでの決心が付かない。
「ええ、運がよかったみたいです。じゃあ、奥に行って引き取ってきますんで」
引換券をカウンターにおいてから、可愛いといわれてパタパタと尻尾を振ってテレているエルナの手をとり、勝手知ったる我が家のようにこの工房の奥に引っ張っていく。
おっちゃんにこれ以上変なことを言われないうちにシルクを引き取って、少し早いが今日は宿かどこかに泊まってしまおう。
当然、夜には何らかの特別イベントがあるに違いないのだ。
主演俺!助演シルクのな!
あっ!シルクいた。
シルクは工房の奥の水槽のそばでなにやら奥さんと話している。
「お帰りなさいませマスター」
俺に気が付いて頭をぺこりと下げるシルク。
サラサラの黒い前髪がお辞儀したので額の下にたれる。ああっもうかわいい。
食べちゃいたいぐらいだ。後で食べるけどな。
「ただいまシルク。カスタムはうまく行った?」
「はい。ランドさんとリンさんにちゃんと調整もしてもらいました」
……この夫婦そんな名前なんだ。
「うん。じゃあ明日からは迷宮に潜るかもしれないからよろしく頼む。おっとそうだ、これお土産ね」
そういって骨付き肉の包みをわたす。
「シルクこの獣人はエルナだ。明日から一緒に潜る仲間だからよろしくな。エルナこれがお店でも言ったが俺の人形のシルクだ。よろしく頼む」
「はいマスター」
「はいご主人様」
うん。良い返事だ。
2人はお互いに挨拶しながらなにやら話している。
途中から奥さんも加わって盛り上がっているようだ。
あれ?俺ぼっちになってない?
なんとなく寂しかったので、おっちゃんを信用してないわけではないが、確認のためシルクを鑑定することにする。
よく考えたらシルクのステータス見るの初めてだ。
鑑定は頭に浮かぶんで気持ち悪くてあまり使いたくないんだよね。
名前 シルク
職業 人形
主人 東雲 圭
ステータス
HP 1998/1998
MP 1099/1099
筋力 999
体力 999
器用 999
知力 999
敏捷 999
精神 100
運勢 100
装備
右手
左手
頭
胴体 お古の布服
足
装飾
装飾
スキル
<第三世代人形>・・・能力値上限999にアップ 常に情報を集め自己進化する
<名匠キューブ>・・・最高の人形師に作られた人形
<自動修復>・・・体内の回復器官が故障しない限り自動的にHPの回復を行う
忠誠・・・どんな命令であっても盲目的に従う
心種・・・いまだ萌芽せざる心の種 精神的な状態異常は完全に無効
赤い瞳・・・暗視可能
ごっついわなー。
なんだろこのステータス。
ラスボスの手前でセーブしましたという感じだな。
シルク一人で大抵のボスとか余裕じゃないだろうか。
スキルも俺やエルナみたいな意味不明なスキルがないしな。
神に愛されてるのねシルク。
あの神様に愛されてもそれはそれでどうよ?と思うけど。
気になるスキルは心種だな。
なんか説明にも力が入っている。
発芽すると人間の女の子に変身……とかいう素敵イベントがあれば最高なのだが。
と、
いつの間に来ていたのか、チョイチョイと俺の袖を引っ張るおっちゃん。
「ちょっと話があるんだが良いかい兄ちゃん?」
そういって意味ありげにエルナとシルクついでに奥さんのほうに目配せする。
ピンとキタ!
これはあの3人には聞かせられない男だけの話。
俗に言うエロイ話だな!
勿論おっちゃんについて部屋の隅にこっそりと移動する。
「なあ兄ちゃん。ざっくばらんに言うが……お前さん人形趣味かい?」
「人形趣味?」
なんだそれは?
「あー、はっきり言うとだな。人形……シルクとナニするつもりかって聞いてんだよ」
うん。そのつもりだ。
当たり前じゃないですかー。
だがそれを言うのはいくらおっちゃん相手であっても少し恥ずかしいではないか。
沈黙する。
沈黙は金なのだ。
俺の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
おっちゃんは険しい顔をする。
「念のために聞いといてよかったぜ。おい兄ちゃん、悪いことは言わないからよ、そういったことは当分やめとけ。冗談抜きにお前さんが死にかねん」
え!
ショックのあまり思考がとまる。
「人形の強化は本来は徐々にやってくもんなんだよ。お金の関係もあるが、人形も少しずつ力に慣れていくからな。だけどお前さんの人形はほとんど一息に魔力を入れて強化したろ?
正直なところあの子自身が自分の力に慣れていないんだよ。普段はあの子もコントロールできるだろうが……
ナニとかやっててちょっと力のコントロールをあの子が間違えただけでよ、お前さんポッキリと背骨折られるぜ」
嘘だ!
嘘だといってよおっちゃん。
ドッキリだよな。おっちゃん一流のジョークってやつだよな。
「まあ、1月もすればなれるだろうからそれまではやめとけよ。やる前は俺の工房に来てシルクの状態をチェックしてからにしろ。いいな」
心の中でマジ泣きする俺。
「はい」
そう言うしかないじゃん。
おっちゃんは凄い好意でこういってくれてるのは理解してるんだ。
泣きたい。
というか泣いてるけど。
1月なら我慢できるさ。
……まてよ……口……とかどうだろう。
これなら気をつけてやってもらえばいけるんじゃないか!
ゴリン・バキン・ボリボリ
なにこの異音?
突然聞こえてきた音の方に目をやると、シルクとなぜか先ほど食べたはずのエルナとが仲良く骨付き肉を食べていた。
2人とも……骨ごと噛み切ってる。
ああ音の正体はこれか。
ふ、2人とも豪快だね。
シルクの手に持った骨付き肉は鋭利な刃物にスパッと切断されたような、やたらと綺麗な断面を見せている。
キュッとした。
キュッとした。
俺の男の子がキュッとした。
お口は却下の方向で。
シルクがダメなら残るは1人だがそのプレイは上級過ぎて素人の俺は無理だね。
無理なんだよ……経験ないし。
「まあ、そういったわけだから当分はあの奴隷の子で……な」
おっちゃんが慰めるように俺に声をかけてくるが、だから無理だって……
いきなりおあずけを喰らってしまった。
ないのなら仕方がないが目の前にご馳走があって我慢するのは辛い。
暴走の危険もある。
危険があるというか、多分暴走する。
となると風俗店はどうだろう?
この世界では娼館というんだろうか?
やることはかわらないから名前なんてどうでもいいが。
衛生管理がダメダメな気がするから病気とか怖いが、ここは異世界!
どんな病気も治る薬とかあるのではなかろうか?そうなら風俗店はパラダイスだ。
「そういえばあの傷薬は凄い効果があったんですけど、せ……特殊な病気とかがすぐに治る薬とかないですかね」
あるよな!
あるといえ!
「特殊な病気?ああなるほどそうか」
ピンと来たらしいおっちゃん。
「毒消しとか、麻痺治療薬は店で売ってるがよ。特殊な病気がすぐに治る薬は聞いたことがねーな。というか、スコットはそれこそ今鼻がないしな」
スコットォォォォォォォ無茶しやがって。誰だか知らないけど。
ジーザス。
再度ショックを受ける俺。
異世界にまできて梅……特殊な病気とか、ある意味伝説を打ち立てそうで却下だ、却下!
仕方がないや。
ここはおとなしく迷宮探索にまい進しよう。
早くもとの世界に返るのだ。
そう決意を固める俺。
そういや行方不明のスキル屋の娘さんとやらも救出しないとかわいそうだ。
多分特別イベントの予感がするし。
ん?
スキル屋の娘さん。
攫われたスキル屋の娘さん。
攫われたスキル屋の美しい娘さん。
攫われたスキル屋の美しい少女さん。
おおっ!
神はいまだ俺を見捨ててはいなかった。
何も仲間や風俗だけがすべてではないじゃないか。
とらわれのお姫様を救い出す白馬の騎士。
燃え上がる愛情。
そして……
白馬はいないけどエルナの毛並みは白いからこれでいいだろう。
この路線でいけるのではないだろうか!
騎士はどこだよという話もあるが。
そうなるとさしあたって調べる必要があるのは、攫っている吸血鬼の住処だ。
ゲームじゃ郊外の館に住んでいるという設定だったから、明日探してみれば意外と簡単に見つかりそうではある。
たしか吸血鬼の名前はカルンスタイン。
吸血鬼小説からナプールのゲーム製作者が名前をパクってたみたいで、俺はその原作小説を読んでいたから記憶に残っていたのだ。
小説をパクるナプール、さらにそのナプールをパクる神様。
業が深いな。
名前を神様が変更してるかもしれないけど。
「あの、カルンスタインという人の住んでる場所って知らないですか?」
一応おっちゃんに聞いてみる。
知ってたらもうけものだし。
「カルンスタイン?ああ、町の東の郊外にある豪邸に住んでる金持ちだな。愛玩用の奴隷を月に1回買ってくんでルビィんとこのお得意様だ。そういや、夜にばかり奴隷を買いにくるから店じまいが遅れて困るとこぼしてたな」
ほとんど俺のお助けキャラと化しているおっちゃんはあっさりと答えてくれた。
実のところおっちゃんってば神様の回し者だったりしないだろうか?
しかし、いきなり判明したよ。
ほぼ確定だな。
というか、誰か怪しめよそいつを!
まあ、所詮は糞ゲー。
細かいことは気にしまい。
吸血鬼の住処が分かったからには急いで装備を整えないと!
出来れば今日中にかたをつけたい。
俺はレベル1だがシルクがいればほとんど何の問題もないだろう。
しかも、その吸血鬼にはゲーム的にハメ技があるのだ。
「ちょっと用事が出来たので、前にいってた冒険者御用達のお店の詳しい場所を教えてください!」
「おいおいいきなりだな。用事ってなんだよ?」
フッ
俺はちょっと肩をすくめて気取って言った。
「ちょっと……ちょっと吸血鬼退治に行ってきます」
きまった! きっと今の俺、輝いてる!




