交換ノート
[鈴木 清太郎]
これから、僕は君と交換ノートを始める。
君がどうしてもやりたいって言うから、仕方なくやってやるんだ。だから君は僕に感謝するべきだね。間違っても僕が女の子と交換ノートをすることに憧れを持っているだなんて、そんな変な解釈はしちゃあいけない。あくまで君がやりたいっていうから、付き合ってあげるだけなんだ。
しかし君は僕を選んで正解だったと思うよ。僕は常に新しいノートを持っているから、こうやってすぐに交換ノートを始めることができたし、それに何よりも僕は文章が上手い。27人いるこのクラスの中で、おそらくトップの文章力を持っているだろう。だから君は僕を選んで正解だ。
もうじき次の授業が始まるね。今回はここまで。何せ君と僕の席は同じ列にありながら、先頭と最後尾という、実に身勝手な配列だ。2週間前の席替えのときに、君は僕の隣の席を選ぶべきだった。どうして君は最前列のくじを引いてしまったのか。
おかげでこのノートを届けるのが億劫だよ。
おっと授業開始のチャイムが鳴ってしまった。急ぎ届けなくては。
[山口 聡美]
わぁ。さっそく書いてくれたんだ。うれしい。
鈴木くん、文章だとずいぶん人が変わるんだね。「27人いるこのクラスの中で、おそらくトップの文章力を持っているだろう」なんて、口では絶対言えないでしょ。なんだか変にかっこつけてない?
さて、交換ノートを始めて早々、私は気がついたことがあります。ふふっ、それはね、授業中にこのノートを書いていても先生に咎められないということ。最前列の席だっていうのに。案外先生は前の席に注意を向けていないみたい。おかげさまで、思い思いにこのノートを書いています。
「君がどうしてもやりたいって言うから、仕方なくやってやるんだ」鈴木くん、こんなこと書くけど、本当は女の子と交換ノートやってみたかったんでしょ。隠さなくってもいいんだよ。
私だって、別に鈴木くんじゃなくっても良いんだもん。ただ交換ノートをやってくれるんなら誰だっていいもん。
いやぁ、授業が退屈なんだよね。だから面白いことがしてみたいなって思ったのよ。授業中に友達と交換ノートだなんて、なんだかワクワクしない?実際かなりの冷や汗もんだよ。
うーん、ここまで書いてきたけど、まだ授業が終わるまで20分近くあるわね。3時間目はお腹がすいて辛いな。今日の給食の献立ってなんだっけ?
あ、ここまでにするね。ちょっとサボりすぎちゃった。全然板書を写しきれてない。
それじゃあ、次の鈴木くんのコメント楽しみにしてるね。
[鈴木 清太郎]
君がさっそく返事を書いてくれて、心底嬉しいよ。
「鈴木くん、文章だとずいぶん人が変わるんだね」君は冒頭の部分にこんなことを書いているが、僕は別に変わっていない。いつでもこんな調子だ。むしろ君は変わらなすぎていないか?そんなことではいつ男に騙されるかわかったものじゃない。君が心配である。
「本当は女の子と交換ノートやってみたかったんでしょ」この言葉にも僕は全力で否定しておく。それと、別に誰でもよかっただなんて、そんな寂しいことはいわないでおくれ。
さっきの休み時間を含め、交換ノートを始めてから僕の休み時間に暇がなくなってしまったよ。クラス中の生徒があちこちで語る中、僕は黙々と交換ノートに文章を連ねている。これは中学生2年生のする行動であるか、僕は些か疑問である。しかし、僕は決して嫌だとは思わない。
こうして君と交換ノートをしていると、ものすごく楽しい感が僕を包むんだ。僕の席の前で、愛子と翔太が仲良く「また映画を観に行こうね」などと微笑みあっているが、僕もまた、君の文章を見て笑みを浮かべている。否、ニヤニヤしているのではない。
そろそろ休み時間が終わるからここまで。次の数学を乗り越えればいよいよ給食である。
君は僕を頼りすぎているね。なんでも知っていると思ったら大間違いだよ。でも給食の献立は知っているから今回は特別に答えてあげよう。
牛乳、肉じゃが、焼き鮭、揚げパン、ほうれん草とコーンのサラダである。
[山口 聡美]
4時間目の数学。空腹と数字の羅列というダブル攻撃が、私をけちょんけちょんにします。
グター、ベローン、ヘナーン。どうしてこんなにメンドクサイ授業を受けなくてはならないんだろう。できることなら、一生食べものを食んでいたいな。
そうか、今日の給食には揚げパンが出るのかぁ。あっ、今お腹がなっちゃった。
「そんなことではいつ男に騙されるかわかったものじゃない」と初めの方で鈴木くんは心配してくれているけど、余計なお世話です!! 私はそんなに軽い女じゃありません。
これでも私、人を見る目はあるのよ。かの有名な千利休が、茶の湯に対してとてつもない審美眼を持っているのなら、私は人を見分ける審美眼を持っているのです。鈴木くんは内気なナルシストと見た!
へええ、愛子と翔太くん、映画観に行ったんだ。あのふたり、仲が良いもんね。鈴木くんには好きな人いないの?私はひ・み・つ。天地がひっくり返っても言いません。でも、千利休は別に私のタイプじゃないからね。
あ、今鈴木君が指名されたね。ふむふむ二次方程式かぁ。結構簡単な問題ね。鈴木くん、何をそんなに戸惑っているんだろう、クラスの皆が鈴木くんに注目してるよ。早く答えを黒板に書けって。
何よ、こっち見て。そんないかにも「わかりません」っていう目で見つめないでよ、恥ずかしい。
やーい、先生に怒られてやんのー。「こ、こんなのも答えられないんですか」って言ってるときの先生の表情、なかなか面白かったな。
お、もうじき授業が終わる。鈴木くん、私に揚げパンちょうだいね。
[鈴木 清太郎]
さっきの時間はとても恥をかいてしまった。先生もあんまりだ、あんな問題を僕に解かせようとするなんて。
君は、じつにありのままに記しているね。君の文章を読んでいたら、さっきの恥ずかしさがぶりかえったよ。
僕が君を見たとき、君は僕に代わって答えてくれればよかったんだ。そうすれば僕は恥をかかずにすんだというものを、君は答えるどころか笑っていたね。あのときの屈辱を今後一切忘れる事はないだろう。僕は心に深い傷を負った。
その深い傷から、揚げパンの香ばしい香りが体中に入ってくるよ。僕の目の前には今日の給食が配膳されている。中でも揚げパンは一際目立つ。眺めているだけで口から涎が垂れてくる。お腹がぐうとなった。
君はこの揚げパンをほしいといっている。まさか、あげるわけないじゃないか。こんなに美味しそうな揚げパンを、どうしてあげなくてはならないというのだ。
そろそろ限界だ。今回はここまでにして、揚げパンにかぶりつくことにする。さっきの数学といい、目の前の揚げパンといい、両者のダブル攻撃でついに僕の腹の虫が収まらなくなっている。
最後に、少々荒れた文章となってしまって本当に申し訳ない。
本当の最後に、君の好きな人がとても気になることを一言書いておこう。
[山口 聡美]
給食の時間から、昼休みが過ぎ掃除の時間が過ぎ、5時間目の体育もあっという間に過ぎて今日最後の授業。科目は総合。
体育祭の種目決めは、なかなか順調に進まないね。給食の揚げパンに感動して、「体育祭は揚げパン食い競争だ」と主張する男子一部に対して、「何言ってるの?体育祭といったら騎馬戦でしょ」とこれまた女子一部が譲らず、クラスはいよいよ戦闘態勢に。
正直私はどっちでも良いと思う。そんなことより、今目の前に鈴木くんがいるというのに、どうして私は交換ノートに文を書いているんだろう。それが不思議でなりません。普通は話しますよね、わざわざノートで会話をしなくても・・・
[鈴木 清太郎]
いやいや、口で君と会話をするのは何だか胸が落ち着かなくっていやだ。
「話がなかなかまとまらないので、各自グループを作って検討してみてください。グループはだれと組んでも良いです」この委員長の言葉はありがたかった。僕は真っ先に君のもとへ向かったよ。
[山口 聡美]
いくら自由といっても、何も私のところに来る必要がどこにあるのよ。おかげで周りの友達に「ふぅん、さっとみぃ」なんてニヤニヤされちゃったじゃないの。
[鈴木 清太郎]
僕は動じない、動じるものか。まあ君が迷惑というならこの場を立ち去ろう。僕も「揚げパン食い競争」を支持している身だ。彼らの手助けをしてあげなくちゃいけない。
[山口 聡美]
いや、別に迷惑じゃないよ。全然。ただ、恥ずかしいだけ。
[鈴木 清太郎]
ならば支障あるまい。
[山口 聡美]
ねえ、ノートじゃなくて普通に話そうよ。私、鈴木くんとしっかり向き合って話したい。
[鈴木 清太郎]
そんなに僕と話がしたいのかい? それじゃあ、ひとつ約束してほしい。これからも交換ノートを続けてくれるかい? 僕は今日限りの会話なんて絶対嫌だ。交換ノートを止めてしまったら、きっと君との会話が絶たれてしまう気がしてならないんだ。だから、これからも、できればずっと交換ノートを続けてほしい。どうかな。
[山口 聡美]
そんなこと、私だって同じよ。これからも続けたいと思ってる。大丈夫だよ。私終わりにする気なんて少しもないから。鈴木くんとても面白いし、たった1日で終わりにするのは勿体無いもん。だから大丈夫。
[鈴木 清太郎]
君の言葉に感動した。それじゃあ、今日の分はここまでにしよう。続きはお話で。
君とどんなことが話せるかとても楽しみである。いっぱい話したいと思うし、体育祭の種目決めも決定しなけらばならない。他にも数学のときのこと、揚げパンをあげなかったこと。話すことは山のようにある。この総合の時間の中ですべて話せるだろうか。
今、君が話しかけてきた。よって今日はここまで。
また明日を楽しみにしている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
もし良かったら、評価や指摘をしていただけると嬉しいです。
次作の参考にしたいと思います。
これからも二天をよろしくおねがいします。
本当にありがとうございました。