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納得するために

 ひろがっていく熱と鈍痛。すぐに銀炎を滾らせ、≪秒針≫を振るおうとするが……点火できない。


 怒りに苛立ち、叫び声をあげようとしたが荒く息が果てるだけで、言おうとした言葉も思い出せない。


「……おっと、無理はやめとけ。異界道具も銀の炎も感情が燃料だ。それは無限の資源じゃあない。どれだけ悲しいことがあっても泣き続けることはできないだろう。疲れるんだよ。それにまだ体に馴染んじゃいない。むしろ使えたのが恐ろしいぐらいだ」


 諭されるようだった。


 ディストは肩で呼吸をしながら、敵意の眼差しで彼らを見上げた。


「……お前らが回収したいブツ、俺が使った。殺して取り出したらどうだ?」


 力が入らなかった。身体をバラバラにして繋ぎなおしても失った血はそのままだ。異物を組み込んだ際に発生する拒絶反応の抑制剤も打っていない。


 当然といえば当然の末路で、達観すると自嘲が溢れ出た。


「はぁ。……死にたがりか? やめとけよ。望まなくてもいつかそのときは来る」


 リーダーの男は軍刀を収めた。


 ディストの腕を引っ張り、仰向けに倒れていた身体を引き起こす。


 そして優しく、しかし逃げ出せないほど力強く顔を掴んだ。


 額が激突し、目と目が目の前にまで近づく。


 彼は真摯な眼差しで、ディストの赤い片目を覗き込んでいた。


「冷静になれ。お前がアメリアの目を自分に繋げたのは死ぬためじゃねえだろ」


「姉さんの名前を気安く呼ぶな……」


「別に一回きりの仕事の仲じゃなかったさ。生憎、プロポーズはフラれたがな。……彼女はいい人だった」


 その場を誤魔化すための嘘には見えなかった。言葉を詰まらせ、リーダーの男は口ごもると、小さく首を横に振ってうつむいた。


 深く吐き出された息が震える。それでも泣きも嗚咽もせずに、彼はすぐに向き直した。


 ディストの腕を掴んだまま、決して離そうとはしなかった。


「アメリアからお前を頼まれた……が。少しイレギュラーもある。お前が«秒針»の所有者になったことだ。お前はお前の行動に責任を取る必要もできた」


 瞳が銀の炎を帯びて強く光輝していた。じっと顔を見詰めてくる。


 ディストは気圧されるように息を呑んだ。


「俺は頼んじゃいない……アメリアがいたらそれでよかったんだ…………」


 眼の前の男に畏怖した自分を戒めるように、ディストは顔を歪めた。


 意志を保つように銀炎を灯そうと熱を燻らせる。


 身体のなかのエネルギーを使い果たしているのか、炎はぷすぷすと音を上げて小さく、弱く揺れるだけだった。


「……だが、もういないだろう。その先を考えろ。俺たちを恨んで復讐するか? 勝ち目はないな。この状況じゃ。なら今は別のことを考えろ。責任は……死ぬことじゃあない」


 苛立ちは増すばかりだった。


 彼らが全員、例外なく利己的な屑であればどれだけ恨みをぶつけられただろうか。死にものぐるいで暴れられただろうか。


 だが、目の前の男は違う。


 陳腐な同情もなく、命令と仕事だけの便利屋でもない。


 今のディストにとっては言い知れない意志を帯びているように思えた。


 無力さに俯こうにも、どうしてか視線は釘付けにされていた。


「俺たちの仕事は時計の針を運ぶことだ。お前に選択肢をくれてやる。運搬物として大人しく縛られるか、銀雲急便の一員として自分を運ぶかだ」


 ……そんなものは選択肢じゃない。一択しか存在しない。


 吐き捨てるようにぼやこうとして、思い留まった。


 銀の眼差しがずっと、この身体に埋め込んだ赤い眼を、アメリアの眼を見据えていたから。


 ――ただ流されるだけでは許されない。意志を示さなければならない。そんな感情論以下の強迫観念のようなものが渦巻いていく。


 ディストは空っぽになった握り拳にぎゅっと力を込めた。歯を軋ませ、苛立ちと怒りを喉の奥に押し殺して、強く睥睨してみせる。


「……アメリアの夢を叶えさせろ。俺を……銀雲急便に入れろ! ……俺は俺を守って、運びきればいいんだろう!?」


 燃え尽きたはずの燃料が湧き上がるように、赤い瞳から銀の灼炎が爆ぜ荒れた。力強い意志の銀炎だった。


 隊員達はすぐに身構えたが。リーダーの男は隊員たちを静止した。


「……続けろ」


「俺は理由が知りたい。こんなことはよくあることだろうけど。納得できないんだよ……。どうしてこんな仕事が降りてきた? 誰が邪魔しようとした。誰がこんなものを作った? 知って――どうするかはわからない。知ることができるかも保証はないけど。……逃げるよりも、ただ運ばれるだけよりも。機会はあるはずだろ」


 眼の前の男に言わされているような気もした。


 だが、これは自分の意志だ。


 アメリアのことをよくあることだとか、仕方がないことなんて言葉で片付けたくはない。有耶無耶にしたくない。過去形にだけはしたくなかった。


「…………」


 ほんの数秒の沈黙。


 だというのに酷く長い時間、瞬きもできない緊張が張り詰めていく。


 重苦しい威圧感を切り開くように、ディストは掴む手を振りほどいた。


 落としてしまっていた軍刀を拾い上げて、鞘に収める。


 人に物を頼んでおきながらも、折れる様子のない銀の輝きを目の当たりにして、リーダーの男は呆れるように笑った。


「銀雲急便の隊員として歓迎しよう。ディスト・クラークス。俺は一課の小隊長を務めさせてもらっている。リーダー・ドランバルトだ。リーダーって呼んでくれていい。隊長に任命されたときに改名したんだ。いい名前だろう?」


 自信と誇りを持った人間の顔だ。


 くすんだ金の髪が僅かな陽光に煌めていく。


 リーダーの男は……リーダーと名乗ると、待っていたとばかりに爛々と目を輝かせた。握手を求め、手を差し伸ばす。


 ディストはその手を睨み据えた。

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