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異界道具

「……っち」


 舌打ちをして箱を床に転がした。居心地が悪くて、むしゃくしゃして、無力に苛立つように自らの頬を一発、殴打する。


 血の味が滲んだ。冷静じゃない。こんなことをしたって何にもならない。


 痛みと無力さに茫然として虚空を見つめてしまう。


 そんなディストを我に返したのは、一件の着信だった。


 静寂のなかアメリアの端末が電子音を響かせていく。


『アメリア・クラークス。≪秒針≫の回収はできたようだな。……これから引き取りに行く。そしたら契約通り義体は提供するし、お前とお前の弟を銀雲急便の一員として雇用しよう』


 聞き覚えのない男の声。だが、原因の一部は間違いなくこの電話の主だ。


 その仕事さえなければ……アメリアは殺されずに済んだ。


 そう思うと、端末を投げ捨てたくなるぐらいやり場のない苛立ちが全身に巡って、気づけば感情のままに電話を取っていた。


「姉さんは死んだ……! お前の用意した仕事のせいだ。……てめえらにくれてやる物なんてねえ!!」


 こんなことをしても事態はむしろ悪化するだけだ。姉さんが用意してくれた仕事を投げ捨てているのと何が違う?


 理性が、馬鹿げた自分を戒めようとするけれど、姉さんの最期の姿が脳裏に過ぎって、閉口した。


 華奢な体に開いた穴。血の熱、臭い。夜の寒さと静けさ。


 冷蔵庫に押し込んだ食材。運ばれていく遺体。


 ――痛む。ディストは赤い瞳を押さえて、乾ききった涙をぬぐった。


 怒っているのに泣きたくなって、強く唾を飲み込んだ。


 ガシャンと、通話の向こうで何かが落ちて砕けた音が鳴り響いた。


 それから長い沈黙が伸びていく。


 電話の向こうで、吐く息が震えていた。


『アメリアが…………。君は――弟か。……そうか。すまないな。だが、なおさら、余計なことをするな。君の姉が命を懸けて用意したものをゴミに変える気か?』


「俺にはそんなもの必要なかった……!  必要だったのは姉さんだ!! お前らが奪ったものだ……!!」


『もう一度言うが余計なことはするな。今から回収しにいく』


「誰が従うか。お前らは病院の連中と同じだ。ありふれたことだとしか思っちゃいねえんだろ。……回収しに来てみろ。お前らから殺してやる」


 通話を切った。再度響く着信。電源を落として、ソファへ投げつける。


 張り詰めた静寂のなか、ディストは荒く息を吐いて目を見開いていく。


 ――怒りが消えることはないはずだ。


 震える手。弱弱しくなっていく熱。


 何もかもが忘れがたく、鮮明に刻み付けられているのだから。


 姉さんが死んだ理由を作った奴らが、どんな立場でこの家に来れる?


 ……殺そう。他のことを考える必要はもはや、無い。


 破滅主義的な考えだって自覚はあった。


 姉さんがいれば絶対に殴られて、抱きしめられて、とめていただろう。


 ――――だけど。


「……姉さんはもういない。止めるやつなんて、もういない」


 テーブルのものを力任せに退かした。


 周囲を消毒し、銀雲急便の義体と刺青を載せていく。


 目を繋いだときのように自分の体をバラして、義体を神経に結び付ける。


 鏡を見ながら背に身体強化の刺青を刻む。血まみれに部屋を汚していく。


 麻酔もなく、叫び布を噛みしめながら、姉さんが用意してくれた力を、身体に収めていく。


「ッーー……フー……!」


 痛みと熱が全身をめぐるほど、アメリアのことを思い出す。


 泣き叫びたくなるほど、……途方もなく力が湧いてくる。


 ディストは銀雲急便の武装であろう軍刀と拳銃を腰に携えた。


 柄を握ると、感情を燃やして銀色の炎が舞い灯される。


 ……どんなドス黒い殺意だろうが、吐き出したくなる無力さだろうが、それらが感情である限り、燃料としてくべられて、鋭い刀身が銀に燃えていく。


 理屈なんてものはない。必要ない。


 ただその力が漠然と、滾り燃えるほど加熱し、自分自身を加速させるものだと理解できた。義体に使い方のデータでも入っていたのだろう。


 おそらく彼らが回収したかっただろうブツにも手をつけた。


 開かなかった金属の箱を、円盤研削機ディスクグラインダーで切断していく。


 劈く騒音。火花を散らして、ガコンと。


 中に入っていたのは金の装飾が煌めく長く細い針だった。


 精巧な金細工のようにも思えたが、金属の内側でチクタク音とともに脈打って、生きているように見えた。


 音は等間隔で、さながらそれは――――。


「……≪秒針≫?」


 得体は知れないが、恐れる理由もなかった。失うものはもう存在しない。


「ッ痛……!!」


 触れると、電撃のような衝撃が走り抜けた。


 不意な痛みに目を瞑る。


 次の刹那には、持っていたはずの針が消えてなくなっていた。


「ぐっ……あぐッ……ああああ……!!」


 激しい痛みが脳を貫いて、瞳が焼けるようだった。苦痛に歯を軋ませながら、鏡を見ると、アメリアの目に刻まれていく時計の模様。


 ……異界道具を、得体のしれない物を取り込んだらしい。

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