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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
六章:銀に燃えるために
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迫る炎

 これが罠ならば入れば最期だ。逃げ出しようがない。ディストは確認を取るようにレーニャを一瞥した。


「どのみち、他に手立てはない。……ワタシ達を殺そうとしていたフェンリル社など信用できないが――」


〚殺すだけならこのような手筈は不要ですよ〛


 響く声にレーニャはスピーカーを躊躇いなく撃ち抜いた。


「……口を挟むな。信じていないわけではない」


 大胆な物言いに職員達が冷や汗を垂らし絶句する。【正義】でさえも呆れた様子でぽかんとしていた。


「言いたいことがあったんだ。……フェンリル社など信じなくてもいいが、この選択をしたワタシのことを信じろ」


 余計な言葉のせいでどこか格好つかなかったが、それでもレーニャはリーダーの背を追うように、彼の言葉を借りて断言した。


 翡翠の瞳で仲間を真摯に見つめた。眉根を寄せ、緊張するように唇を引き結ぶ。


「ふっ……フハ……! フハハハハハ!! ……レーニャ、今更そんな言葉がオレ達に必要だと思うか?」


 レーニャからすれば真剣そのものだったはずだが、ルーディオは遠慮なく馬鹿にして笑い、そして敬礼した。


「ミルシャはさっき、覚悟できたと言ったはずです。それともミルシャ達も、……ふふ、格好つけてあげます」


「レーニャ顔真っ赤ぁ~! 写真撮ってディストに送ってあげるね」


 小馬鹿にしながらミルシャ、ルサールカの二人も笑みを浮かべ、誇らしげに敬礼した。


 険しい表情を浮かべていたレーニャは段々と頬を赤く染めていった。


 周囲を睨み威圧したところで誰にも意味はなく、低く呻いて、顔を隠すように郵便帽を深く被り俯いた。


 視線を泳がせた先、ディストと目が合って、ジトリと不満と期待に満ちた眼差しを向けた。


 真剣に答え、リーダーとしての威厳を保たせて欲しいのだろう。


 ディストはすぐに意図を理解したが、鼻で笑って一蹴した。


「……銀雲急便としてじゃなくてレーニャにお願いされたい」


「なっ……!!」


「えーずるい! 私も――」


 割り込んで来たルサールカがルーディオに取り押さえられる。


「…………ディスト」


 レーニャは紅潮した頬を引き攣らせ、恥辱を噛み締めた。


 言葉にならなかった息を喉奥で押し殺し、深く息を吸い直して、睨み見上げた。


「…………そういうのは二人きりのときに頼め。じゃないとやだ」


 見えないところで、レーニャの手が制服の裾をぎゅっと握りしめていた。


「っーーー……。お前、ずるいな」


〚あの、たかが数分待ったところでワタシには大きな誤差もありませんが。そろそろ入ってくれますか? 見ているのも恥ずかしい。銀と名乗るには青過ぎますね〛


 二人して顔を真っ赤にしていたがどこからか響く声に急かされて、空間の穴へと足を踏み入れていく。


 ディストは冷静になって辺りを見渡した。


 真っ白なタイルの天井、壁、床。ぽつんと置かれたソファ、ガラスのテーブル。都市を管理する大企業メガコーポにしては簡素な応接室だった。


〚心配する必要はありません。今の状況になって貴方方二人を殺してしまうつもりも、保護するつもりもありませんから。レーニャ・アルフィンテルン様、取引の話を致しましょう。書類などは用意できていないでしょうから、内容は口頭で構いません。記録媒体はこちらで管理します〛


 レーニャは恐れることなく用意された席に座った。《分針》を刻んだ瞳が、眼帯の奥で蛍光を零していく。


「……単刀直入に言えば助けてほしい。【銀炎】は時計の針を揃えるためにワタシ達を追ってきている」


〚ワタシ達が介入する利点は?〛


「介入がなければ勝ち目はない。そうなれば時計の針が揃う。揃ったときに何が起きるかは完全にはわかりかねるが、貴社はそれを好ましくは思わない」


(時計の針は不幸しかもたらしません!)


(嗚呼、これで時計の針が揃わずに済みますよ……! 世界は守られました!)


 血みどろにされたときの記憶が蘇る。【正義】は何が起きるかを知らされていたはずだ。


 全ての針が揃ったことで発生しうる時間の逆行。色付きほどの怪物が主導権を握れば、どこまでこの世界を巻き戻せるかは想像もつかない。


〚……部下の減らず口は教育すべきでしたかね。ええ、その通りです。貴方達は直接観測したかと思いますが、あれは大きく時を戻す力を持っています。今はその権限が三等分されている状態だと言えるでしょう。ですから――〛


 フェンリル社直属の構成員が通路に並んでいく。銀雲急便とは比較にならない武装の質と量。


 都市を支配する軍隊と真っ向から衝突すれば、【銀炎】と刃を向け合う以上に最悪の事態となるだろう。


〚あなた達のような脆弱な者に力を貸すのではなく、我々が《秒針》と《分針》を回収し、【銀炎】という火の手を沈めれば良いと思いませんか?〛


「……それをするならこんな話し合いは不要だった。したくないのだろう?」


 レーニャは動じなかった。身を引くことも目を瞑るさえもせず、ただ凛とした眼差しを向け続けた。


「貴社が殺しにかかるにしても協力しないにしても結論は同じだ。時計の針がこの都市に存在する限り、大企業メガコーポのあらゆる力に対して、たった一人で対抗し、陥落させうる……怪物いろつきが敵対する。被害は……冗談では済まないだろう」


〚殺されるのに協力しないとここで一緒に自爆する……と脅しているわけですね。嗚呼、色付きの一人娘を真似ただけはあります。大した度胸ですね。それで、望みとは?〛


「……フェンリル社の軍事提供だ。アールヴレヴの執行騎士、オルトロス十三区の兵力提供及び、我々にフェンリル社の施術を行ってほしい。依頼金は……この程度では対等ではないことは重々承知しているが、それでもこれが出せる限りだ」


 レーニャが提示した額を見て、スラム上がりのディストは息を呑んだ。こんなことにさえならなければ、働かなくても一生を過ごせるほどの大金だった。


〚裏切り者でありながらよく集めましたね〛


「……リーダーが、こうなる前に可能な限り口座から金を移してくれていた」


 無力さを思い返すようにレーニャは握り拳を震わせた。


 俯きかけたが、堪え前を向き続ける。


〚ですが足りません。金銭ではとても払えない。終わったあとで構いません。その目をください。《秒針》と《分針》の両方です。《時針》は不要です。破壊してください。それと銀の炎に関する点火技術を提供してくだい〛


 《秒針》は、アメリアから継いだ瞳に刻まれている。レーニャは理解してか、ディストの顔を覗き込んで青ざめた。


「ディスト――」


「俺の眼なら構わない。代わりに仕事が終わったらいい義眼か培養眼のプランをくれ。ローンを組むから」


 迷うことなどできなかった。


 レーニャが苦渋して頼むより先に言葉を被せ、即決した。


 ――リーダーも、アメリアも、褒めてくれるに違いない。


 ……いや、アメリアは拗ねるな。


〚軍事提供は可能ですが雑魚処理に限ります。色付きと戦わせては……貴方たちをここで殺して全面的に戦争をするのと変わりありませんので〛


 都市を維持する軍事力を失えば他企業はすぐに乗っ取りを仕掛けに来るだろう。この世界ではそれなりに聞く話だ。拒否されるのは仕方がないことではあった。


〚我々が交戦すれば色つきを殺すことはできるでしょう。甚大な……被害と引き換えに。ええ、困ります。なので施術等は致しますので、あなた達で対処してください。貴方たちがその剡い炎で貫くのですよ。失敗したならば他に手はありませんので、我々が仇討ちをすることになりますので、ぜひ最低限弱らせてください〛


「それでも構わない」


 捨て石になれと言わんばかりの内容だったが、これが最善だった。レーニャは迷うことなく決断を下した。


〚でしたら、フェンリル社は最大限に助力致しましょう。レーニャ・アルフィンテルン、ディスト・クラークス様は奥へ向かってください。刺青、インプラント、あらゆる方法でその身体を限界にまで研ぎ澄ましましょう。詳細と施術については医療チームが説明致します。他の方々は……一つだけお話があるのでお待ちください〛


 意味深な言葉にレーニャは足を止めたが、ルサールカに力強く背を叩かれた。


「大丈夫~。心配しないで。ほら、劇的ビフォーアフターを見せてね? コーポの最新施術なんて受けられる人、そうそういないんだから、さ! でもちょっとさみしいな。レーニャもリード協会の施術しっぽ、絶対似合うと思ってたからね~」


「……まだそれを言うか。わかった。終わったらルサールカが買ったコスプレセットつけるから――」


「そのときはルサールカお姉ちゃんって呼んで甘えてね~」


 ルサールカは二人に向けてふりふりと赤い尾と手を振った。勢いで押すみたいにそのままレーニャ達を奥の部屋へ押し込んでいく。


 笑顔は絶やさなかった。だが、ディストとレーニャが扉の縁を越え、完全に視界から消えたその瞬間――


 くるり、と身を返す。


 冗談めかした笑みは仮面を外すみたいになくなった。赤い尾が静かに揺れる。踏みしめた踵が金属床に硬質な音を立てた。


「――さて、と」


 そしてルーディオ、ミルシャを見据えた。自分達を監視するカメラに向けても飄々と笑みを浮かべてみせる。


 「……【銀炎】が、近づいてきてるんだよね」


〚ええ。止めてください。でないと彼らに力を与える猶予もありません。そのまま【銀炎】を終わらせてくれれば最善ですが――、そう上手くもいかないでしょう。どなたが行くかは一任します。ポータルは繋いでありますので〛


 淡々とした機械音声が途切れると、重々しい静寂が広がった。


 真っ白な部屋のなか、三人の銀灯が暖かく揺れ燃えていく。

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