静かな焔
眼前に迫る弾丸。外套を広げ受け止める。
銀雲急便の制服は弾を通すことはなかったが、重い衝撃が突き抜けると同時、停止した時間の中に置き去りにされた。
――敵も停止した時の中を動くことができる。
おそらく、【銀炎】の火種を受け取った全員が。
それどころかこの弾丸に触れれば――肉体の時間は停止して何も動けない……!?
「…………ーーー!!」
しくじったと理解した時には口も動かせなくなっていた。≪秒針≫の効力が切れても肉体の停止は解けない。
なす術はなかった。
銀炎を帯びた銃撃が容赦なく胴を貫いて骨を裂き――。
「逆巻け。《分針》」
レーニャが唱え、時間が僅かに巻き戻る。
周囲の景色がねじれ歪み、心身を再び、《秒針》によって停滞した時間に引きずり戻された。
「嗚呼、その弾丸も異界道具かよ!」
ダンと。重々しい銃声が轟いたが、怒号は掻き消えることなどなかった。
眼前に迫る弾丸を、双眸に炎を灯し見て避ける。
続けざまに薙ぎ振るわれた軍刀を、急ブレーキと急旋回で退けて、振るう遠心力に身を任せ軍刀で薙いで受け流す。
刀身は激突し、金属音をかき鳴らすだけだったが、ディストは帯びた銀の炎による加速で、刀風を研ぎ澄まして放った。
白銀の斬撃が軌跡を描いて飛び、対峙していた銀雲急便の構成員を斬り飛ばす。
《秒針》の効力が切れると血しぶきは瞬間的に広がり、残火と共に白い砂を赤く染めた。
「ディスト……!! 避けられる攻撃を喰らうな! 当たれば終わりなものなんていくらでもあるんだぞ!?」
巻き戻る前を知るレーニャだけが上擦る声で叫んだ。
だが返事をする時間はない。
「悔め……!! 《秒針》」
背後から迫る弾丸の風切り音を感じ、連続して《秒針》を唱えた。強い負荷が脳を軋ませて、頭に血が上っていく。
――構うものか。停滞する時間のなかで銀の炎を滾らせて加速した。
爆炎が砂を巻き上げた。膝が触れるほど車体を傾けると後輪が砂を蹴って滑ったが、炎の噴出で強引に態勢を取り直す。
「ッーーーー……! こちとら運転はまともに教わってねえんだよ……!!」
時が動き始めると同時、白銀の炎で空気の壁を突き抜けた。
【正義】に一矢報いたときと同じように、ルーディオを模倣して銀焔の翼で車体を制御する。
そして双眸から火花を散らしながら、一瞬にして距離を詰めた。
「裏切り者が銀の炎を使うなッ……!!」
「悪いが、俺は裏切ったことはない……! 俺は俺を信じてくれた人に応えたいだけだ。それと、レーニャを裏切った奴をぶちのめしてえだけだ!!」
――アメリアは信じてくれたから命を賭けてくれた。そして俺は瞳を継いだ。
リーダーは俺を信じてくれたから消えぬほどの業火を託してくれた。
チームは信じてくれているから背を預けている。
レーニャは、誰よりも信じてくれているから弱さを見せた。
――応えたい。ただそう想うだけで際限なく銀の輝きが双眸を満たす。
空気を歪めるほどに燃え滾るから、突き動かす激情の業火に身を投じ、音を置き去りにして肉薄してみせる。
目の前の元同胞が眼で捉えようと瞳に銀火を灯し、眼前に銃口を向けてくる。引き金が絞られる。銀銃が焔を炸裂させる。
だが、全ての動きがコマ送りのように遅く見えた。
否、胸を燃やす焔が、体を突き動かす熱が、彼らよりもずっと、ずっと熱く迸っているんだ。
想いを継いだ炎は彼らの火を呑み込むほど眩く、疾く、鋭く研ぎ澄まされていた。
ディストは放たれた弾丸を軍刀で斬り伏せた。そのまま銃身を、腕を、胴体を切り裂いてすれ違う。
銀の残火が散っていくなか、ディストは引き金の言葉すらも省略して≪秒針≫を連続して行使した。
感情を燃やして時を止める。脳が焼き切れそうな熱を帯びて、苦痛を噛み締めた。瞳と鼻から濁った血が垂れていく。薄赤い視界の奥で光が歪んでいた。
「止めてんだから……! 動くんじゃねえ!」
停止した時のなかで向けられ、放たれる弾丸。――被弾すればこちらの時間が停滞するものだ。
ディストは限界まで車体を傾け、急旋回して迫る弾丸を回避した。軍刀を地面に突き立て強引に旋回し、砂塵と火花を舞い上げていく。
「《秒針》も《分針》も本物のレーニャ様のお力で、【銀炎】が持つべき奇跡ですよ」
声と共に銀光が眼前に広がった。空気抵抗を焼き切って、一瞬にして銀雲急便の連中が距離を詰めてくる。
「俺にとってレーニャはたった一人だけだ。外野が何言ったって聞く耳を持つつもりは――ねえよ!!」
喉首に向けて突き放たれる軍刀。鈍色に煌めく切っ先が掠めようとする刹那、ディストは《秒針》による停滞を解除した。
直後、――ダン! と重々しい衝突音が響き、横切っていく銀焔の翼と雷鳴。
ルーディオとミルシャが最後の敵を轢き裂いた音だった。
「これで……追ってきたやつは全員処理したか」
ぼやきながらレーニャは納刀した。
闘争の音は途絶え、砂を撫でる風の音とエンジン音だけが残り続けていた。
「正直、迷いはありました。けどもうミルシャは吹っ切れました。……怖いのはずっとですが、こうやって生き残ってレーニャやルーディオ、ディストさん達とこの風を浴びていたいから、頑張れそうです」
砂混じりの熱風が髪を撫で靡かせる。加速を帯びていると、熱風も僅かに涼しくさえ思えてくる。
緊張の糸を緩めるように、ミルシャはゆっくりと肩を下ろした。
空元気を振り絞るように微笑んで、どこか誇らしげに瞳を銀に光輝させていた。
「嗚呼、そうだな。逃げたりしなくて正解だった。オレの居場所もここだ。心地いい気分で風に当たるにはここしかねえな……」
ルーディオにしてはやけにナイーブなぼやきだった。
「……ふふ、それにこうして一緒にいなかったら、ルーディオのあんな姿、見れなかったと思いませんか? ……今は特に格好いいです。ディストもそう思いませんか?」
銀の焔が溢れていく。高揚した想いを隠すこともできず、ミルシャは小さく微笑んで、ジッとルーディオを見つめ頬を染めた。
当のルーディオはじっと地平線の遠くを見つめていて、視線に気づく様子もなかったが、ふと我に帰るようにアクセルを強く握った。
ルサールカと合流していく。




