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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:照らす火、継ぐ炎
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銀翼強襲

 息が果てそうになる。深く呼吸をするたびに喉が熱でやられていく。だが、言葉を抑え込むこともできなかった。喋れば喋るほど、感情は研ぎ澄まされて、銀の灯火が心身をけずり燃やして火の勢いを強めていくから。


「――――ッッ! それに無事に目的地に辿り着いたらさぁ……! こんな澄まし面のむかつく奴でも、もう少しはいい顔してくれんだろ!?」


 白熱する。全身を苛む烈火と共に臭い言葉を張り叫ぶ。視界前方、敵の間合いの内側にまで疾駆して鈍色の刃を閃かせる。


 ――届かない。呼吸も、炎も、速度も、何もかもがまだ足りない。


 急迫と共に繰り出した炎を帯びた銀閃が、【正義】の蹴りに止められた。舞い上げられた土が視界を遮り、劈く金属音と共に腕を走り抜ける痺れ。そのまま踏み躙るように押し返されて、鈍い殴打が腹部を抉る。


「がッぁ……!」


 トドメとばかりに振り薙ぐ重撃。レーニャは庇おうとはせず、ディストに向けられた意識自体を逸らすように斬撃を描いた。


 ――届かない。【正義】は見透かすようにスレッジハンマーの軌跡を曲げると、全体重を武器に預け、跳んだ。


 片手で柄を握りしめたまま強引に斬撃を避けて、鋭く足先がレーニャを穿つ。かろうじて受け止めていたが、完全ではない。


 重く身体がよろめくなか、レーニャは険しい表情でディストを睨んだ。血で染まった唇を制服の袖で拭う。


「……その前にくたばるなよ。ワタシのいい顔とやらが見たいのならな」


 レーニャは……賭けてくれたらしい。信じることにしたらしい。


 ……投げかけられた言葉が、夢もなく破滅の道を歩かされているらしい自分の胸の奥で反響し続ける。


「満身創痍で何ができますか?」


 銀の火飛沫が迸った。霞みかけた視界が灯火によって煌々と照らされて、深く重なる暗雲さえも銀色に見えてくる。


 異界道具がなかろうと、自分が何者であるかを証明するみたいに。


 ――――燃え上がる。しろがねの炎が満ちていく。


「知らん。だが、信じろと言われた。どちらにせよ、部外者のお前にあの銀色の意味はわかるまい。今のこいつの火に触れれば、火傷では済まんぞ」


 【正義】の行く手を阻むように、レーニャは急迫した。


 輝白する速度の炎が【正義】を銀に塗り潰さんと燃え広がる。ディストを狙う余裕を与えないために斬撃の絶えず振るい続けた。


 都市の影縫う銀炎。霞む刀身が放つ無数の剣戟。


 ――――届かない。疾さも、膂力も、技も。ただ一点すら【正義】に触れることはなく、打ち流される。避けられる。弾かれ、刃が欠け散る。


「嗚呼、これで時計の針が揃わずに済みますよ……! 世界は守られました!」


 刃を受け止めた槌の柄が、レーニャの鳩尾を殴打した。


 歯を食い縛り振り上げた反撃の一刃も、分厚い靴底に軍刀の鍔を蹴られ透かされる。【正義】は身を捻るように跳んで、もう一方の足で腕を踏み砕いた。


「ッー……! ディスト……ッ、貴様よくも腕と脚が千切れたくせに平気で……ッ、喋れていたな……!」


 レーニャはへしゃげた腕の苦痛に、全身を震わせて、堪えるように笑みを浮かべた。減らず口をこぼさなければ気が気でいられなかった。


 手放しかけた軍刀を必死に握り締めると、身体の内側で砕けた骨が、内側から皮膚を突き刺していた。


 痛みで吐息が痙攣していく。後悔しそうになって双眸が揺れ涙が滲んだ。


 だが流しはしない。なんとか堪え切った。……なんて女々しい。なんて弱い。レーニャは自分が嫌になって、けれど炎は一層強く呼応して膨れ上がる。


 それでもまだ届かない。切っ先すらも触れることはない。


 【正義】は満面の笑みを浮かべ、蹴り、蹴って、蹴り砕いて、踏み躙って、悪と定義した者を蹂躙し続ける。


 受け流そうとも、一撃一撃があまりに重く、レーニャのともし火は消えていく。


「っまだだ……!」


「もう終わりですよ。レーニャ・アルフィンテルンさん?」


 最後の力を振り絞って、【正義】の脚にしがみついたが、蹴り飛ばされて地面にみっともなく転がった。


 灰と夜闇が覆うなか、金色の眼だけが爛々と輝いていて、【正義】は悠然とした態度でディストに打突杭の切っ先を向けた。


「あなたは優しいから、まだ生きている彼女をおいて逃げられはしませんね? その炎ならワタシよりも、速さだけは上回れたのに」


 レーニャを踏みつける。逃げれば殺すと、恍惚としながら言いやがる。


 だが、レーニャが手足を砕かれてまでも稼いだ時間が、逃げることができたはずの時間が、託されるように与えられた猶予が…………透き通った白銀の炎を収斂させていった。


 炎が絞られて揺曳する影。業火から熱が消えていく。熱を違う力へと変換していく。凝縮し、ただ一点に、鋭く火を剡りきり、――――そして爆ぜた。


 疾く、疾く、疾く。一瞬にして距離をかき消す。一直線に蹴り込んだ愚直なまでの驀進。刃こぼれした軍刀の切っ先を突き向ける。


「学ばないですねッ……!!」


 【正義】が刃先を打ち流さんと柄を振るう刹那、最大速度に達した。


 速度だけが彼女を追い抜いて、無い脚で深く地面を踏み込み――飛んでみせる。


 刃先を粉砕するはずだった【正義】の一撃が、銀の火の粉をあげて爆ぜる炎のみを貫いて空振る。


 反撃の不発――それは超速の一撃を前に、あまりにも大きな隙となった。


「…………ッ」


 【正義】が咄嗟に頭上を見上げた時、視界に映ったのは砕けた腕から広がる銀焔の翼だった。


 夜闇の黒色を照らし出す白銀の灯火はひたすらに眩しくて、鮮やかで。避けれたはずの致命傷を目前に、【正義】は瞠目したまま動けなかった。


 同時、急降下と共に加速した刃が【正義】を刺し穿つ。


 皮膚を裂き、腹部を貫いて、熱が溢れていく。


「ッーー……。悪いが。学ばないのは思い違いだ」


 ディストは慢心創痍の状態で刃を引き抜いた。


 決壊するように溢れ出ていく血。


 【正義】は何も言えないまま、前のめりに倒れて動かなくなった。


「ッーー……無事か?」


 ディストは口元の血を拭うと、ボロボロになってまで時間を稼いでくれたレーニャのもとへ、よろめきながら歩み寄った。

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