銀雲を仰ぐ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
砂嵐が晴れたのは三日後の朝だった。
夜明けと共に白い砂塵を撫でる風音は穏やかで、目覚めと共にエンジンの駆動が身体を揺らし、ラジオからはノイズに覆われた歌姫の曲が流れていく。
最中、劈く銃声。三点の銃声。連続した銃声。
装填音。レシーバーを切り替える重い音。
ディストは低く目を凝らし、サボテンヤシへ照準を向け引き金を振り絞ったが。
車窓の向こうへ放った弾丸はどこに当たるわけでもない。ただ砂を舞い上げるか、地平線に飛んで見えなくなるだけ。
ルーディオは義体に付いたランプを赤く点滅させた。表情はないが、呆れているか、馬鹿にしているのは確かだろう。
「HAHAHA! 銃のセンスはチャーミングだな!」
「ライフルは使ったことがないんだよ……!」
車内でバイクに乗った姿勢を取り、片腕だけでライフルの反動を支えて、不安定な銀の火を帯びて発砲を続けていく。
不意に視線が気になって振り返ると、暇つぶしがてらにレーニャとミルシャが見つめていた。
「……なんだよ」
素人同然……というより、実際に素人なのだが。酷い銃の扱いを見られて、ディストは恥じるように悪態混じりに尋ねた。
「用がないと駄目か? 強いて言うなら狙い澄ましている間だけ火の勢いが落ちている。狙い澄ましているせいで意識を持っていかれているのだろう。それとも弾丸を撃つ時も焼き加減を意識するのか?」
料理のことでとやかく言ったのを根に持っているらしい。ディストは小さく鼻で笑った。
「悪かったな……。弱火でじっくり弾丸を燻して」
開き直るみたいにぼやいて外を眺める。
銀色に淀んだ雲の奥で薄っすらと陽光が広がっていた。地平線に触れる深い藍の底が、段々と朱と薄青い朝焼けへと変わっていく。
凍えるような砂漠の夜の冷気が一転して、気温は高くなりつつあった。容赦のない殺人的な陽光がもうじきすべてを照らし出すだろう。
夜中の白い砂塵は雪のようだったが、昼になれば日光を燦燦と反射する鏡へと変わるはずだ。
「まだ続けるのか? そろそろ窓を閉めて欲しいんだが」
入り込んでくる乾いた空気と砂塵に、リーダーが愚痴を零してくる。
『まーまー。もうすぐ中継地に着くしいいんじゃない? もっと頑張れって火つけたのはリーダーでしょ?』
運転席からの苦情をルサールカが無線越しに止めてくれる。
ディストは焦るようにライフルを構え、発砲を続けた。
銃声、銃声。銃声。装填。
「ひっでぇ。銃壊れてるんじゃねえか?」
ルーディオが銃を手に取り、フルオートで発砲していく。
銀の飛沫による加速で反動を完全に抑え込むと、一点の狂いもなく全ての弾丸がサボテンヤシを貫いていた。
「ヒュー。オレが凄すぎるだけか?」
義体から口笛の音を響かせるルーディオ。自惚れるなとばかりに、レーニャも同様に銃弾を叩き込んでいく。
「……待て。わかった拳銃だ。拳銃なら目瞑っても当てられる」
深く構え、発砲。
ライフルと比べれば十分な精度だったが、強く吹き付ける風と砂塵のせいで着弾地点がズレた……気がした。
撃った瞬間に巡る嫌な予感。豪語した手前、ミスるのは……なんだかプライドが許せなかった。
ディストは何の躊躇いもなく«秒針»を行使し、もう一発引き金を振り絞る。
――時間が動き出したとき、……二発目は正確にサボテンヤシの奥、古錆びた標識をぶち抜いていた。
「…………ミルシャは、銃はあまり上手くないので。すごいと思います」
パチパチと弱々しい拍手。レーニャだけは時計の針の行使を理解できるのだろう。ジイっと、物言いたげな眼差しだけが突き刺してくる。
「……馬鹿だな」
レーニャの呟きも視線も、ディストは気づかないフリをした。
少し誇らしげにルーディオに視線を向ける。義体に表情はないが、青くランプが点滅していた。
「ほら、どうだ? 当たってるだろ?」
「あーそうだな。うん。見てなかったけどな。悪いが美少女じゃないと長時間見てられないんだよなー。オレってばさ」
「はぁ!? いや、わかった。もう一回撃つから。次は見てろよ――」
銃声。ルーディオは確かに全て見ていたが、白けた態度で接し続けた。電子書籍を片手に、撃ち抜いた古い標識を視界の片隅に捉えていく。
――才能。だけでは片付かない。それなりに使ったことはあるようだ。それに銀雲急便以外の義体や刺青、記憶なりもスロットしている。
単発射撃のときだけは精度がいい。
「ほら、これはどうだ? 銃痕に当ててやる」
「ええいしつこい! 見ているとも! 妬ましいぐらいに及第点だ及第点。だが勘違いするんじゃない。ルサールカによしよしされるのは駄目だ! 禁止だ! HAHA……。レーニャ、世話係はお前だろう。あとは任せた」
ルーディオはギィギィと金属音を響かせながら自分の寝台に戻っていった。ディストへの対応が面倒臭くなってレーニャへ全部をぶん投げる。
「……休憩していて構わん。時期に目的地に着くはずだ」
「目的地って【銀炎】のところ……な訳ないな。ウルルク協会管轄都市か」
撃ち抜いた標識に刻まれた文字を見据える。
『この先ウルルク――太陽のない市場都市』
――姉さんに誘われて行ったことがあった。
「次行くときは俺から誘いたかったんだけどな……」
一人心地にぼやいた。胸の奥が痛んで、ぎゅっと強く目を瞑る。
それだけで瞼の裏に記憶が映し出されていく。アメリアの赤い瞳が見つめてくれる。金の髪が乾いた風に靡いていく。
『ディスト、さっき何買ったの?』
アメリアの声。もはや聞くことも叶わないはずなのに、鮮明だ。
(ローゼス協会の刺青。高いけど、当たらない拳銃を持ってるよりは当たるようにしたほうがいいと思ってさ)
『へぇ? 頼もしいなぁ。それで大切な人のこと、守ってあげてね?』
(……大切な人って、姉さんのこと?)
『もちろん! でも私以外にも大切な人ができたらさ。頑張ってね。それはそれで私は応援してるよ?』
やがて、エンジンの揺れが収まっていく。
「――ディスト。――ディスト」
名前が向こうで呼ばれている。……行かないといけない。
だというのに思い出のなかに映る声が、笑みが、穏やかな時間が、あまりにも温く、瞼を開けるには些か眩しすぎた。光はとっくにないのに目が眩む。
「ッ……起きてる。別に、寝てたわけじゃない」
視界がぼやけている。冷淡な表情で、レーニャが見下ろしていたから、慌てて涙を拭った。すぐに立ち上がり、深く息を吐いていく。
「……どれだけ決然としていても。感情を無かったことにはできない。別に隠す必要はない。それが当然の反応であるべきだろう。……ディスト・クラークス」
たったそれだけの言葉で、渇きかけていた双眸が潤む。必死に、首を横に振った。それで言われるがままに泣いてちゃ、あまりに格好がつかない。
「はぁ、マジで情けないな。俺。……大丈夫だ。もう大丈夫。忘れちゃいけないことを思い出してただけだ。まぁ、……ありがとう」
冷静になって辺りを見渡したが。既に皆、車を降りていた。
空は藍色に染まり、朝日も青空も消えて夜の帳が広がっていた。ついさっきまで朝焼けが消えたのは、ウルルク協会管轄都市に着いた証拠だろう。
すぐ外で声が聞こえる。……良かった。こんなダサイ涙を見たのはレーニャだけらしい。
「フン。礼を言われることではない。お前を心配しているんじゃない。«秒針»が弱っては困るだけだ。ワタシは銀雲急便としてこの仕事は絶対に成功させないといけないからな」
「ああ。わかってる。あんたにとってそれが大切なことなんだろ」
「……本当にわかっているか? 分かっているならもう考えなしに飛び出すな。何かあったらどうする。そもそもあんな行動ができるやつは便利屋には向いていない。名を残せるかもしれないが……早死にする」
「心配してくれてるじゃんか」
「してない。ワタシは【銀炎】に、……父さんに認めてもらって。いつかこの組織を動かすための資格が必要なだけだ。ここで失敗したらどうしてくれる? だから……警告しているに過ぎない」
ジロリと突き刺す視線は鋭い。瞳の奥で燻る銀色の熱。チクタクと、近づくほど共鳴しあう時計の音。…………長い沈黙があった。
「そうだな……。失敗はあっちゃいけない。だから俺が死なないようにもっと訓練をつけてくれ。強くなりたい。それで力がついたらさ。正面切って言えるだろ? 俺が俺とお前を、父さんのところまで連れて行く……! ってさ」
真剣な言葉だったのだが。レーニャは噴き出した。無表情を保てず、嘲りと呆れ混じり。鋭かった視線が穏やかになでた。
「……お前にとっては父さんじゃないのに。その言い方はおかしいだろう」
レーニャの淡々とした指摘に、ディストは酷く赤面した。




