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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:運び屋の生き方
16/21

銀に燃えるためには

 車に乗り込むと、先ほどまでの戦いなどなかったかのように皆が皆、平然としていた。


「……っーー」


 ――バクバクと、強く心臓が脈打って、落ち着く気配がないのは自分だけらしい。


 ディストは思わず自嘲しながら、解体した義体パーツを自分の寝台にまで運んだ。


 ミルシャが運んでくれた分も受け取っていく。


「ありがとう。助かった。……ああ、ええと、運んでくれたことよりも、さっきの言葉だ。嬉しかった」


「えへ、そう言われるとミルシャも照れますね……。まぁ、貸しいちだと思ってください」


 ミルシャは人差し指をピンと立てると、楽しそうに小さく笑って席に戻っていく。


 あどけないようにも思えたが、なんだか冗談にも思えない気迫のようなものが言葉に滲んで見えた。


「……なにを頼まれるんだか」


 余裕そうなフリをしてぼやくと、少しばかり緊張が解れて、じんわりと指先に熱と震えが広がっていく。


 ……まだ手には多くの感触が残っていた。引き金を絞った時の衝撃、人の内臓を貫いた時の感触。


 だけど構わず車は走り続けて、白い砂漠の地平線が様変わりする様子もなかった。


 外をぼんやり眺めていく。


 天気は少し荒れつつあるらしい。


 殺人的な陽光は、分厚く濁った"銀色"の雲に遮られ、時が経つほど薄暗く影を差していく。


 やがて風が強くなり始めると、視界の遠くで、白い砂が周囲を真っ白に塗りつぶしていく。


 砂粒が車体を叩き始めた。パチパチと乾いた音が窓を打ち、数分のうちに無数の針が叩きつけるような鋭さへ変わりだした。


「……砂嵐だな」


 誰かがつぶやいた。


 風はみるみる強くなる。地平線も空も消えていく。銀の雲を仰ぐこともできなくなると、リーダーは強くブレーキを踏んだ。


「無理だな。ここで一泊する。ルーディオは外行ってアンカーを打ち込んできてくれ」


 リーダーの言葉にルーディオは返事もせずに外へ出て行った。


 全身義体ならば砂嵐が肌を裂くこともないだろう。


 エンジンは落とされず、低く唸り続けていたが、砂漠の真ん中で、旅は一度止まった。


「よし、こうなったら仕方ない。新人歓迎会といこうか」


 リーダーはケラケラと笑いながら、脱力するように椅子を倒していく。


 視線がディストに集まる。何をすればいいかもわからず、ディストは曖昧に首を傾げた。


「ということで飯当番はディストとレーニャだ。美味いもんを頼むぞ」


「嫌だ。ディスト一人で作れるだろう。なぜワタシも――」


 言葉と同時、レーニャはすっと立ち上がり、顔を歪めた。遠慮なく苦言を呈してくる。


「お前の料理が不味いからだ。新入りからでもお前も学べ。レーニャ。飯が美味いやつの方がいずれトップになったときも信頼されるだろ? 無駄じゃねえはずだ」


 よくわからない理論だが効いたらしい。


 レーニャは信頼だのトップだのと言われると小さく肩を跳ねさせて、そしてディストを険しく睨んだ。


「作れ」


「はいはい……」


 言われるがままにディストは簡易調理台の前に立った。レーニャが隣でジトリと覗き込んでくる。


 車内の収納棚と冷蔵庫から痩せた脛肉に乾燥麺、養殖サボテン、缶詰陸貝もろもろを取り出していく。


 ゴムみたいな低品質の肉を骨から剥がし、骨は骨で両断し、骨髄も使用していく。銀雲急便は貧乏ではないから、人工香辛料もふんだんに使っていく。


 経費で落ちるなら気楽でいい。


「……加熱すれば全て同じではないですか?」


「仮にも火を使うやつの発言じゃねえだろ……」


「なぜそんな多種な食材を使う必要があるんです?」


「そっちのほうがおいしいし飽きないだろ」


 一緒に作れとは言われたものの、実際にはレーニャの仕事はあまりない。


 骨から髄液を採るぐらいなもので、以降は後ろからねちねちと質問を投げかけてくるだけだった。


「入れる順番に意味はあるんですか?」


「あるよ。火の通り方が違うだろ」


「……どうして焦げ目を付けるんです?」


「その方が香ばしいだろ?」


「香ばしい? 健康に悪いです」


 本当に健康に気遣うなら砂漠の横断も運び屋稼業もすべきじゃない。もしくは金持ち向けのオーガニックフードの缶詰でも探すべきだ。


「気がかりなら焦げ目はルーディオに食わせるのはどうだ? 全身義体なら気にならないはずだ」


「それもそうですね」


「おい」


 少し遠くでルーディオのツッコミが入ったが、誰も振り向きもしなかったので、ディストもスルーすることにした。


 パスタとスープを皆のトレイに並べていく。


「……あなたは料理、慣れているんですか?」


「いや、普通ぐらいだろ。けど姉さんはよく褒めてくれた。美味しい、美味しいって言われるのは好きだった」


 ほんの一日前のことなのに、懐かしむみたいに言ってしまう自分が嫌になって、引き攣る表情を隠すように顔を逸らす。


 余計な勘違いをさせたのか、レーニャは自分が責められたみたいに少し落ち込んでいるように見えた。


「あー、だからさ。美味かったら素直に美味いぐらいは言えよ? それだけ。お前ってプライド高いから言わなそうじゃん」


「……そういう言い方をされると言いづらいとは思わないのか? ………………美味いが」


 レーニャは険しく睨み不服そうに銀の髪を掻きながらも、素直にぼやいてくれた。


「……ふっ。クソ照れるな」


 ディストは恥ずかしくなって直視もできず、逃げるみたいにリーダー達に配膳していく。


 リーダーは目が合うなり、ディストの背を強く叩いた。


「だっせえな」


「……っ、別にいいだろ。ダサくて何が悪いんだよ」


 ディストは居心地が悪そうに拗ねた。


 まるでドラマに出てくる父親みたいなお節介だ。


 顔を逸らしながらも一瞥すると、銀の火で燃える煙草の匂いが、もわもわと揺れていた。


「まぁ急ぐことでもねえか。それよりお前は炎がまだ上手く出せねえだろ。飯渡すついでにコツでも聞いてこい」


 リーダーは楽しそうにケラケラ笑いながら命令する。拒否権はないだろう。


 とはいえ実際問題、銀の灯火が初めて点火したときのように自在に、高出力を放とうと思っても上手くはいかなかった。


 念じても、嫌なことを思い出しても、手に着いた血の感触が鮮明に残っていようとも、…………炎は不安定に揺れるばかりだった。


「ルサールカ、……リーダーの話、聞こえてただろ? どうすれば火を――」


「美味しい……! めっちゃ美味しいねぇ。偉いぞ~!!」


 ルサールカはパスタとスープを受け取るなりがっついて、それからわしゃわしゃと撫でまくってくる。


 挙句、抱きつかれると、緋色の髪が甘く頬をくすぐって、柔らかな胸が押し付けられて。


「っ……! やめろって!!」


 ディストは耐えきれずに顔を真っ赤にしながら距離を取った。


「もったいな!! 痛っ! HAHAHA! ミルシャ、なぜ殴るんだ? 痛い、待って、痛っ――」


 車両後部でゴタゴタとじゃれているのを節目に、ディストは真剣な眼差しをルサールカに向ける。ルサールカは少し恥ずかしそうに髪を弄ったが、うんうんと唸って考えてくれた。


「私の炎か。……しいていうなら、恩義かな? 私は沢山、銀雲急便に……ってよりリーダーに助けられてきたからさ。助けたいって思えるっつーの? へへ、恥ずかしいね。はい! 私への質問タイム終了! 次ミルシャね!」


 ぐいーっと背中を押されて、ミルシャのもとへと急かされる。


「……ミルシャは言いたくありません。はずかしいです」


 ディストが来るなりそう言うと、わかりやすいぐらい惚けた様子でじっとルーディオを見つめていて、釣られるように視線を向けると。


「オレか? モテたい。銀の焔を自由自在に使えりゃ恰好いいだろう。特に翼だ。高く飛ぶ翼、上手く飛ぶ翼、モテる翼」


 …………モテたいらしい全身義体野郎は、好意の眼差しには全く気付いてすらないようだった。


「お前はなんだ? 何を燃やす? それを考えるんだな」


 ルーディオがぶっきらぼうに言葉を投げかける。


「俺は…………」


 ディストの炎は弱々しく不安定に揺れ続けた。


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