使命が燃えるとき
助手席にまで向かうと、目が合うや否やリーダーはディストを鼻で笑った。
「立ってるのがやっとか? 座れよ。レーニャが心配して着いて来ちゃってるだろ?」
「そんなことない。ワタシは煙草をとりに来ただけ」
「吸わねえだろ。お前……」
振り返るとレーニャはすぐにそっぽを向いた。取り繕うように壁に寄りかかって、鋭い眼差しで外を見つめていく。
雲の縫い目から漏れる陽光は異様な虹彩を帯びていた。緋、碧、青、紫……無数の色が白い砂によって乱反射して空気を白く歪めている。
……陽光汚染だ。殺人的な光が降り注いでいるのだろう。
影響を受けないのは荒地に咲き狂うサボテンヤシと砂珊瑚ぐらいなもので、有棘の幹と枯葉色の枝が砂地を覆うように生え伸びていた。
「おい、ぼけっとすんな。ちゃんと見ておけ。嗚呼、ゴーグルはつけろよ。防光ガラス越しだが、こんな世界で信じていいのは自分だけだ。なにがあったってよくあることだからな」
「……わかってる」
ゴーグルを着けて前を見据えた。フロントガラスの向こう、広大な白色は茫漠と広がる砂の海だ。
握るハンドルの動きに合わせて車体が揺れていく。
最中、リーダーは前方を深く見据えると車を一度止めた。
何もない砂漠の真っただ中で、どうしてか見えないなにかを迂回するように大きく、カーブしていく。
ホログラムが映し出す地図を見ても酷く遠回りだった。
「なんで何もない場所を迂回するんだ?」
尋ねると、リーダーの目つきが変わった。完全に停車すると、運転席を立ち、扉を開けた。銀の炎を帯びると、躊躇いなく車外へと降りていく。
「何もないように見えるか? 地図を見ろ。ウルム湖って表記があるだろ。今はなんもないかもしれねえが、前はあったんだ。外出て歩いてみろ。すぐに意味がわかる」
「いやけど、外に出るのは――」
「数分じゃ死なねえ。いいから車出ろ」
頷いて、ディストは車を降りた。
乾いた砂がくるぶしまで捉えるなか、リーダーが避けた場所まで歩いていくと、不意に脚まで沈んだ。噴き上がる潮の臭いと泥漿の飛沫。
乾いていたのは表面だけだ。二歩目を踏んだときには土砂が膝を呑み込んでいく。ずぶずぶとありもしないはずの水音が、体が沈めば沈むほど鳴り渡る。
「嗚呼、……理解した。車がここに入ったら……終わりだな。陸地で沈没し、砂漠で溺死する」
「……だろ? オレ流に言わせてもらえば……いや、少し嘘ついた。受け売りだが、目に見えるものが真実とは限らないってことだ。いいお勉強だろう」
ディストが驚愕するようにぼやくと、リーダーは心底今の状況を楽しんでいるようだった。誇らしげに満面の笑みを浮かべている。
「……さては助けてくれないのか?」
すでに砂はディストの腰回りまで捕えていた。
力で起きあがろうとしても無意味だ。腕を支えにしても腕が沈む。滲む炎天下が鼓動を熱く加速させていく。
冷や汗も混じっていた。こんな些細なことで死がすぐ傍にいるのだから。
「砂遊びは楽しそうだが、生憎オレは趣味じゃない。ルーディオに頼んでみるか? あいつは女遊びとか、酒におぼれるのは好きだからな。おいルーディオ、そいつが無理そうなら助けてやれ。お荷物としてな」
呼ばれるとほぼ同時、野次馬のようにルーディオが姿を見せた。
義体の頭部に表情はないが、嘲っているのはよくわかる。しかしバカにしにきただけではないらしい。見せつけるように、彼は脚部に銀の火を灯していく。
「オレは特別に慣れてるから出力さえあれば空だって飛べるぜ?」
そう言って、両手、両足の火を振るい宙を舞った。逆さ向きのまま目の前を漂っていく。
「お前がチームなら銀の炎を出せばいい。銀の炎は物体を加速させることもできるし、どんな物だって燃やすこともできる。陽の光でもな。……銀を灯す方法は知ってんだろ? 貨物なら運ばなきゃいけないから、助けてやるけどな」
「…………同じようにやってるけど出ないんだよ」
銀の炎に限った話ではないが。とりわけ異界からもたらされた技術にとって感情は魔力であり燃料だ。
だから、彼らと対峙したときは容易に出力できた。
憎く、到底許せる存在じゃなかったから。
自分の無力さがどれだけ怒り嘆いても足りないほどだったから。
どれだけ泣き喚いても、ぽっかり空いた胸のうちを満たすこともできなかったから。
「……ルーディオはどうやって今、銀の火を出してるんだ?」
「オレか? オレはもちろん、愛だよ愛。ラブパワー!! HAHAHA!」
冗談か本気か。高らかに笑い声をあげてごまかすように車内に戻っていく。
「……あいつ誰かとデキてんのか?」
ディストのぼやきを流しながらリーダーは義体の背を一瞥した。乾いた笑み。少しばかり引き攣っている。
「あいつが一番銀の炎の操作が上手いんだよな。銀焔で飛ぶ技術は突出してる。それでコツを教えさせようと思ったんだが……教える才能は別らしいな。お前が女なら、手取り足取り教えてもらえたかもしれねえが」
リーダーがどうでもいいことを口にしている間にも身体が砂と塩に埋もれていく。もはや猶予はなかった。
ディストは困惑したままリーダーを見上げたが。鋭く冷たい視線が返ってくるだけだった。
「……助けてもらおうと思うな。助けてくれると考えればお前のなかで感情が沈む。自分がどうにかしなきゃいけないと思わないと覚悟はできない。お前がオレ達を殺そうと思ったときは殺意が燃料になったんだろうが。今は違う。怒りや憎しみは永続しない。瞬間火力は出るけどな。……車で待つ」
リーダーが一瞥することもなく車内に戻っていく。ジッと視線を向け続けていたのはレーニャだけだった。
「……あと活動できて二分です。銀焔も使ってない以上、それを超えれば貴方の視界に入る光が、組織の再生を止めるでしょう。そのあとは変化します。骨肉を作り替えて違う生き物に」
「知ってるさ。そうなった家族を今日二人殺したんだからな。……だから困ってるんだよ。陽光汚染の前に砂で窒息死する。死ぬと思っても銀の火が出ない。……俺は、別に死ぬこと自体はもう怖くはないから」
砂漠の炎天下を前に、レーニャは帽子を深く被り直した。
ジトリと、不安げな眼差しが見下ろしていた。
「……こんなことを言うと馬鹿みたいですが。……ずっと、ずっと長く保つことができる感情は使命感です。ワタシにとってはですが。ルーディオの言う愛とやらも、似たようなものでしょう。つまりは――――お前には何がある。ただ流されるままに来ただけか? 違うだろう。根幹を見失うな」
丁寧な言葉遣いはすぐに乱れていった。荒々しく威圧的だが、不快感はない。ディストはほんの数瞬、呆然とするようにレーニャを見上げた。
整った制服。毅然とした態度。長く揺れる銀の髪。今見てみると、使命感や責任を身に纏ったかのような姿だった。
「……格好つけたのにこれじゃあ……ハハ。挽回できればいいんだがな」
反骨心に火が着いた。使命は――二つある。
アメリアの願いを叶えるには認められなきゃいけない。
銀雲急便になることを望まれたのだから。応えなければならない。
赤い瞳で砂の沼を睨み据えると、深く息を吐いていく。瞬間、業火を灯し放った。身体を呑み込む大量の砂を舞い上げて、ディストは宙を飛んだ。
銀の炎が砂肌を撫でる風に靡いていて、放出し過ぎた力に振り回される。ぐるりと、加速によって反転する視界。だが、それも一瞬だ。
次の瞬間には制御するように突き伸ばした手に銀色を帯びた。ブレーキをかけてふわりと、レーニャの目の前に着地して見せる。
そして、銀に染まった視線を向けた。
「……«秒針»の運搬に巻き込まれたせいでアメリアが殺された。最終的な運搬先は【銀炎】だ。……俺は理由が知りたい。知って……それ次第では――」
「構わん。パ……【銀炎】が負けるはずはないからな。そうなったときは残念だが。チームが一人欠けることになる」
…………沈黙。気まずさに負けるようにレーニャは鼻を鳴らし嘲った。
「フン。いつまでワタシの顔を見ている。……見惚れたか?」
自然な笑顔だった。頬が緩んだのはほんの僅かな間だけで、すぐに引き締まったような無表情に戻ってしまったが。
「そうかもな? まぁ、アメリアのほうが綺麗だが」
脇腹を抉る肘。ディストのうめき声と共に背後で扉が閉まると、車輪は砂埃を切り裂き始めた。車体が再び揺れて、数分。
「……変な場所に車を長く止めすぎた。敵だ」
リーダーのぼやきに全員が瞬時に視線をあわせた。窓の外、砂塵を舞い上げて数台のモービルが接近しつつあった。白い霞を帯びて加速していく。
「サハポート工房の連中だ。……新入りにわかりやすく言うなら。同業者だな。仕事を食い合ってるから、友好的に仲良く握手とはいかないぜ」
「っ……なんであいつらは陽光が大丈夫なんだよ」
「知りたいか? そういえばお前、技師だったな。まぁ理屈は仕事が終わってからだ。さぁ準備をしよう。あいつらが襲ってくるつーなら、返り討ちにして荷物をぜんぶ私掠してやろう」
凶暴な笑みだ。リーダーが大きく手を叩くと、皆すぐに銀の炎を灯した。




