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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:運び屋の生き方
12/24

眼を閉じたところで

「随分仲がよくなったようだな。安心したよ」


 合流するなりリーダーが思ってもいないだろう軽口を叩いた。


 ディストとレーニャが同時に眉を顰めるなか、ルサールカだけが呆れて笑っていた。


「本当にそう見えるのか? マジで言ってんならリーダーだろうが知ったこっちゃねえ。センス疑うぞ」


「天才ってのはいつだって理解されないもんだな。オレは悲しい。……なんて、冗談はこれぐらいでいいか。ほら、乗れよ。今日の運転はオレとルサールカだが、明日からはお前にも運転させる。当番制だからな」


 都市の出入り口、荒れた砂地に車が二台停まっていた。


 男女で分けているのかと思ったがそうではなく、一台は貨物運搬用。もう一台が生活空間となる車両だった。


 貨物は白い砂漠の横断に必要な物資以外にも、銀雲急便が依頼として引き受けたと思しき荷物が積み重なっていた。


 乗り込むと、狭い空間にキッチンと二段重ねの寝台が敷き詰められ、後部のスペースに小さなテーブルと椅子。最後尾にはバイクが折り畳まれて収納されていた。


「……これは?」


 ディストは近くにいたルーディオに尋ねたが。


「ああ、バイクのことか? 格好いいだろ」


 ルーディオは質問の意図を理解する気もなく適当な言葉を返すだけだった。


 ディストの様子を見ることさえなく、ペラペラと真剣な面持ちで……表情はないが。


 何かを読んでいるかと思えば、内容を覗き込むとデカデカと水着の女性が載っている写真集だった。一応は義体や装備のカタログのようだが。建前にもなっちゃいない。


「ええと……緊急時に使うものです。銀の炎でしか動かないですが。その分とても速く移動できます」


 先ほどルーディオの頭を鷲掴み、電撃を浴びせていた少女が補足してくれた。まだ距離を置かれているのか、髪の隙間から窺える眼差しは潤んでいて、怪訝そうだった。


 挙動不審で……頼りないようにも見えたが。


 彼女がルサールカの後方から電撃を放っていた人物のはずだ。


「あー……。名前なんだっけ。聞いた気もするんだが覚えて無くてな。あの電撃はどうやって出してるんだ?」


「ミルシャです……。ミルシャ・ロットキルレンです。電気は……もともとルミネンス電光に所属していたので…………。ングッ……!!」


 弱々しく名乗り、企業名を口にすると同時、緊張が限界を超えるように目を見開いて口元を覆った。


 何かを思い出して瞠目し、反射的に込み上げただろう嗚咽を必死に飲み込んで涙が滲んでいく。


「ミルシャ……。問題はない。オレ達は銀雲急便だ。ずっと一緒にいただろう。もう問題はない。少し横になってていい。少なくとも新入りの教育当番はまだだからな」


 過去に何かあったのだろうか。ルーディオは急いで雑誌を放るとミルシャに駆け寄った。宥め、仕込み刃の隠された義手で優しく小さな背を擦っていく。


 ミルシャはこくこくと頷いて、冷静さを取り戻すと、車両後部の寝台へと向かっていった。


「…………」


 ルーディオは小さな背を見つめていた。表情は分からない。無骨な頭部義体に表情はなかった。


 だが、軽口を言っていたときの態度は身を潜めてしまっていた。


 呆然と後ろ背を見届けていたディストへ、グイと腕が伸びる。


 ルーディオは肩を組んで文字通り距離を縮めた。


 全身義体から漏れる駆動音。金属の身体は先程まで炎天下に晒されていたせいで触れると焼けるように熱かった。


「お前がここに加入する経緯も普通じゃなかっただろう? オレ達全員似たもの同士さ。ルサールカはリーダーの暗殺失敗。レーニャは【銀炎】の一人娘。ミルシャは所属企業が八咫強襲事務所っていう武装組織にぶっ潰された」


 車が揺れた。エンジンが掛かったのだろう。


 まもなくして、窓の向こうで白砂が舞い上がった。


「……あんたはどうしてここにいるんだ?」


「はッ、そしてもう一個アドバイスだ。向こうが自分からひけらかさない限りは聞くのはノーケイだ。新入り」


「他人の過去をひけらかすのはいいのかよ」


 ディストが問いかけると同時、ルーディオの背後から腕が伸びた。レーニャだった。


 レーニャは無遠慮に頭部義体を鷲掴むと、握力だけでギシギシと、金属の頭部を軋ませていく。


「良いわけ無いだろう。反省しろ」


「痛い痛い!! 痛そうな音してる! どうせ掴むなら頭じゃなくて――ギギギ」


 ルーディオは投げ飛ばされた。が、無様に転がることはなく、銀の火を僅かに散らして、翼のように飛沫を広げると颯爽と宙で態勢を整えてみせる。


「……ふん」


 レーニャは何事もなかったかのようにディストを一瞥した。


 だがすぐに視線を背けると我関せずと寝台に座り込んで、激しい揺れと液化メルテルの甘い刺激臭のなか、『組織統率論』なんて大層な本を読み始める。


「……何かすることないのか?」


「ない。しいて言うなら休めるときに一時間でも寝たりできる奴が優秀です」


「……ベッドは空いてるやつならどれでもいいの?」


 適当なところに寝転がった。


 ぼふんと、寝台は固いが、毛布は柔らかくて甘い匂いがする。


「そこはルサールカのとこだ。聞くなら答えを聞いてから行動に移せ。痴れ者が」


「ッー!?」


 ディストは慌てて飛び起きた。顔を真っ赤にして、動揺を隠せないままうろうろと周囲を歩き回って、悩むように床に座り込む。そして、目を閉じた。


 ……視界は黒く染まるのに、嫌になるほど思考が巡っていく。どんな場所でもすぐに眠ることができるのがプロってなら……あまりにも程遠い。


『こっちは夕方までに仕事があるんだ。義手の再調整がしたい』


 粗暴な声を思い出す。彼の義手をきちんと点検していなければ、アメリアは死ななかったかもしれない。


『今日だって危なかった! いつ死んだってよくあることで終わっちゃうの、嫌だよ私!? ずっと、ずっとバイクであの暗闇のなか待ち続けるなんて』


 アメリアの真摯な声が鮮明に思い出される。


 じっと向かう潤んだ赤い眼差し。撫でる金の髪。なにもかもがつい昨日まであったはずのものだった。。


『……ディスト。私、やったよ。……ブツ、回収。――した。これでお前を、企業の一員に…………。けど、少しだけしくじった。……今日、美味しいもの』


 脳裏に刻まれた手を濡らした熱。鼻腔の奥に残る血の臭いが、ディストの相貌を酷く歪ませた。息が果てるように引き攣っていく。


「……嗚呼。クソ。情けないな」


 もう戻ることもないはずなのに、姉さんと一緒に過ごした部屋のことを思い出してしまう。……一人では広すぎる部屋だった。


 街を出てすぐにホームシックか?


 自嘲がこみ上げようとも、追憶は止まりそうになかった。


『ねぇ、ディスト。お願いがあるんだ?』


(……なに? 姉さん)


 アメリアはそわそわするように、はたまた、焦らすように言い淀んだ。それから屈託のない笑顔を向けて、歩み寄ってくる。


 気圧されるように後ずさると、すぐに背と壁が触れ合った。


『来週さ。仕事の予定外せる? 一緒にブラックマーケットに行こうよ。この都市のじゃなくて、ウルルク協会の太陽がない市場。観光もしたいな。……なんて。たまには息抜きも必要かなーってさ……』


(ウルルクって……だいぶ離れてないか? 一日はかかるぞ。記象鉄道ミレニアムでも使うのか?)


『ううん。だから一泊二日。……ダメ?』


(……まぁ、たまにはいいか。仕事道具も買えるし)


 そう言った途端、勢いよくアメリアはガッツポーズを取っていた。


 ぎゅっと握りしめた拳。勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべてくれていた。


『よしゃー! 絶対破んなよ? 私、いい服着てくからさ。感想知りたいし』


(姉さん……。ブラックマーケットだからね。行くの。あんまり高い服は――)


『アメリアって――――呼んでほしいなぁ?』


 …………少し、怖いから。だから――。


 ノイズが走った。


 記憶に何度も黒い欠落が生じて、嫌な臭いと振動が搔き乱す。


「――! ――!!」


 頭の外側で声が響いて痛む。強く目を閉じた。途端、激しく揺さぶられて、ディストはおぼろげに寝ようとすることをあきらめた。


 眼を開くと、すぐそこにレーニャの顔が覗き込んできていた。


 苛立ちと焦燥。滲んだ汗は暑さのせいじゃないだろう。


「何度呼んだらわかる! お前のベッドはそこだ。身体を壊すから床で寝るな」


 無理矢理立たされると、知らぬ間に流れた涙がぼたぼたと、溢れ落ちていく。気まずいように視線が重なった。


「…………寝れないなら無理に寝なくていい。……そういうときは誰にでもあるだろう」


 レーニャに罪悪感を抱かせてしまったらしい。嫌味たっぷりな敬語も、当てつけのような苛立ちもなく、ただ真っ直ぐに心配してくれているようだった。


「思い出すぐらいなら起きていたっていいだろう。フッ、お前はプロじゃない。寝れなくても誰も咎めない。どうせ、人はいつか一生眠ってしまうしな。それに新入りなら学ぶことぐらいいくらでもある。助手席にでも行ったらどうだ。……その方が、気楽だろう。やることがあるほうが」


 ――ひどく涙脆くなってしまったらしい。


 けどぶっきらぼうながらに投げかけられた優しさに甘えて、泣き続けるのはみっともなく思えたから、ディストは慌てて涙を拭った。


「…嗚呼、そーするよ。ありがとうな」


「……何にお礼を言っているんです。ワタシは床で寝るバカを叱責しただけです」


「ハっ……。そういうことならそのほうが助かる。貸し借りとか言われると困るからさ」


 何度か頷いて車体前方へ向かったが。揺れは加速と共に激しさを増していき、よろめき、みっともなく歩くのがやっとだった。


 小刻みに揺れる窓の外。白い砂塵と曇天の空が混ざり合って地平線すら定まらない。砂漠の広がりは果てがなかった。

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