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【三つ星シェフの異世界マンション経営】  作者: 月神世一


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EP 8

開店! ラーメン屋と三つ星ディナー

 その日、青田マンションの1階には、朝から香ばしくも野性味あふれる――それでいて暴力的なまでに食欲をそそる香りが充満していた。

 テナント1号室。

 かつては殺風景なコンクリートの空間だった場所が、劇的な変貌を遂げている。

 入口には赤い暖簾。そこには力強い筆致で『麺屋・極竜ごくりゅう』の文字。

 店内は白木のカウンター席のみという潔い造りだが、厨房にはドワーフ製の魔導圧力寸胴鍋が鎮座し、シュウシュウと白い蒸気を上げている。

「おいデューク、まだかよ。俺は客だぞ?」

 カウンターの一番端で、王冠を被ったジャージ男――タロウ国王が、割り箸を割って貧乏ゆすりをしている。

 厨房に立つのは、ねじり鉢巻をしたダンディな紳士、竜王デュークだ。

「黙って待て、タロウ。今、スープの乳化が臨界点に達する……よし、ここだ!」

 カッ!

 デュークが寸胴の蓋を開けた瞬間、黄金色の光の柱が立ち上った。

 ただの湯気ではない。高濃度の魔力と、魔獣骨から抽出された旨味の結晶だ。

「へい、お待ち! 『特製ドラゴン豚骨・全部乗せ』だ!」

 ドンッ! とカウンターに置かれたのは、もはや芸術品とも呼べる一杯だった。

 白濁したスープに浮かぶ、琥珀色の香味油。

 低温調理されたロックバイソンのチャーシュー。

 そして中央には、半熟の味付けトライバード卵が鎮座している。

「いっただっきまーす!」

 タロウが麺をすする。ズズズッ……。

「……っくぅぅ~! これこれ! この暴力的な旨味! 五臓六腑に染み渡るぜぇ!」

「フン、当たり前だ。我のブレスで骨の髄まで焼き尽くし、エキスを絞り出したのだからな」

 満足げに腕を組む竜王。

 だが、その強烈すぎる「匂い」は、招かれざる客をも呼び寄せていた。

 ◇

 マンションの外、広大な荒野。

 スープの放つ魔力臭に引かれ、数十匹のオークやワイルドボア(野生の魔猪)が、涎を垂らしてマンションへ殺到していた。

「グルルル……ウマソウナ……ニオイ……」

 魔物の群れがエントランスに迫る。

 だが、自動ドアが開くことはない。代わりに、ガレージと2階のベランダから、二つの影が飛び出した。

「ったく、せっかくの休みに騒がしいな。リリスの勉強の邪魔だろ」

「私の愛の巣に、汚い足で入らないでくださぁぁい!!」

 元勇者リュウと、月兎族キャルルである。

 リュウは咥えタバコ(メビウス)のまま、手にした巨大なパイプレンチを無造作に振るった。

 ガゴォッ!!

 先頭のオークの頭蓋が、空き缶のようにひしゃげる。

「配管のつまりは、早めに直さねえとな」

 一方、キャルルは上空からの急降下キックを見舞う。

 「月影流・流星脚メテオ・ストライク!!」

 ドガァァン!

 鉄芯入り安全靴の一撃が地面を割り、衝撃波だけで数匹のボアが吹き飛んだ。

 わずか3分後。

 マンション前には魔物の山が築かれ、その頂上で二人がハイタッチを交わしていた。

「いい動きだなお嬢ちゃん。腰が入ってる」

「えへへ、リュウさんもそのレンチ捌き、素敵です!」

 そこへ、厨房からデュークが顔を出した。

「ほう、新鮮なボアか。いい出汁が出そうだ。リュウ、キャルル、中へ運べ。賄い(ラーメン)を食わせてやる」

「「了解!」」

 こうして、『麺屋・極竜』は開店初日から「食材の現地調達」という持続可能なサイクルを確立したのだった。

 ◇

 そして、夜。

 今度は優也の出番だった。

 マンション最上階にある優也の居住スペースは、この夜、一夜限りのレストラン**『エトワール(星)』**へと変貌していた。

 マンションの全入居者を招いての、開店祝い兼歓迎会である。

 広々としたダイニングテーブルには、真っ白なクロスが敷かれ、キャンドルの灯りが揺れている。

 席に着いたのは、タロウ、デューク、リュウ一家、キャルル、ルナ、リーザ、そしてリベラ。

 まさにカオスな面々だが、全員の視線はキッチンに立つ優也に釘付けだった。

「お待たせしました。メインディッシュです」

 優也が運んできたのは、大皿に盛られた骨付き肉のローストだ。

 『子羊ラムの香草パン粉焼き ~赤ワインとフォンドヴォーのソース~』

 鮮やかなピンク色の断面を見せるラム肉。

 表面には、パセリやタイム、ニンニクを混ぜたパン粉が鮮やかな緑色の衣となって纏わりつき、香ばしい香りを放っている。

「うわぁ……綺麗……」

 リーザが宝石を見るような目で呟く。パンの耳しか知らない彼女にとって、これは未知の物体だ。

「へえ、フレンチか。本格的じゃん」

 タロウがナイフを手に取る。

 優也は静かに告げた。

「どうぞ、温かいうちに」

 全員が一斉にナイフを入れる。

 サクッ……。

 香草パン粉の軽やかな音の後、ナイフは吸い込まれるように柔らかな肉へと沈んでいく。

 口に運んだ瞬間――ダイニングに静寂が訪れた。

 サクサクとした衣の食感と香草の爽やかな香り。

 それを突き破ると、溢れ出す肉汁。

 ラム特有の乳臭さは微塵もなく、あるのは濃厚な旨味と、甘みのある脂身だけ。

 そして、優也が三日間煮込んで仕上げたソースが、全ての味を極上のハーモニーへとまとめ上げる。

「……ッ!!」

 カチャン、と誰かのフォークが皿に落ちた。

 最初に口を開いたのは、意外にもあの傲岸不遜な竜王デュークだった。

「……火入れが、完璧だ」

 デュークは震える声で呟いた。

「中心温度60度前後か。タンパク質が凝固するギリギリの柔らかさ……我のブレスでも、この繊細な火加減は真似できん。……悔しいが、美味い」

「うんめえええええ!! なんだこれ! 俺の知ってる羊じゃねえ!」

 タロウが叫び、赤ワインを煽る。

「優也くん、君、本当に天才だよ。ラーメンとはベクトルが違う、『ハレの日』の味だ!」

「優也様……とろけますわ……」

 リベラは恍惚の表情で頬を押さえている。

「このお料理、私の無罪判決リストに加えさせていただきますわ……」

「優也さん! 私、一生ついていきますぅぅ!」

 キャルルは泣きながら肉を頬張っている。

 優也は、キッチンの隅で珈琲キャンディを口に含み、その光景を眺めていた。

 (……悪くない)

 三つ星レストランで、評論家相手に料理を出していた時よりも、今のほうがずっと心が満たされている気がした。

 ここは俺のマンションだ。

 俺の料理を、俺の認めた客たちが食べて笑っている。

 料理人として、これ以上の贅沢はない。

「デザートには、特製のブランマンジェを用意してありますよ」

 優也が告げると、女性陣から歓声が上がった。

 宴は深夜まで続き、青田マンションの夜は更けていく。

 だが、優也はまだ知らない。

 この幸せなディナーの香りが、天空と魔界にまで届いてしまい、さらなる「超VIP」たちのお腹を鳴らせてしまったことを。

 「……ねえ、なんか下界からすごいいい匂いしない?」

 「ズルいわタロウ達だけ! 行くわよルチアナ、フレア!」

 最上階の窓の外。

 夜空にきらめく三つの星よりも眩しい「女神」と「魔王」と「不死鳥」が、涎を拭いながら降下を開始していた。

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