EP 33
優也のスパイス探求(ダンジョン遠征)
「カレーが食いたい」
リビングに集められた住人たちを前に、優也は静かに、しかし重々しく宣言した。
その目は、いつになく真剣だった。
ナルシストな自分の像を見せられた精神的ダメージ、リーザの税金騒動、タロウ王の無茶振り……。
蓄積したストレスを吹き飛ばすには、カプサイシンと複雑なスパイスの奔流が必要だった。
「カレー……! あの黄金のソースか!」
獣王レオがゴクリと喉を鳴らす。
「フン、我も嫌いではない。白米が進むからな」
竜王デュークも腕を組んで頷く。
「カレー! カレー!」
キャルルとリーザがスプーンを持って踊り出した。
全会一致だ。
だが、優也は首を振った。
「普通のカレーじゃない。市販のルウや、そこらのスパイスでは俺の欲求は満たせない。……俺が求めているのは、魂を震わせる『究極のスパイス』だ」
優也は、地下への扉を指差した。
「キュルリン。この地下ダンジョン『天魔窟』の深層には、希少な植物が生えていると言っていたな?」
現場猫妖精キュルリンが、ヘルメットを被って敬礼した。
「はいヨシ! 地下50階層の『灼熱エリア』に、S級食材【マグマ・ペッパー】と、【黄金ウコン(ゴールデン・ターメリック)】の自生を確認しています!」
「よし。……行くぞ。食材調達だ」
◇
地下50階層・灼熱エリア
そこは、文字通り地獄のような場所だった。
壁面を溶岩が流れ落ち、空気は呼吸するだけで肺が焼けるほど熱い。
快適なスーパー銭湯エリアとは隔絶された、真の魔境だ。
「あっつ……! サウナより熱いでありんす!」
耐熱スーツを着込んだポポロが悲鳴を上げる。
「湿度がない分、まだマシだがな」
優也は【熱耐性】のスキルを発動し、涼しい顔で歩を進めていた。
一行(優也、レオ、デューク、キャルル、ポポロ、キュルリン)は、溶岩の池に浮かぶ浮島を目指していた。
その中央に、燃えるような真紅の実をつけた木が見える。
【マグマ・ペッパー】だ。一粒でドラゴンの舌をも麻痺させるという激辛の実。
「あったぞ! あれだ!」
レオが指差した瞬間。
ズゴァァァァッ!!
溶岩の海が爆発し、巨大な影が飛び出した。
全長20メートルはある、炎を纏った大蛇。
深層の主、ヴォルカニック・ヴァイパー(討伐推奨レベル:国家戦力級)だ。
「シャァァァァァッ!!」
大蛇が咆哮し、灼熱のブレスを吐きかける。
「ちっ、食材の番人か。……レオ、デューク。やれるか?」
優也が問うと、二人の男はニヤリと笑った。
「愚問だな! 腹が減っている時の我は機嫌が悪い!」
デュークが上着を脱ぎ捨て、筋肉を膨張させる。
「あの蛇、焼いたら美味いか!? 白身魚みたいな味か!?」
レオが涎を垂らして飛び出した。
戦闘開始。
「オラァッ! カレーの邪魔をするなァァ!!」
レオの拳が、大蛇の顎をカチ上げる。
鋼鉄の鱗が砕け散る。
「我の前で炎を操るとは片腹痛い! 消し炭になれ!」
デュークが、大蛇のブレスを自身のブレスで押し返し、さらに倍の火力で焼き尽くす。
「とどめです! 音速・野菜スティック切りぃぃ!」
キャルルがいつの間にか懐に入り込み、安全靴の踵についた刃で、大蛇を輪切りにした。
ドスーン……!
国家戦力級の怪物が、わずか3分で「食材」へと変わった。
「……よし。蛇肉もゲットだな。淡白でカレーに合いそうだ」
優也は冷静にアイテムボックスへ収納した。
◇
邪魔者を排除した一行は、目的の【マグマ・ペッパー】へと近づいた。
優也が慎重に実を摘み取る。
手袋越しでも伝わる熱気。鼻を近づけると、ツンとくる刺激臭。
「……いい香りだ。これなら、最高の辛味が出せる」
さらに、近くの岩陰で、黄金色に輝く根菜を発見した。
【黄金ウコン】。
土を払うだけで、辺り一面に芳醇な香りが広がる。
「これもありんす! 【クミン・フラワー】と【コリアンダー草】でありんす!」
ポポロが薬草のような植物を抱えてくる。
「完璧だ……」
優也の脳内で、レシピが組み上がっていく。
マグマ・ペッパーの爆発的な辛さ。
黄金ウコンの深いコク。
そして数多のスパイスが織りなす香り。
それに合わせるのは、スタンピードで手に入れた大量の牛肉と、今しがた手に入れた蛇肉、そしてポポロの炊飯器で炊いた銀シャリ。
「帰るぞ。……今夜は『徹夜』で仕込みだ」
優也の宣言に、全員がゴクリと喉を鳴らした。
地上に戻った彼らを待っているのは、ただの食事ではない。
世界を震撼させる「魔性のカレー」の誕生であった。
ただ一人、地上で留守番をしていたリーザだけが、
「なんか地下から、すっごく辛そうな空気が上がってきてるんですけど!?」
と、換気ダクトの前でむせていたのだった。




