EP 32
動くイケメン像と破壊活動
その朝、青田マンションの中庭から、優也の怒号が響き渡った。
「ふざけるな!! なんで動いてるんだ、こいつは!!」
優也が指差す先には、ルナが制作した『全裸マッチョ優也像(ミスリル製)』が立っていた。
だが、それはただ立っているだけではなかった。
あろうことか、優雅なモデル歩き(キャットウォーク)で中庭を練り歩き、時折立ち止まっては、自身の二の腕にキスをしていたのだ。
「……美しい。太陽さえも、俺の輝きに嫉妬しているな」
像が喋った。
声帯まで再現されているのか、優也の声にそっくりな美声だ。ただし、口調は吐き気を催すほどキザだった。
その足元で、ポポロ博士が得意げにドライバーを回していた。
「おや、優也。感謝するでありんす。ルナが『魂が足りない』と嘆いていたので、わっちが最新鋭の『自律思考AI』を埋め込んでやったでありんす!」
「余計なことをするな! そしてなんで性格がナルシストなんだ!」
「お主の深層心理を解析した結果でありんす」
「俺はそんなこと考えてない!」
優也が抗議している間にも、ミスリル像――通称『メカ優也』は、暴走を続けていた。
◇
「フッ……俺の肉体美に酔いしれろ」
メカ優也は、洗濯物を干していたキャルルの元へ近づいた。
ズシン、ズシンという重厚な足音(総重量3トン)。
「やあ、子猫ちゃん。俺の胸板(ミスリル装甲)で眠りたいのかい?」
「ひゃあ!? ゆ、優也さん!? でも全裸!? 硬い!?」
キャルルは顔を真っ赤にしてパニックになり、洗濯カゴをひっくり返した。
次に、メカ優也はキッチンへ侵入した。
そこでは優也が朝食の目玉焼きを作ろうとしていたのだが、メカ優也が横から割り込んだ。
「退け、偽物。料理とは、愛だ」
「やめろ、フライパンを触るな!」
メカ優也がフライパンの柄を握った瞬間。
グニャリ。
ミスリルの馬鹿力で、鉄のフライパンが飴細工のように曲がった。
「ああ……俺の握力すら、この世界には強すぎるのか……罪な男だ」
「俺の愛用のフライパンがあああ!!」
優也の堪忍袋の緒が切れた。
自分の顔をした全裸の変態が、自分の声で愛を囁き、自分の道具を破壊する。
これはもはや、精神的テロだ。
「……もういい。これ以上、俺の尊厳を傷つけるな」
優也は無表情で、背後の男たちに合図を送った。
「レオ、デューク。……やれ」
「待ってましたァ!!」
「フン、目障りな道化だ。消してやる」
朝食待ちをしていた獣王と竜王が、ニヤリと笑って立ち上がった。
レオは拳をボキボキと鳴らし、デュークは口元に火の粉を散らせる。
「やめるのです! わたくしの最高傑作がぁぁぁ!」
ルナが悲鳴を上げて止めに入ろうとするが、時すでに遅し。
「オラァッ!! まずはその気色悪いポーズを崩してやる!」
ドガァァァン!!
レオの右ストレートが、メカ優也の顔面(優也そっくり)に直撃した。
キィィン!! と甲高い金属音が響く。
「ふ、ふふ……無駄だ。俺の肌はダイヤモンドより硬……ぐべぇっ!?」
さすがのミスリルも、獣王の怪力には耐えきれず、首が変な方向にねじ曲がった。
「仕上げだ。溶けて、ただのインゴットに戻るがいい」
ゴォォォォォッ!!
デュークが至近距離から極大ブレスを放射した。
「熱っ! 熱い! 俺の情熱より熱いぃぃぃ……! アデュー!!」
断末魔と共に、メカ優也はドロドロに溶解し、最後には輝く銀色の鉄塊へと戻った。
◇
静寂が戻ったキッチン。
そこには、高価なスクラップ(元・メカ優也)と、曲がったフライパンが残されていた。
「……はぁ。朝からどっと疲れた」
優也は頭を押さえた。
精神的な疲労が半端ではない。自分の顔を殴られるのを見るのも、あまり気分のいいものではなかった(レオたちは楽しそうだったが)。
「……ストレスが溜まったな」
優也は無意識に、口の中へ刺激を求めた。
甘い珈琲キャンディではない。
もっと、こう……脳天を突き抜けるような、強烈な刺激が欲しい。
鬱憤を晴らし、五感を覚醒させるような――。
「……スパイスだ」
優也の瞳に、料理人としての鋭い光が宿った。
「辛いものが食いたい。それも、中途半端な辛さじゃない。世界で一番、スパイシーで美味い『カレー』を作る」
その呟きを聞き逃さなかったキャルルが、ピクリと耳を動かした。
「カレー!? 優也さんの本気カレーですか!?」
「ああ。だが、普通のスパイスじゃ足りない。……ダンジョンだ」
優也は、地下への扉を見据えた。
このマンションの地下深くに広がる『天魔窟』。そこには、地上にはない未知の激辛植物が自生しているという噂があった。
「総員、準備しろ! これより『究極のスパイス探索ツアー』を開始する!」
優也の号令に、筋肉馬鹿たちと食いしん坊たちが歓声を上げた。
破壊の次は、創造(料理)。
青田マンションの食卓に、激辛の嵐が吹き荒れようとしていた。




