EP 31
悪魔の徴税人リベラ
リビングの空気は、一瞬にして凍りついた。
ポテトチップスの袋を抱えたまま固まるリーザ。
電卓を片手に微笑む弁護士リベラ。
そして、キッチンで無関心を装いながら珈琲を淹れる優也。
「あ、あの……臨時収入? なんのことですかぁ? 私、ずっと極貧アイドルやってますけどぉ……?」
リーザは引きつった笑顔でしらを切ろうとした。
だが、リベラは逃がさない。彼女はテーブルの上に、一枚の書類を提示した。
「ゴブリン質店の店主から連絡がありましたの。『最近、大量のミスリルを持ち込んだ少女がいるが、税務処理は大丈夫か』と。……彼、ウチの顧問先なんですのよ」
「うげっ!?」
リーザの顔色が土気色に変わった。
世間は狭い。そして、ゴルド法律事務所のネットワークは広すぎた。
「さて、リーザさん。貴女が得た金貨15枚。これは所得区分で言うと『雑所得』、あるいは『埋蔵物発見益』に該当しますわ」
リベラが眼鏡をクイッと持ち上げ、電卓を叩き始めた。
その指の動きは、ピアノの名手のように滑らかで、かつ処刑人の斧のように冷酷だった。
「まず、所得税。累進課税が適用されますが、今回は一時所得として……20%いただきます」
タターンッ!
「えっ!? に、2割!? 金貨3枚も!?」
「次に、住民税。貴女、このマンションに住んでいながら、今まで一度も住民税を払っていませんわね? 遡って徴収します。金貨2枚」
タターンッ!
「待って! それじゃあ5枚になっちゃう!」
「さらに、ここからが重要ですわ」
リベラは書類をめくった。そこには青田マンションの『管理規約(優也すら読んでいない)』のコピーがあった。
「本マンション敷地内で発見された埋蔵物、および資源の所有権は、原則としてオーナーに帰属します。ただし、発見者には5割の権利が認められる……つまり、貴女が勝手に持ち出して売却したミスリルの代金の半分は、本来オーナーである優也様へ納めるべきものですわ」
「は、半分!?」
リーザが優也を見る。
優也は「俺は別にいいけど……」と言いかけたが、リベラの鋭い視線に制された。
「ダメです優也様。これは法と秩序の問題です。甘やかせば、今後キャルルさんが地下から石油を掘り当てた時に権利関係で揉めますわよ」
「……だ、そうだ。諦めろリーザ」
優也が匙を投げると、リーザはその場に崩れ落ちた。
「そ、そんな……私の……私のミスリル御殿が……!」
「ですので、売却益の50%、金貨7.5枚を『無許可採掘税および敷地使用料』として徴収します」
タタタタ、ズバァァンッ!!
リベラがエンターキーを強打した。
最終計算が出た。
「合計、金貨12.5枚。……さらに、過去の滞納していた共益費と、私の税務代行手数料(コンサル料)を加算して……」
リベラは満面の笑みで、リーザに手を差し出した。
「手元の金貨、**『全額没収』**ですわ♡」
◇
「いやぁぁぁぁぁっ!! 持っていかないでぇぇぇ!!」
リーザの絶叫がマンションに響き渡った。
彼女は懐の革袋を抱いて床を転げ回ったが、リベラの法力(物理)と、背後に控えていたレオ(徴収補佐)によって、無慈悲にも引っ剥がされた。
「ああっ! 私の金貨! 私の海老フライ! 私の未来ぃぃぃ!」
革袋がリベラの手に渡る。
チャリ……という音が、リーザには断末魔のように聞こえた。
「ご協力感謝しますわ。これでマンションの修繕積立金も潤います。……あら、そういえば」
リベラは慈悲深い女神のような顔で、リーザのポケットからこぼれ落ちた小銭を拾い上げた。
「銅貨5枚(約500円)。……これだけは、貴女の『基礎控除分』として残しておいて差し上げますわ」
チャリン。
リーザの掌に、冷たい銅貨が5枚乗せられた。
それは、昨日の路上ライブの稼ぎよりも少なかった。
「……う、ううっ……」
◇
その夜。
リーザの部屋(102号室)からは、すすり泣く声が聞こえてきた。
テーブルの上には、朝に買った『高級イチゴジャム』と、夜に食べるはずだった『パンの耳』。
そして、銅貨5枚。
「……ジャムだけは……ジャムだけは残った……」
リーザはパンの耳に、涙で塩辛くなったジャムを塗った。
甘い。
けれど、しょっぱい。
「……税金って……怖いのね……」
彼女は学んだ。
お金を持つということは、それだけ社会的な責任を負うということだと。
そして、泡銭は身につかないということを。
翌日。
パンの耳をかじりながら出勤(路上ライブ)するリーザの背中は、以前よりも一回り小さく、しかしどこか悟りを開いたように逞しくなっていた。
ちなみに、没収された金貨の一部は、優也の判断で「リーザの栄養改善費」として積み立てられ、毎晩の賄いが少し豪華になったのだが――それを知ったリーザが「現金でくださいよぉ!」と叫ぶのは、もう少し先の話である。




