EP 30
貧乏アイドルの「極上の贅沢」
一夜にして小金持ち(資産:金貨15枚=約15万円)となったアイドル、リーザ。
彼女の朝は、かつてない「貴族的な儀式」から始まった。
朝のダイニングキッチン。
リーザは震える手で、瓶の蓋を開けた。
ポンッ、という軽快な音。
それは、『果肉ゴロゴロ・特選イチゴジャム(780円)』の封印が解かれた音だった。
「……あ、開けちゃいました」
彼女の目の前には、いつものパンの耳……ではなく、タロウマートで買ってきた『超熟・6枚切り食パン(本物)』が鎮座している。
白い。ふわふわだ。耳だけじゃない、中身がある。
リーザはスプーン山盛りにジャムを掬い、それを躊躇なくパンに塗りたくった。
端から端まで。塗り残しなし。
まさに、真紅の絨毯。
「い、いただきます……!」
ガブリ。
「んん~~~~っ!!!」
リーザが身悶えした。
口いっぱいに広がる、パンの柔らかさと、ジャムの濃厚な甘酸っぱさ。
「甘い……! 果肉が……イチゴの形が残ってる! これが……これが『成功者』の朝食なのね……!」
涙を流して感動するリーザを、キッチンでコーヒーを淹れていた優也が見守っていた。
(……スーパーで売ってる中級ランクのジャムなんだがな。あいつにとっては王室御用達レベルか)
◇
優雅な朝食を終えたリーザは、次なる贅沢へと向かった。
王都のドラッグストアである。
普段の彼女なら、試供品のコーナーで保湿を済ませるか、水で薄めた化粧水を使っている。
だが、今の彼女は「ミスリル成金」だ。
彼女は化粧品コーナーの棚の前で、仁王立ちした。
視線の先にあるのは、『極潤・ヒアルロン酸化粧水(980円)』。
「……ふふ。今の私には、手が届く」
彼女はボトルを手に取り、レジへと持っていった。
支払いは、銀貨1枚(千円)。
お釣りが来る。
「水じゃない……! この化粧水、トロトロしてるわ!」
店の外で早速蓋を開け、手に取ってみる。
その粘度に、リーザは戦慄した。
「すごい……! これ一滴で、いつもの化粧水1本分の潤いがあるんじゃないかしら!? 顔に塗るなんて恐れ多い……いや、塗るわ! だって私は金持ちなんだもの!」
バシャバシャと顔に叩き込む。
肌がモチモチになっていく。
リーザは自分の頬を触り、「ああっ、指が吸い付く!」と独りで恍惚の声を上げていた。
◇
そして、正午。
リーザの贅沢は最高潮を迎えた。
場所は激安スーパー『タロウマート』。
お弁当コーナー。
いつもなら、閉店間際の「半額シール」が貼られる時間を狙い、さらにそこから売れ残って「廃棄寸前」になったものをハイエナのように狙うのが常だ。
だが、今日のリーザは違った。
昼の12時。ピークタイム。
定価で並ぶ弁当の群れの中に、消費期限が迫って「20%引き」のシールが貼られたばかりの弁当があった。
『豪華・海老フライ&ハンバーグ弁当』
定価500円が、400円。
「……勝負ありね」
リーザは、まだ温かいその弁当をカゴに入れた。
半額を待たない。廃棄も待たない。
20%引きという、一般市民と同じ土俵で「鮮度の良い弁当」を勝ち取ったのだ。
「海老フライが……入ってるぅぅぅ!」
公園のベンチで蓋を開けた瞬間、リーザは嗚咽した。
真っ直ぐに伸びた海老フライ。
タルタルソースがかかっている。
さらに、プチトマトという「彩り(栄養価のない装飾)」まで入っている。
「しっぽまで食べるわ……! ソースの一滴も残さない……!」
サクッ。プリッ。
口の中で海老が踊る。
幸せ。圧倒的幸福。
「……あはは。お金ってすごい。お金があれば、こんなに幸せになれるのね……」
リーザは空を見上げ、空になった弁当箱を抱きしめた。
金貨15枚あった資産は、今日の豪遊(ジャム、化粧水、弁当、他にお菓子など)で、銀貨数枚分減っただけだ。
まだまだ遊べる。まだまだ食べられる。
この時のリーザは、知る由もなかった。
「稼いだ金」には、必ず「支払うべき義務」が付いて回るということを。
そして、その義務を執行する「悪魔」が、電卓を叩いて待ち構えていることを。
◇
マンションへ帰宅したリーザ。
肌はツヤツヤ、お腹はパンパン。
「ただいま戻りました~♪ 優也さん、お土産に『ポテトチップス(のり塩)』を買ってきましたわ!」
上機嫌でリビングに入った彼女を待っていたのは、ソファに座る優也……だけではなかった。
その対面の席に、黒いスーツを着こなし、分厚いファイルを膝に乗せた美女――リベラ・ゴルドが座っていた。
眼鏡の奥の瞳が、キラーンと光る。
「おかえりなさい、リーザさん。……随分と羽振りがよろしいようですわね?」
「へ……あ、リベラさん?」
リベラの指先が、テーブルの上の電卓を弾いた。
タ・タ・タ・ターンッ!
「貴女、最近『臨時収入』がありましたわね? それも、申告していない大きな額が」
リーザの背筋に、冷たい汗が伝った。
幸せの絶頂から、奈落へのカウントダウンが始まった瞬間だった。




