EP 29
市場崩壊とリーザのハイエナ・アイ
中庭に聳え立つ、ルナ作の『ミスリル製・全裸優也像(マッチョver)』。
その足元には、削り取られたミスリルの粉や破片が、まるで銀色の砂丘のように広がっていた。
「あーあ、掃除が大変だなこりゃ」
優也が頭を掻いていると、背後からシュバッ! と風を切る音がした。
リーザだった。
彼女は両手に業務用チリトリとホウキを構え、瞳を¥マーク(異世界通貨記号G)に輝かせていた。
「オーナー! お任せください! この『ゴミ』の処分、私が責任を持って行います!」
「え? ああ、助かるけど……重いぞ?」
「平気です! マンションの美化はアイドルの務めですから! うふふ、うふふふふ……」
リーザは不気味な笑みを漏らしながら、猛然と掃き掃除を開始した。
シャッ! シャッ! ザザッ!
その動きは、かつてないほど俊敏で、一粒の粉すら逃さないという執念に満ちていた。
(ゴミじゃない……! これはゴミじゃないわ! ルナさんにとってはカスでも、私にとっては『砂金』の山よぉぉぉ!)
リーザは震える手で、回収したミスリル粉を「燃えるゴミ」の袋ではなく、頑丈な麻袋(二重構造)へと詰め込んでいった。
◇
一時間後。
王都の裏通りにある、『ゴブリン質店・買取センター』。
ここは、冒険者がダンジョンで拾った怪しい素材を換金する場所だ。
リーザは目深にフードを被り、重い麻袋を引きずってカウンターに現れた。
「……いらっしゃい。買取かい?」
店主のゴブリンが、眼鏡の奥から鋭い目を向ける。
「はい……これを」
リーザが袋をドスンと置いた。
ゴブリンが袋を開け、中身を確認する。
「……!?」
ゴブリンの目が飛び出した。
彼は慌てて鑑定用のルーペを取り出し、銀色の粉を覗き込んだ。
「こ、これは……ミスリル!? しかも純度100%の『ピュア・ミスリル』じゃないか! どこでこんな上物を!?」
「そ、掃除……いえ、ちょっと拾いまして」
リーザは揉み手をしながら、カウンターに身を乗り出した。
「店主さん。これ、いくらになりますか?(グヘヘ)」
「ま、待ってくれ。量が多すぎる! これだけの量が一度に市場に出たら、相場が崩壊するぞ!」
ミスリルは希少だからこそ価値がある。
こんなキロ単位の純粋ミスリルが流通すれば、武器屋の相場は大混乱だ。
「買い取れないんですか……? じゃあ、隣の店に……」
「待て待て待てェ!!」
ゴブリン店主がカウンターを飛び越えてリーザを止めた。
商売人として、この極上品を他店に渡すわけにはいかない。たとえ在庫過多になろうとも、独占すれば後で巨万の富になる。
「買おう! 全部だ! ただし、市場価格の7掛け……いや、特別に8掛けでどうだ!」
「……それで、金貨何枚になります?」
店主が電卓を叩き、震える指で提示した。
「金貨……15枚(約15万円相当)だ」
15枚。
それは、パンの耳生活を送るリーザにとっては、天文学的な数字だった。
「せ、成立ですぅぅぅ!!」
◇
取引成立から数分後。
質店から出てきたリーザは、懐に入った重みのある革袋を抱きしめ、路地裏で膝をついた。
「ゆ、夢じゃない……」
チャリ……と硬貨の音がする。
金貨15枚。
鯖缶なら1500個買える。卵なら……計算できないほど買える!
「勝った……! 私はついに、資本主義に勝ったのよぉぉぉ!」
リーザは高らかに勝利の雄叫びを上げた。
通りがかりの野良猫がビクッとして逃げていく。
その頃、質店ではゴブリン店主が「ミスリル大放出セール!」の看板を書き始め、王都の鍛冶ギルドに激震が走ることになるのだが、今のリーザには関係のない話だ。
彼女の頭の中は、今夜のディナーのことでいっぱいだった。
「ふふ……ふふふ……今日は『半額シール』を待たなくていいのね……」
リーザは立ち上がり、王都で一番高い高級スーパー(といっても庶民向け)へと向かって走り出した。
その背中からは、隠しきれない成金のオーラと、染み付いた貧乏性が混ざり合った、複雑な哀愁が漂っていた。
「待っててね、私の贅沢ライフ!!」
これが、後に語り継がれる「リーザ・バブル」の幕開けであった。




