EP 25
屋上ビアガーデンと新たなる火種
スタンピード(お肉の宅配便)の騒動から数時間後。
青田マンションの屋上は、かつてない熱気に包まれていた。
ポポロが設置した照明と、ルナの光魔法が夜空を彩り、巨大な鉄板からは絶え間なく白い湯気と香ばしい匂いが立ち上っている。
『青田マンション特設・星空ビアガーデン』の開店だ。
「さて……ステーキが焼けたぞ。部位はシャトーブリアンだ」
優也が鉄板から肉を切り分け、皿に盛り付ける。
表面はカリッとクリスピー、中はロゼ色の完璧な焼き加減。仕上げに、ワサビ醤油とガーリックチップを添えて。
その皿がテーブルに置かれるや否や、3つの影が伸びた。
「あぁん♡ 酒に合うわぁ~!」
女神ルチアナが、肉を一切れ口に放り込み、ジョッキを煽る。
「んぐ、んぐ、ぷはぁ! 下界のビール、最高じゃない!」
「優也、生おかわり。泡の比率は3対7で頼むわ」
魔王ラスティアは、頬を桜色に染めながら、空のジョッキを突き出す。その威厳はどこへやら、完全に「絡み酒」モードだ。
「ボトル空けてぇ♡ もう一本! ねえもう一本開けていい!?」
不死鳥フレアに至っては、すでにワインの空き瓶をボウリングのピンのように並べていた。
世界の管理、魔界の統治、再生の激務。
日頃のストレスから解放された「最強の独身女性陣(と優也は認識している)」の飲みっぷりは、スタンピード以上に恐ろしい。
「……たく、注文の多いおばさん達だ」
優也がボソリと呟いた瞬間。
三人の動きがピタリと止まった。
「「「あぁん?」」」
神気、魔気、精霊気が同時に膨れ上がる。
優也に向けられた視線は、絶対零度。
優也は表情一つ変えず、瞬時に指を差した。
「……と、タロウ王が言っていた」
その指の先には、ちょうど焼き鳥を頬張っていたジャージ姿の王様がいた。
「ぶふっ!?」
タロウが吹き出し、目を見開いて叫んだ。
「ちーがーうーだろーーッ!! このハゲーッ!!」
タロウの絶叫(某議員リスペクト)が夜空に木霊する。
「俺は言ってない! 俺は『お姉様方』って呼んだ! 濡れ衣だー!」
だが、酔っ払った女神たちの耳には届かない。
「へぇ……タロウ、後で『教育』が必要ね」
「国への加護、来年は無しにしようかしら」
「ひぃぃぃ! 優也ぁぁ! お前あとで覚えとけよぉぉ!」
タロウの悲鳴をBGMに、優也は涼しい顔で次の肉を焼き始めた。
◇
一方、テーブル席では女性陣が肉に舌鼓を打っていた。
「……んっ! 美味しい!」
リーザが瞳を輝かせてステーキを頬張っている。
その勢いは凄まじい。次から次へと口へ吸い込まれていく。
「リーザさん、慌てなくてもお肉は逃げなくってよ? アイドルならもっと優雅に……」
リベラがナイフとフォークを使いながら窘めるが、彼女自身の皿もすでに3枚目だ。
「でもでも! 美味しくって、美味しくって! パンの耳じゃないお肉なんて、夢みたいなんです!」
リーザの目には涙が浮かんでいる。貧乏生活の反動は大きい。
それを見ていたルナが、おっとりと杖を振った。
「あら? そんなに美味しいなら、おかわりが必要かしら? では、わたくしの魔法で肉を巨大化してさしあげますわ」
「やめろ」
優也がコテを持ったまま即座に制止した。
「大怪獣バトルになりかねない。さっきのスタンピードで十分だ」
「あら、残念ですわ」
◇
宴もたけなわ。
優也が少し休憩しようと手すりに寄りかかっていると、背後から甘い声がかかった。
「優也さーん♡」
キャルルだ。
彼女は頬を赤らめ、潤んだ瞳で優也を見上げている。
頭上の月は、見事な満月。
ウサギ族の本能が高まる夜だ。
「優也さん……今日は満月です。私の体、力が溢れて止まらないんです……」
キャルルは優也の腕にピタリと密着した。
「私が……優也さんを『治して』あげます♡ 日頃の疲れ、取ってあげたいなって……」
(これは……誘惑? ついに私の想いを伝えるチャンス!)
キャルルはドキドキしながら反応を待った。
優也は、首をコキコキと鳴らした。
「……あぁ、ちょうど肩が凝っていたんだ。後で頼む」
「……はい♡(えっ?)」
「さっきの戦闘でベヒーモスを解体した時、筋を違えたらしくてな。君の『剛力』なら、深層のコリまでほぐせそうだ」
「え、あ、あの……マッサージじゃなくて……」
「頼むぞ、音速の施術師」
「……は、はいぃ……」
結局、キャルルは宴の後、優也の部屋で「月面宙返り指圧」や「音速肩たたき」を披露させられ、優也を物理的に昇天(快眠)させることになるのだった。
◇
騒がしくも幸せな夜が更けていく。
獣王レオと竜王デュークは腕相撲でテーブルをへし折り、リュウとポポロは魔導サーバーの構造について熱く語り合っている。
優也は夜風に当たりながら、このカオスな光景を眺めた。
転生して、マンションを建てて。
気づけば、ここは世界で一番騒がしい「隠れ家」になっていた。
「……まあ、悪くない」
優也が最後の珈琲キャンディを口にした、その時。
ふと、視界の隅――遥か遠くの暗闇で、何かが光った気がした。
それは監視者の視線か、あるいは新たなトラブルの予兆か。
だが、優也は気にせず背を向けた。
どんなトラブルが来ようと、この最強の住人たちと、美味しいご飯があれば、どうにかなるだろう。
「さあ、明日の朝食は『ベヒーモス・カツサンド』だ。仕込みをするか」
三つ星シェフのマンション経営は、まだまだ続く。
伝説は、加速していく――。




