EP 24
大暴走は「ウーバーイーツ」
その日の正午。
青田マンションの地下深くにあるポポロの研究室から、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
『警報! 警報! 超弩級の生体反応、多数接近中!』
ポポロが血相を変えて、1階のリビングへ駆け上がってきた。
その手には、震えるタブレット端末が握られている。
「大変でありんす! 優也! 国家転覆レベルの危機でありんす!」
「どうした、ポポロ。新型の冷蔵庫でも爆発したか?」
優也はキッチンで、空っぽの冷蔵庫を覗き込みながら、気のない返事をした。
ちょうど、ハンバーグ用の挽き肉も、ステーキ用のサーロインも切らしてしまい、今日のランチの献立に悩んでいたところだ。
「冷蔵庫どころじゃないでありんす! 『大暴走』でありんすよ! 西の荒野から、S級魔獣ベヒーモスやマッドバイソンの群れが、数千頭規模でこっちに向かってるでありんす!」
スタンピード。
魔物が群れを成し、津波のように押し寄せて都市を壊滅させる災害。
ポポロは涙目でモニターを見せた。画面が真っ赤に染まっている。
「このままじゃマンションが飲み込まれるでありんす! 魔王の結界があるとはいえ、数千頭の突進を受け続けたら、物理的に基礎が沈むかもしれないでありんす!」
だが。
その報告を聞いた優也の目が、怪しく光った。
「……ベヒーモスに、バイソン?」
「そうでありんす! 筋肉の塊みたいな牛系モンスターの群れでありんす!」
優也はポンと手を叩いた。
その顔から、危機感など微塵も感じられない。あるのは「商機」を見つけた料理人の顔だ。
「……なんだ。ただの『宅配便』か」
「は?」
「ちょうど在庫が切れていたんだ。向こうから来てくれるとは、いい時代になったな」
優也はポケットから通信端末を取り出し、マンション全館へ放送を入れた。
『業務連絡。ランチタイムのスペシャルイベント発生。エントランス前にて、食べ放題を開催します。なお、食材は現地調達となりますので、筋肉に自信のある方はご協力ください』
◇
放送から1分後。
エントランス前には、涎を垂らした猛者たちが集結していた。
「ガハハハ! 肉か! 肉が来るのかユウヤ!」
獣王レオが、ナイフとフォークを両手に持ち、準備運動をしている。
「フン、豚骨スープの次は牛骨スープか。悪くない」
竜王デュークが、巨大な寸胴鍋を軽々と担いで現れた。
「運動不足解消には丁度いいな。ポポロ、解体用のアームを持ってこい」
元勇者リュウが、電動ノコギリのような武器(工具)を構える。
「私も行きます! 音速の肉叩きを見せてあげますよ!」
キャルルもやる気満々だ。
彼らの視線の先、地平線の彼方から、土煙を上げて迫りくる黒い軍団が見えた。
地響きが鳴り止まない。普通なら絶望する光景だ。
だが、今の彼らにとってそれは、ただの「走るステーキ」にしか見えていなかった。
そして、優也はエントランスの正面に、巨大な**『業務用鉄板焼き機(魔導火力式)』**を設置した。
「さあ、開店だ。……鮮度のいいうちに頼むぞ!」
優也の号令と共に、怪物たちの宴が始まった。
◇
ドガァァァン!!
先頭を走っていた巨大なベヒーモスが、レオのラリアット一発で宙を舞った。
「一丁あがりぃ!」
レオは空中でベヒーモスの首をへし折ると、そのまま優也の元へ放り投げた。
ドスン! と鉄板の横に獲物が落ちる。
「よし。リュウさん、解体!」
「おうよ! 『神速解体』!」
リュウとポポロのアームが目にも止まらぬ速さで動き、皮を剥ぎ、骨を外し、極上のロース肉を切り出す。
その肉塊を、優也が受け取り、熱した鉄板へ放り込む。
ジュワァァァァァァッ!!!
凄まじい音と共に、脂の焼ける香ばしい煙が立ち上る。
優也はコテを巧みに操り、表面をカリッと焼き上げ、中はミディアムレアに仕上げる。
仕上げに、ニンニク醤油を回しかける。
ジューーーッ!!
(暴力的な香り!)
「へいお待ち! 『ベヒーモス・サイコロステーキ』だ!」
優也が皿に盛って差し出すと、前線から戻ってきたレオがそれをひったくり、口に放り込む。
「熱っ! ……うんめぇぇぇぇ!!」
レオは咀嚼しながら、再び戦場へ駆け出した。
「力が湧く! 次だ! 次の肉を持ってくるぞ!」
ここからは、もはや戦争ではなかった。
「わんこそば」ならぬ「わんこステーキ」状態だ。
「我はカルビ派だ! 脂の多い部位を持って来たぞ!」
デュークがマッドバイソンを小脇に抱えて戻ってくる。
「あいよ! カルビ焼き、タレ多めで!」
「優也さん! こっちの赤身もどうですか!?」
キャルルが蹴り飛ばした肉を持ってくる。
「いい色だ! タタキにしよう!」
「あ、あの……私は何をすれば……」
リーザがおずおずと尋ねる。
「リーザはライスだ! 『オカマmk-II』から銀シャリを配給しろ!」
「はいっ! アイドルの給仕、見せつけます!」
次々と押し寄せる魔物の群れ(食材)。
次々と焼かれる肉。
次々と空になる皿。
数千頭いたはずのスタンピードは、マンションに到達することなく、その手前で次々と「料理」へと変換され、住人たちの胃袋へと消えていった。
◇
2時間後。
荒野には、満腹で動けなくなったレオやデュークたちが転がっていた。
鉄板の前には、最後の一枚を焼き終えた優也が、額の汗を拭っている。
「ふぅ……完売御礼だな」
スタンピードは消滅した。
マンションの巨大冷蔵庫(倉庫)には、向こう半年分の上質な肉と骨、そして素材(革や角)が備蓄された。
「……信じられないでありんす」
ポポロが呆然と呟いた。
彼女のタブレットには、災害レベルの反応が全て消失し、代わりに「摂取カロリー過多」の警告が出ている。
「災害を……食い尽くしたでありんすか……」
「言っただろ? ただの宅配便だって」
優也は珈琲キャンディを口に放り込み、満足げに笑った。
だが、これだけの肉が手に入ったのだ。
ただ冷凍保存するだけでは芸がない。
「……よし。今夜は屋上で『祝勝会』といこうか。これだけの肉と、地下で冷やしたビールがあるんだ」
その言葉に、倒れていた男たちがゾンビのように復活した。
「ビアガーデンか!?」
「ビール……! サウナの後のビール、そして肉!」
「やるしかないな!」
青田マンションの宴は、まだ終わらない。
次回、屋上ビアガーデンにて、さらなる混沌が幕を開ける。




