EP 23
勘違い「俺TUEEE」竜人たちの襲来
世界には、若さゆえの過ちというものがある。
特に、生まれつき強大な力を持つ種族の若者にとって、それは「自信過剰」という形で現れることが多い。
竜人族の集落から飛び出した若きリーダー、ドランは、仲間たちを引き連れて荒野を闊歩していた。
「いいかお前ら! 俺たち竜人族こそが最強だ! それを証明するために、あの『謎の要塞』を攻略するぞ!」
「おおー! ドラン兄貴についていくぜ!」
彼らの視線の先には、魔王の結界を纏い、威圧的に聳え立つグレーの巨塔――青田マンションがあった。
巷では「魔王と神が同居する魔境」などと噂されているが、ドランたちにとっては格好の腕試しの場だ。
「結界なんぞ、俺の『竜爪拳』で引き裂いてやるぜ!」
ドランたちは意気揚々とマンションの敷地へ侵入した。
魔王の『絶対不可侵領域』が彼らを拒絶するプレッシャーを放つが、彼らは若さと根性(と鈍感さ)でそれを突破した。
「見たか! 楽勝だぜ! まずは正面玄関からカチ込みだ!」
◇
第一の関門:エントランスホール
自動ドアをこじ開け、ドランたちはホールに雪崩れ込んだ。
「オラァ! ここの主を出せ! 俺様たちが乗っ取りに来たぞ!」
ドランが吠える。
しかし、そこにいたのは屈強な戦士でも、恐ろしい魔物でもなかった。
フリルのついたエプロンを着て、鼻歌交じりにモップがけをしている人魚族――リーザだった。
「♪愛も欲も~ 一つの物~(ゴシゴシ)」
リーザは新曲『ラブ&マネー』を口ずさみながら、ピカピカの大理石(に見える床)を磨き上げていた。
そこへ、土足の竜人たちが踏み込んだのだ。
ペタッ。
ドランの泥だらけのブーツが、磨きたての床に黒い足跡をつけた。
リーザの歌が止まった。
「……あ」
リーザがゆっくりと顔を上げた。
その瞳から、アイドルの輝きが消え、修羅の光が宿る。
「……私の、ステージ(床)が」
彼女は、タロウ王直伝のスパルタ掃除と、優也からの「換気扇掃除刑」を経て、清掃に対して異常な執着を持つようになっていたのだ。
「あ? なんだその貧相な女は。俺たちは最強の……」
「土足で上がるなぁぁぁぁっ!!」
ブォン!!
リーザがモップを横薙ぎに振るった。
それはただの清掃用具ではない。日々の重労働で鍛えられた腰の回転と、ポポロ博士が改造した「高回転電動モップ」の威力が乗った一撃だ。
バチィィィン!!
「ぶべらっ!?」
ドランの顔面に、濡れたモップの繊維がクリーンヒットした。
竜の鱗を持つ彼の皮膚が、悲鳴を上げるほどの衝撃。
さらに、洗剤でツルツルになった床に足を取られ、ドランたちは次々と転倒した。
「ずべっ!」「あだっ!」
「ここを何処だと思ってるんですか! ここは神聖なるマンションのエントランスですよ! 汚れは消毒です!」
リーザは鬼の形相でモップを振り回し、竜人たちを次々と殴打(清掃)していった。
◇
第二の関門:中庭
「く、くそっ! あの掃除女、ただ者じゃない!」
「逃げろ! 一旦中庭に退避だ!」
這う這うの体でエントランスを脱出したドランたちは、中庭の芝生エリアへ逃げ込んだ。
ここなら広くて戦いやすいはずだ。
「ハァハァ……見てろ、本気を出せばあんな女……」
ドランが息を整えようとした時、遠くから「何か」が近づいてくる音がした。
ダダダダダダダダダッ!!!
地響きと共に、砂煙が迫ってくる。
それは、両足に重り(各100kg)をつけ、空気抵抗となるパラシュートを背負ってダッシュしているウサギ耳の少女――キャルルだった。
「ラスト一本! 目指せ音速! 優也さんの『地獄のインターバル』コンプリートだぁぁ!」
キャルルは前しか見ていなかった。
彼女の進行方向には、運悪くドランたちがいた。
「な、なんだあのウサギは!? 来るぞ! 迎撃しろ!」
「おう! 俺たちのブレスで……」
竜人たちが口を開こうとした瞬間。
キャルルは彼らを「障害物」だと認識した。
「邪魔ですっ!!」
シュンッ!!!
キャルルは減速することなく、ジグザグ走行で彼らの間をすり抜けた。
その速度は、すでに亜音速。
発生した衝撃波が、竜人たちを襲う。
ドォォォォォン!!
「ぎゃあああああ!!」
「目が回るぅぅぅ!!」
ドランたちはキリモミ回転しながら吹き飛ばされた。
キャルルはそのまま走り去り、「タイム更新!」とガッツポーズをして消えていった。
◇
最終関門:麺屋・極竜
「……ば、化け物揃いだ……ここの住人は……」
ボロボロになったドランは、最後の望みをかけて、1階の店舗へと逃げ込んだ。
いい匂いがする。ここなら人質を取って立て籠もれるかもしれない。
「動くな! 俺たちは……」
ドランが店内に踏み込むと、そこには異様な殺気が充満していた。
カウンターの中には、ねじり鉢巻をした、渋い男が立っている。
男は小さなスプーンでスープをすくい、真剣な眼差しで味見をしていた。
「……コンマ数ミリ、塩が足りんか」
その男――竜王デュークは、ドランたちの侵入に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
「……あ?」
ただの一睨み。
それだけで、店内の空気が凍りついた。
ドランは本能で理解した。目の前の男は、自分たち「竜人」の遥か頂点に立つ、始祖に近い存在だと。
「り、りゅ……竜王……様……?」
「……チッ。スープの調整中に、うるさい蝿が入ってきたな」
デュークは面倒くさそうに溜息をつき、お玉を置いた。
「小僧ども。貴様ら、挨拶もなしに厨房へ入るとはどういう教育を受けている? 衛生管理もなっていない」
「ひ、ひぃぃ! ごめんなさい! 俺たちが悪かったです!」
ドランたちはその場に土下座した。
生物としての格が違いすぎる。勝てるわけがない。
そこへ、騒ぎを聞きつけた優也がやってきた。
後ろには、電卓を持ったリベラと、ニヤニヤしたリュウがいる。
「デュークさん、どうしました? ……ああ、こいつらか」
優也は怯えるドランたちを見て、状況を察した。
「やれやれ。……リベラ、損害は?」
「エントランスの清掃やり直し代、中庭の芝生修繕費、そしてリーザさんの精神的苦痛(掃除を邪魔された怒り)への慰謝料……締めて、金貨50枚になりますわ」
「こ、こんな大金、持ってねえよ!」
ドランが泣き叫ぶと、リュウがポンと彼の肩に手を置いた。
「金がないなら体で払う。世の中の常識だよな?」
「へ?」
「ちょうど、地下サウナの拡張工事で人手が足りなくてな。お前ら、いい筋肉してるじゃねえか。……ドワーフ式の労働、体験させてやるよ」
リュウの笑顔が、悪魔に見えた。
◇
こうして、「俺TUEEE」を夢見た竜人の若者たちは、青田マンションという魔境の洗礼を受け、地下労働施設(建設現場)へと送られた。
「ご安全に! 休憩なしで掘るヨシ!」
「ひぃぃぃ! この妖精(現場監督)、鬼だぁぁ!」
地下から響く悲鳴を聞きながら、優也は静かに珈琲を啜った。
「……労働力が増えて良かったな」
マンションの要塞化は、予期せぬ新入社員たちの加入によって、さらに加速していくのだった。




