EP 20
地下ダンジョンはスーパー銭湯の夢を見るか
地下迷宮『天魔窟』、地下1階。
そこには、地獄のようなトラップではなく、天国への扉があった。
『天然温泉・神隠しの湯』
ヒノキの香りが漂う脱衣所で、タロウ、デューク、リュウ、そして優也の四人の男たちは、ベンチに並んで座り、虚空を見つめていた。
全員、腰にタオル一枚。肌は茹で上がったように赤く、体からは湯気が立ち上っている。
その表情は、仏のように穏やかで、IQが極限まで低下しているように見えた。
「……整ったなぁ」
タロウがポツリと呟き、腰に手を当てて『フルーツ牛乳』を一気飲みした。
「ああ……整った」
リュウも『コーヒー牛乳』を飲み干す。
「フン……悪くない余韻だ」
デュークは牛乳ではなく、冷えたエールを煽った。
サウナ(90度)→水風呂(16度)→外気浴(地下なのに謎の爽やかな風)。
この黄金のサイクルを3セット決めた彼らは、今まさに「整い(サウナ・トランス)」の境地に達していた。
優也もまた、心地よい浮遊感に包まれていた。
(……すごいな。ポポロの空調制御とキュルリンの空間設計、完璧だ。地上のどのサウナよりも深いリラックス効果がある)
だが、その男たちの安息は、無慈悲な宣告によって破られた。
バンッ!!
脱衣所の暖簾が乱暴に開かれた。
そこに立っていたのは、殺気――いや、美への執念を燃やす女性陣の連合軍だった。
「はい、男子の部、終了ー! 撤収撤収ー!」
先頭に立つのは、女神ルチアナだ。手にはお風呂セットを持っている。
その後ろに、魔王ラスティア、不死鳥フレア、キャルル、ルナ、リーザ、セーラ、リベラ、リリス……。
マンションの全女性住人が集結していた。
「ちょっと優也くん! 自分たちだけ『お肌ツルツル』になってズルいじゃない! 私なんて乾燥しすぎて羽毛がパサパサなのよ!」
フレアが悲痛な叫びを上げる。
「そうですわ優也様。レディファーストをお忘れです?」
ラスティアが黒いオーラ(早く代われ圧力)を放つ。
「わ、わかった。今出る」
男たちは慌てて撤収した。
神と魔王と女性の群れには、竜王や勇者であっても勝てないのだ。
◇
数分後。
『神隠しの湯』は、女たちの花園と化していた。
「はぁぁぁ……生き返るぅ……♡」
広い岩風呂に浸かったルチアナが、だらしなく溶けている。
その隣で、フレアがお湯を肌にパシャパシャとかけていた。
「すごい……! マグマ源泉のミネラル成分! 私の干からびた肌に潤いが戻ってくるわ! これならあと500年は生きられる!」
ラスティアは、優雅に露天風呂(地下空洞の吹き抜けを利用したエリア)の縁にもたれていた。
「……いい湯ね。魔界の血の池温泉より温度管理がしっかりしているわ」
キャルルとルリスは、浅瀬ではしゃいでいる。
「リリスちゃん見て見て! お耳が浮き輪代わりになるんですよ!」
「わあ! キャルルお姉ちゃんすごい! わたしも潜るー!」
そんな中、ポポロ博士が不敵な笑みを浮かべてサウナ室を指差した。
「ふふふ……お楽しみはこれからでありんす。皆様、サウナ室へどうぞでありんす」
女性陣がゾロゾロとサウナ室へ入る。
中は広々としており、中央には灼熱のサウナストーンが積まれたストーブが鎮座している。
「あら、ただ熱いだけじゃありませんの?」
ルナが首を傾げた時、ストーブの上の機械が作動した。
ブシュシュシュシュ……!!
ノズルからアロマ水(優也が調合したラベンダー&ミント)がストーンに噴射される。
瞬時に蒸気が発生し、室内の体感温度が跳ね上がる。
さらに、天井のファンが回転し、熱波を部屋全体に循環させた。
【ポポロ式・オート・ロウリュシステム(熱波旋風)】
「ひゃぁっ!? 熱い!? でも……気持ちいい!?」
リーザが声を上げる。
「毛穴という毛穴が開いていくようですわ……! 老廃物が! 私のストレスと共に流れていきますわ!」
リベラが恍惚の表情を浮かべる。
汗をかいた後は、キンキンに冷えた水風呂へ。
そして休憩スペースのリクライニングチェアへ。
世界最強クラスの美女たちが、一斉に「あー……」と白目を剥いて整う光景。
それはまさに、地上の楽園だった。
◇
一方、男たちは。
優也は番台(管理室)に座り、タロウたちはラウンジでマッサージチェアに揉まれていた。
「ふぅ……女湯の方は静かになったな(全員気絶するように整っているため)」
優也が牛乳の在庫を確認していると、入口の自動ドアが開いた。
チャイムが鳴る。
『ピンポーン~』
「いらっしゃいませ。入浴ですか?」
優也が顔を上げると、そこに立っていたのは、人間ではなかった。
身長3メートル。牛の頭に、巨大な斧を持った魔物。
ダンジョンの中層に生息するミノタウロス(Sランク)だ。
「……ブモ?」
ミノタウロスは、きょとんとした顔で番台を見ている。
本来なら人を襲う凶悪なモンスターだが、今は殺気が感じられない。
なぜなら、この空間全体に漂う「お風呂のいい香り」と「弛緩した空気」に当てられているからだ。
「……お客さん、武器はロッカーにお願いします」
優也が淡々と告げると、ミノタウロスは素直に斧をロッカーにしまい、タオル(LLサイズ)を受け取って男湯へ消えていった。
「おい優也! 今、ミノタウロスが入っていかなかったか!?」
タロウがマッサージチェアから飛び起きた。
「ああ。キュルリンのダンジョンエリアから迷い込んだんだろう」
数十分後。
風呂から上がってきたミノタウロスは、憑き物が落ちたようなスッキリした顔をしていた。
腰にタオルを巻き、片手(蹄)にはフルーツ牛乳を持っている。
「ブモォ……(いい湯だった……)」
ミノタウロスは番台に、入浴料代わりの「魔石(特大)」をコトリと置いた。
そして、優也に深々と一礼し、闘争心を完全に失ってダンジョンの奥へと帰っていった。
「……マジかよ」
リュウが呆然と呟く。
「戦わずして無力化……いや、『浄化』したぞ」
優也は魔石を手に取り、確信した。
風呂は、剣よりも強し。
温かいお湯と美味しい牛乳があれば、種族間の争いなど些細な問題になるのだ。
「……これは、新しい防衛システムになるな」
こうして、地下迷宮『天魔窟』は、人間だけでなく、仕事(殺し合い)に疲れたモンスターたちにとっても憩いの場となった。
後日、女湯から上がってきたルチアナたちが、
「ねえ、なんかサウナに『メデューサ』がいて、一緒に女子トークしたんだけど!」
「石化の悩みを聞いてあげたら、お礼に高級な石像をもらいましたわ」
などと言い出し、青田マンションのコミュニティはさらに混沌と平和を深めていくのだった。




