表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【三つ星シェフの異世界マンション経営】  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/18

EP 2

最初の入居者は訳ありウサギ

 異世界での朝は、存外に静かだった。

 青田優也はマンションの最上階、オーナーるーむのバルコニーで、愛用のマグカップから湯気を立てる珈琲を啜っていた。

 眼下には緑の大平原。遠くに見える街道を、時折、馬車や奇妙な生物おそらくモンスターが横切っていく。

 本来なら危機感を持つべき状況だが、この『オート・マンション』は、優也の魔力とユニークスキルによって鉄壁のセキュリティに守られている。部外者が許可なくエントランスを突破することは不可能だ。

「さて、開店休業というわけにもいかないな」

 優也はポケットから珈琲キャンディを取り出し、ガリッと噛み砕いた。

 甘苦い味が口に広がる。

 このマンションを維持するためには、住人を入れ、家賃収入を得て、それを自身の魔力マナへと変換・還元するサイクルが必要だ。

 だが、こんな辺鄙な場所に建つ高層マンションに、果たして客が来るものだろうか。

 ふと、優也はエントランス前の植え込みに、違和感を覚えた。

 グレーのコンクリートと緑の植栽の境界に、なにか「ピンク色のモフモフした物体」が落ちている。

「……死体か?」

 いや、ピクピクと動いている。

 長い耳だ。ウサギの耳が、力なく痙攣している。

 優也はマグカップを置き、エレベーターホールへと向かった。

 客商売において、店先の清掃と確認は基本中の基本である。

 ◇

 自動ドアが開き、優也は問題の物体に近づいた。

 そこに倒れていたのは、人間と変わらない少女だった。

 プラチナブロンドの髪から生えた長いウサギ耳。お尻には丸い尻尾。服装はボロボロの冒険者風だが、足元だけはなぜか無骨な鉄芯入りの安全靴を履いている。

「……おい、生きてるか?」

 優也が声をかけると、ウサギ耳がぴくりと反応した。

 少女はうつ伏せのまま、消え入りそうな声で呻く。

「……にん……じん……」

「人参?」

「もう……歩け、ない……お腹、すいた……」

 グゥゥゥゥゥ――。

 少女の腹の虫が、モンスターの咆哮のように盛大に鳴り響いた。

 優也はほう、と息を吐く。

 どうやら行き倒れだ。

 料理人として、腹を空かせた者を前にして見過ごすという選択肢は、彼の辞書にはない。

「立てるか? うちのマンションに来い。何か食わせてやる」

 優也は少女を抱き起こした。

 見た目によらず、その体は羽のように軽かった。

 ◇

 マンションの一室、202号室。

 優也は少女をとりあえずそこへ運び込み、備え付けのキッチンに立った。

 冷蔵庫(氷魔法冷却式)を開ける。スキルによって初期配置されていた食材の中に、都合よく大量の卵と、新鮮な野菜があった。

「ウサギなら、やはりこれか」

 優也は手際よくナイフを振るう。

 玉ねぎを微塵切りにし、鶏肉を一口大にカット。フライパンでバターを溶かし、具材を炒めていく。香ばしい香りが部屋に充満し始めた。

 そこへケチャップライスを投入し、強火で煽る。

 続いて、別のボウルで卵を溶く。牛乳と生クリームを少々。

 熱したフライパンに卵液を一気に流し込み、箸で激しくかき混ぜる。

 ここが勝負だ。

 完全に固まる手前、絶妙な半熟加減でフライパンをトントンと叩き、卵を木の葉型にまとめていく。

 皿に盛ったチキンライスの上に、プルプルのオムレツをオン。

 仕上げに、作り置きしておいた特製デミグラスソースをかけ、脇にはバターと砂糖でグラッセにした人参を添える。

「お待ちどうさま」

 テーブルに皿を置くと、ソファで死んだようになっていた少女が、バネ仕掛けのように跳ね起きた。

 鼻をヒクヒクさせ、赤い瞳を輝かせている。

「こ、これは……なんですか? 宝石?」

「『特製オムライス・デミグラスソース』だ。付け合わせの人参グラッセもあるぞ」

「い、いただきますっ!」

 少女はスプーンを掴むと、震える手でオムレツの中央に切れ目を入れた。

 とろり、と半熟卵が雪崩のように広がり、チキンライスを覆い尽くす。

 その光景に、少女は息を飲んだ。

 一口食べた瞬間、彼女の時が止まった。

「ふぁ……っ!?」

 濃厚なデミグラスソースのコク、卵の優しさ、そしてバターの香り。

 それらが口の中で渾然一体となり、飢えた体に染み渡っていく。

 そして何より、付け合わせの人参グラッセ。

 土臭さは微塵もなく、野菜本来の甘みが極限まで引き出されている。

「あま……おいし……こんな美味しい人参、食べたことない……!」

 少女の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

 彼女――キャルルは、ここ数ヶ月、野草と干し肉だけの逃亡生活を送っていたのだ。

 元三つ星シェフの本気の一皿は、彼女の胃袋と心を、一撃で陥落させた。

 ◇

 数分後。

 皿まで舐める勢いで完食したキャルルは、ふぅ、と満足げな息を吐き、ようやく自分が置かれている状況に気づいたようだった。

 キョロキョロと部屋を見回す。

「あの……ここ、お城ですか? 空気がすごく涼しいし、床もツルツルで……」

「俺が管理しているマンションだ。今は空室だがな」

 優也は珈琲を飲みながら淡々と答えた。

「代金はいらないが、行き場がないなら部屋を貸そうか? 202号室、1LDK。敷金礼金はサービスする」

「す、住みたいです! でも……私、お金持ってなくて……」

 キャルルはウサギ耳をぺたんと伏せた。

 その姿は、捨てられた小動物そのものだった。

「出世払いでいい。君、冒険者だろう? 稼げるようになったら少しずつ返してくれればいいさ」

「ほんとですか!? やります! 私、足には自信があるんです!」

 キャルルは立ち上がり、ガッツポーズをした。その拍子に、彼女は部屋の奥にある扉を開けてしまう。

 そこにあったのは、純白の陶器――水洗トイレだった。

「これ……なんですか?」

「トイレだ。座ってレバーを回せば、水が流れて汚物を消滅させる」

「ええええっ!? 王族専用のマジックアイテムじゃないんですか!?」

「それに、奥にはお湯が出るシャワーと、フカフカのベッドもあるぞ」

 その言葉を聞いた瞬間、キャルルの理性が焼き切れた。

 美味しいご飯。安全な壁。清潔なトイレ。フカフカのベッド。

 逃亡生活で擦り切れていた彼女にとって、ここは楽園エデンだった。

「優也さん……私、一生ここから離れませんっ! 家賃でも掃除でも魔物退治でもなんでもしますからぁぁ!」

 キャルルは優也の足にすがりつき、泣きながら懇願した。

 優也は苦笑しながら、暴れるウサギ耳をなだめる。

「わかったわかった。じゃあ契約成立だ。今日からここは君の家だ」

「はいっ! あ、私、キャルルっていいます!」

 こうして、青田マンションに最初の住人が定着した。

 月兎族のキャルル。

 彼女の入居を皮切りに、このマンションには次々と「規格外」な連中が集まってくることになるのだが――それはまた、別のお話。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ