EP 19
現場猫妖精キュルリンの「安全第一(ヨシ!)」
「優也! サウナを作ろう! 今すぐにだ!」
タロウ国王が、リビングのドアをバーンと開けて叫んだ。
その後ろには、腕組みをした竜王デュークと、ニヤついている元勇者リュウが控えている。
完全に、悪い大人の顔だ。
キッチンで夕食(今日はハンバーグの残りを使ったミートソースパスタ)の仕込みをしていた優也は、包丁を止めて溜息をついた。
「……藪から棒に何ですか。サウナ?」
「そうだ。俺たちの安息の地が必要なんだ。汗を流し、裸の付き合いをし、整う。それこそが男のロマンだろ?」
「金はあるのか?」
「ない! だから『マンションの付帯設備』として経費で落としてくれ!」
タロウが開き直って親指を立てる。
優也はこめかみを押さえた。公共事業のノリで私的な娯楽施設を作らせようとしている。
「却下だ。地下を掘削して温浴施設を作るなんて、どれだけの工期と予算がかかると思ってるんですか。ポポロやリュウさんに頼んでも、数ヶ月はかかりますよ」
優也が正論で突き放すと、三人の男たちは「ぐぬぬ」と唸った。
だが、その時だった。
「ご安全にーーーッ!!」
突如、リビングの床――正確には、床下の配管スペースから、元気な声が響いた。
次の瞬間、床板が綺麗に外れ、小さな影が飛び出した。
「配管の老朽化ヨシ! 床下の湿気ヨシ! ……おや、ここは施工会議の現場ですか?」
現れたのは、手のひらサイズの妖精の少女だった。
背中には美しい透明な羽が生えている。
だが、その愛らしい容姿は、装備品によって台無しになっていた。
頭には『安全第一』と書かれた黄色いヘルメット。
体には作業着。
首には汗拭きタオル。
そして手には、身の丈ほどあるツルハシを持っている。
「……誰だ?」
優也が問うと、妖精はビシッと敬礼した。
「初めまして! わたくし、流しのダンジョン職人、キュルリンと申します! このマンションから漂う『違法増築』の匂いに釣られて来ました!」
「人聞きの悪いことを言うな」
キュルリンは空中に浮遊しながら、タロウたちの周りを飛び回った。
「サウナを作りたい? 地下空間が欲しい? でも予算がない? ……それなら、わたくしにお任せください! 工期はゼロ秒、予算もゼロ! 必要なのは『遊び心』だけです!」
「ほう? 面白そうじゃねえか」
リュウが身を乗り出す。
「お主、どうやって作る気だ?」
デュークが問うと、キュルリンは不敵に笑い、ツルハシを構えた。
「こうするんです! ユニークスキル発動! 【ダンジョンクリエイト(迷宮創造)】!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
マンション全体が激しく揺れた。
だが、破壊の揺れではない。空間そのものが拡張され、書き換えられる感覚。
優也が慌てて窓から下を覗くと、マンションの地下駐車場のさらに下、地殻の底に向かって、広大な亜空間が形成されていくのが魔力視で分かった。
「……地下1階から地下99階まで、即席で作っておきました! 最下層にはマグマ溜まりを利用した大温泉エリアも完備ヨシ!」
キュルリンが指差し確認をする。
「すげえ! 一瞬で出来ちまった!」
タロウが歓喜の声を上げる。
「マグマ溜まりか。熱源には困らんな」
デュークも満足げだ。
だが、優也だけは冷静にシステムログを確認し、顔を引きつらせた。
「……おい、キュルリン。このダンジョンの構成、なんだ?」
『地下1階:即死トラップ回廊』
『地下2階:毒の沼地』
『地下3階:キラーマンティスの巣窟』
……
「え? ダンジョンですから当然でしょう? 『苦難を乗り越えた先にある癒やし』こそが至高! 命がけで辿り着いた温泉は、気持ちよさ3倍増し(当社比)ですよ!」
「死ぬわ!!」
優也が叫んだ。
「サウナに入る前に三途の川を渡ってどうする!」
「えー、ダメですか? これでも手加減したんですけど……」
キュルリンはヘルメットを直しながらしょんぼりした。
だが、その目は死んでいない。生粋の現場監督の目だ。
「……仕方ない。リュウさん、ポポロ! 出番だ!」
優也は号令をかけた。
このままでは地下が魔窟になってしまう。ならば、技術力でねじ伏せて「極楽」に変えるしかない。
◇
数分後、地下入口(旧ガレージ奥)に、最強の施工チームが集結した。
設計・施工:キュルリン(妖精)
設備・配管:リュウ(元勇者)
動力・開発:ポポロ(マッドサイエンティスト)
熱源・監修:デューク(竜王)&タロウ(施主)
「いいか、目標は『安全で快適なスーパー銭湯』だ! 殺傷トラップは全撤去! 代わりにマッサージチェアと自販機を置け!」
優也が指示を飛ばす。
「えー、つまんない……じゃあ、落とし穴の代わりに『ウォータースライダー』にするヨシ!」
キュルリンが渋々ツルハシを振るい、地形を変える。
「配管は俺に任せろ。マグマの熱を循環させて、床暖房とサウナストーンに回す。……ポポロ、制御盤はどうだ?」
リュウがレンチ片手に走り回る。
「完璧でありんす! 魔導ポンプの出力安定! ついでにサウナには『オート・ロウリュ(自動熱波)』機能を付けたでありんす! ミスリルのファンで熱風を送るでありんすよ!」
ポポロが怪しげな機械を設置する。
「我は湯加減を見よう。……ぬるいな。ブレスで追い焚きをする」
ボォォォォ!
デュークが源泉タンクに炎を吐く。
「俺は……うん、応援してる! がんばれー!」
タロウは寝転がって漫画を読んでいる。
◇
そして、数時間後。
マンションの地下深くに、奇跡の空間が誕生した。
総合娯楽迷宮『天魔窟』・リラクゼーションエリア
「……できたな」
優也は目の前の光景に息を飲んだ。
広大な岩風呂。乳白色の天然温泉。
ヒノキの香りが漂う高温サウナ。
そして、キンキンに冷えた水風呂(ポポロの冷却装置付き)。
「よし! 一番風呂は頂いたァ!」
タロウが服を脱ぎ捨て、掛け湯もそこそこに湯船へダイブする。
「カァーーッ! 極楽ぅぅぅ!!」
「フン、悪くない」
デュークも悠然と湯に浸かる。その巨体が湯船に入ると、ザーッとお湯が溢れ出し、贅沢な音を立てた。
「この熱さ……マグマと我のブレスのハイブリッドか。肌に馴染む」
「サウナのセッティングも完璧だ。湿度30%、温度90度。……整う準備は万端だぜ」
リュウがサウナ室へ入っていく。
優也もゆっくりと湯に浸かった。
じわりと温かさが染み渡る。
日々の疲れ――料理、経営、変人たちの相手――が、溶けていくようだ。
「……たまには、こういうのも悪くないな」
優也が呟くと、空中からキュルリンが飛んできた。
彼女はコーヒー牛乳の瓶を抱えている。
「どうですかオーナー? 施工完了検査、合格ですか?」
「ああ。文句なしだ、キュルリン。……ただし、上層階のモンスターハウスは封鎖しておけよ?」
「了解ヨシ! ……あ、でもたまに強い冒険者が来たら、通しちゃってもいいですか? リハビリになりますし」
「……ほどほどにな」
こうして、男たちの野望は達成された。
地下に広がる楽園。
だが、彼らは忘れていた。
このマンションには、「耳の良いウサギ」や「魔力感知に優れた魔王」や「美を追求する女神」がいることを。
「……ねえ、なんか下からすっごい美容に良さそうな蒸気が漏れてない?」
「行くわよルチアナ、フレア。一番風呂の権利を奪還するわ」
上層階で、女子会メンバーが殺気立っていることに、整い中の男たちはまだ気づいていなかった。




