EP 18
王と勇者と竜王の、哀愁の紫煙休憩
午後2時半。
『麺屋・極竜』の怒涛のようなランチタイム――ピークタイムがついに終了した。
最後の客である冒険者パーティを見送り、暖簾を下ろした瞬間、店内にはけだるい静寂が訪れた。
「ふわぁぁ……疲れたな」
タロウ国王が、王冠を脱いでカウンターに置き、大きく背伸びをした。
ジャージの背中が汗で張り付いている。今日の彼は「ホール兼レジ係」として、神速のオーダー処理をこなしていたのだ。
「フン、今日はまた一段と客が多かったからな。スープが完売するとは計算外だ」
厨房から出てきた竜王デュークが、前掛けを外しながら肩を回す。
その顔には疲労の色と共に、職人としての充実感が浮かんでいる。
「お? ヤニ休憩か? 俺も混ぜてくれ」
勝手口から、ツナギ姿のリュウが入ってきた。
彼もまた、マンションの配管メンテナンスと、ポポロの実験の手伝いで油まみれだ。
三人は無言で目配せし、マンション裏手に設置された「喫煙所(ただのベンチと灰皿)」へと向かった。
◇
カチッ、という音はしない。
デュークが極太の葉巻をくわえ、人差し指を立てる。
ボッ。
指先から、ライターなど比較にならないほど純度の高い「竜王の種火」が灯った。
「ふぅー……」
デュークが紫煙を吐き出す。
「デューク、俺も頼むよ」
タロウがすかさずタバコ(キャスター)を差し出す。
「俺も俺も」
リュウもメビウスをくわえて顔を近づける。
デュークは眉間のシワを深くし、呆れたように言った。
「……我をライター代わりに使うのは、全次元でお前らくらいなものだぞ」
文句を言いながらも、デュークは指先の火を二人に貸してやる。
シュボッ。シュボッ。
「「ふぅぅ~~っ……」」
王と勇者が、同時に深く煙を吸い込み、長く吐き出した。
その煙は、労働の後の心地よい疲労と共に、青空へと溶けていく。
「生き返るなぁ……」
タロウがベンチに深く座り込む。
「終わったら『極楽の湯』に……スーパー銭湯行くか? サウナで整いたい気分だ」
タロウの提案に、リュウが即座に首を振った。
「駄目だ。今日は週末だぞ。あの銭湯、週末は冒険者ギルドの団体客で芋洗い状態だ。サウナなんて占領されてて入れねえよ」
「あー……そっか。汗流しに行って、他人の汗まみれになるのは嫌だな」
タロウががっくりと項垂れる。
アナステシア世界に日本風の風呂文化を広めたのはタロウだが、人気が出すぎて自分が入る隙がないという皮肉な状況だ。
「ならばタロウよ。貴様の国の『極楽の湯』を拡張すればよかろう」
デュークが葉巻を揺らしながら、もっともな意見を述べる。
「隣の土地を焼き払って更地にすれば、露天風呂が3つは増えるぞ」
「う~ん……それがさぁ」
タロウは渋い顔をした。
「サリー(第一王妃)とライザ(騎士団長)が、『予算、予算!』ってうるさくてさ。これ以上の公共事業は議会の承認が下りないんだよ」
「……王様も嫁の尻に敷かれるか。万国共通だな」
リュウが同情の眼差しを向ける。
彼もまた、聖女セーラの笑顔の圧には逆らえない身だ。
「そうなんだよ……聞いてくれよリュウ。俺の今月の小遣い、いくらだと思う?」
「いくらだ?」
「金貨2枚(2万円)だぞ? 一国の王だぞ?」
タロウが指を2本立てて悲痛な叫びを上げる。
ラーメンや牛丼を食べるには十分だが、遊びに行くには心許ない金額だ。
「嘘だろ? 俺ですら金貨3枚(3万円)もらってるぞ」
リュウが驚愕する。
「……負けた。勇者に負けた」
「なるほどな……。だからお前、リーザちゃんをアイドル化させたのか」
リュウが納得顔で頷いた。
貧乏アイドルのリーザに、変な歌(金玉はマルマル~)を教えてスパチャを稼がせようとしていた理由。それは、プロデュース料としてのマージンを狙っていたからか。
「いや、あれは! リーザが『どうしてもアイドルになりたい』って言うから! 決してラーメン代やパチンコ代を稼ぐためじゃ……!」
タロウは慌てて否定したが、目が泳いでいる。
そして、話題を逸らすようにリュウの肩を組んだ。
「それよりさ! リュウ、お前俺より金持ちなんだからさ。今夜、優也の店で奢ってくれよ」
「はあ?」
「あいつの店に入ってる『80年代物のヴィンテージ赤ワイン』、飲みてえんだよなぁ。頼むよ、マブダチだろ?」
タロウが揉み手ですり寄るが、リュウは冷たく突き放した。
「馬鹿言うなよ。あそこは『三つ星レストラン』だぞ? 優也の料理は適正価格だが、酒は別だ。金貨3枚なんて、前菜とグラスワイン一杯で吹き飛ぶわ」
「ちぇーっ、ケチ勇者ー」
「ケチじゃねえ、堅実な家庭人と言え」
タバコをもみ消し、小銭の計算をする王と勇者。
その姿を眺めていたデュークは、深く紫煙を吐き出し、独りごちた。
「……何とも夢のない、王と勇者か」
世界の頂点に立つ男たちの会話が、所帯染みた「小遣い事情」であることに、竜王は呆れつつも――不思議と居心地の良さを感じていた。
金貨数億枚の財宝を持つ竜王だが、こうして駄弁って吸う一本のタバコのほうが、今の彼には価値があるのかもしれない。
「……おいタロウ。サウナなら、優也に頼んでマンションの地下に作らせればいいのではないか? あの妖精もいることだしな」
デュークの何気ない一言。
それが、タロウとリュウの目を輝かせた。
「それだ!!」
「さすが竜王、頭がいい!」
「よし、今すぐ優也を口説きに行くぞ! 『経費』で落とさせれば俺たちの懐は痛まない!」
現金な男たちは、吸い殻を携帯灰皿に片付けると、猛ダッシュでマンションへと戻っていった。
その背中を見送りながら、デュークはゆっくりと立ち上がった。
「やれやれ……。我も一肌脱ぐか(ブレスで湯を沸かす係として)。……サウナ後のビールは美味いからな」
男たちの「サウナ建設計画」が動き出した瞬間だった。




