EP 17
筋肉シェアハウスとジム建設
獣王レオが入居してから三日が過ぎた。
青田マンションの朝は、今までにない種類の「破壊音」で始まった。
バキィッ!!
最上階で優也がモーニングコーヒーを飲んでいると、下の階から悲鳴のような金属音が響いた。
セキュリティ警報ではない。もっと物理的な、建材が破壊される音だ。
「……またか」
優也は珈琲キャンディを噛み砕き、ため息交じりにエレベーターへ向かった。
◇
レオに割り当てられた305号室(リュウ一家の隣)。
そのドアの前で、身長2メートルのライオン男が、うなだれていた。
その手には、ひしゃげたドアノブが握られている。
「……すまん、ユウヤ。トイレに行こうとして、ちょっとひねったら千切れた」
「……」
優也は視線を落とした。
ドアノブだけではない。レオの足元のフローリングが、彼の体重と歩行の衝撃に耐えきれず、蜘蛛の巣状にひび割れている。
「あと、昨日の夜、寝返りを打ったらベッドが粉砕した」
「……そうか」
獣王レオ。
その身体能力は、規格外という言葉では生温い。
彼の「普通」の動作は、マンションの建材にとっては「重機による破壊活動」と同義だった。
魔王の結界は外部からの攻撃には無敵だが、内部からの純粋な物理圧力には対応していないのだ。
「このままでは、家賃(魔獣の肉)をもらう前に修繕費で赤字になるな」
優也が頭を抱えていると、隣の部屋からリュウが出てきた。
彼は壊れたドアノブを見て、ニヤリと笑った。
「よう優也。こいつは重症だな。この猫の旦那、出力調整ができてねえんだよ」
「出力調整?」
「ああ。有り余るパワーを発散できてねえから、日常動作に力が漏れちまうんだ。車で言えば、常にレッドゾーンでアイドリングしてる状態だ」
リュウはメビウスを吹かしながら、レオの筋肉をポンと叩いた。
「解決策は一つだ。こいつのエネルギーを、建材じゃなくて『別の場所』で発散させてやるしかねえ」
その言葉に、優也の脳内で閃きがあった。
そうだ。食と住だけでは足りない。
健康的な生活には、「運動」が必要不可欠だ。
「……やるか。増築だ」
◇
優也はマンションの管理パネル(スマホ型)を操作した。
**【オート・マンション】**の拡張機能を発動。
魔力を大量に消費し、マンションの4階部分を丸ごと改装する。
ズゴゴゴゴ……!!
壁が移動し、床が補強され、空間が広がる。
そして、ポポロに発注していた特注機材が次々と生成・配置されていく。
「完成だ。名付けて『青田マッスル・フィットネスジム』」
そこは、男たちの楽園(と地獄)だった。
床は超高密度の衝撃吸収マット。
ダンベルは鉄ではなく、重力魔法が付与されたアダマンタイト製。
ランニングマシンは、時速300キロまで対応するキャタピラ式だ。
「おおお……! これは……!!」
レオの金色の瞳が輝いた。
彼は吸い寄せられるようにベンチプレス台へと向かった。
セットされた重量は、とりあえず500キロ。
「フンッ!!」
レオがバーベルを持ち上げる。
軽い。羽のようだ。
「素晴らしい! これなら全力が出せる! 筋肉が喜んでいるぞ!」
レオが高速でバーベルを上下させると、その熱気に釣られて、もう一人の男が現れた。
「……なんだ、騒がしいと思えば」
1階から上がってきたのは、仕込みを終えた竜王デュークだ。
彼は汗を流すレオを見て、鼻で笑った。
「おい猫。そんな軽い棒きれを持ち上げて何が楽しい? リハビリか?」
「あ? ……トカゲか。貴様にはこの『鉄の味』は分からんだろうな。ラーメンばかり作って腕がなまっているんじゃないか?」
ピキッ。
デュークの額に青筋が浮かんだ。
「……ほう。言ってくれるな。湯切りの動作は、剣の素振り以上に筋肉を使うのだぞ?」
「なら証明してみろ。このバーベル、貴様に上がるかな?」
ゴゴゴゴゴゴ……!!
再び、ジムに怪獣大決戦の空気が流れる。
デュークは無言で上着を脱ぎ捨てた。スーツの下から現れたのは、レオに劣らぬ鋼の肉体だ。
「ポポロ! 重りを追加しろ! ありったけだ!」
「了解でありんす! 重力制御リミッター解除! 最大負荷、2トンでありんす!」
ジムの隅でマシンの調整をしていたポポロが、楽しそうにダイヤルを回す。
「ぬんっ!!」
デュークが2トンのバーベルを持ち上げた。
「フン、軽いな。次、4トンだ!」
「ならば我は6トンだ! 見ていろ!」
「10トンだ! オラオラオラァ!」
「12トン! ヌオオオオオッ!!」
ジムは瞬く間に、男たちの咆哮と金属音が響き渡る地獄と化した。
優也は部屋の隅で耳を塞いだ。
「……マンションは守られたが、騒音問題が発生したな」
◇
そこへ、新たな影が乱入した。
「優也さーん! 私もトレーニングしますっ!」
スポーツウェアに着替えたキャルルだ。
彼女は男たちのベンチプレス合戦には目もくれず、サンドバッグコーナーへ向かった。
「目指せ、音速の向こう側! 行きます!」
彼女は右足の安全靴【雷竜石付き】を構えた。
シュパパパパパパンッ!!
目にも止まらぬ高速連打。
サンドバッグ(トロールの革製・高耐久)が、くの字に曲がり、最後には「パンッ!」と破裂して中身が飛び散った。
「あ……やっちゃいました」
「……」
優也は無言で在庫リストに「サンドバッグ補充」と書き加えた。
◇
一時間後。
汗だくになった男たち(とウサギ)は、ジムの隣に併設されたラウンジカフェで涼んでいた。
「ふぅ……中々いい運動だったな、猫」
「フン、貴様もな、トカゲ。背筋の仕上がりだけは認めてやる」
全力を出し切ったレオとデュークの間には、奇妙な友情――マッスル・フレンドシップが芽生えていた。
リュウもまた、ランニングマシンで一汗かき、爽やかな顔をしている。
「お疲れ様です。水分補給と栄養補給をどうぞ」
優也がトレイを持って現れた。
彼らが期待したのは、プロテインか、あるいはステーキか。
だが、テーブルに置かれたのは――
『特製・春のイチゴパフェ ~練乳ソースがけ~』
可愛いグラスに盛られたバニラアイス。
その周りを彩る真っ赤な完熟イチゴ。
頂上にはホイップクリームが高くそびえ立ち、ミントの葉が飾られている。
汗臭いジムには似つかわしくない、乙女チック全開のスイーツだ。
「……ユウヤ。これは?」
レオが目を白黒させる。
「筋肉の回復には糖分が必要だ。それに、イチゴのビタミンCは疲労回復に効く」
優也は真顔で言い切った。
「……ま、嫌いではないが」
デュークが小さなスプーンを、丸太のような指で摘む。
そして、パクリ。
「……ん。悪くない。冷たさが火照った体に染みる」
「うむ! この甘酸っぱさ、初恋の味だ!」
レオも豪快に頬張る。
「キャー! 可愛い! 映えますね!」
キャルルも大喜びだ。
筋骨隆々の獣王と、ダンディな竜王と、元勇者が、並んでイチゴパフェを食べる光景。
そのギャップ(Gap Moe)は凄まじかったが、彼らの表情は仏のように穏やかだった。
「……これで、ドアノブも壊さずに済むだろう」
優也は満足げに頷いた。
こうして、青田マンションに「ジム」という新たな施設が加わった。
これにより、住人たちの戦闘力はさらに向上し、筋肉の結束も固まった。
ただ一つ問題があるとすれば、ジム帰りのレオたちが発する熱気で、4階の室温が常にサウナ状態になってしまったことくらいだろうか。
……サウナ?
優也の脳裏に、次の増築計画がふわりと浮かんだ。
その時、地下から「ご安全に!」という元気な声が聞こえてきた気がしたが、それはまた次のお話。




