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【三つ星シェフの異世界マンション経営】  作者: 月神世一


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16/18

EP 16

世界崩壊のトリガーは「親知らず」

 それは、穏やかな午後のティータイムのことだった。

 青田マンションの最上階。優也は、とっておきの新作スイーツをルナとキャルル、リーザに振る舞っていた。

「はぁ♡ 優也さんが作るスイーツは美味しいですわぁ」

 ルナは幸せそうに頬を緩め、皿に乗った『ダブルチョコ・ナッツクッキー』を手に取った。

 ローストしたアーモンドと、濃厚なチョコチップがふんだんに使われた、優也の自信作だ。

「そうか。ナッツのロースト加減にはこだわったからな」

 優也が珈琲を啜った、その瞬間。

 ガリッ!!

 ルナの口の中から、嫌な音が響いた。

 彼女の動きがピタリと止まる。

 優雅な微笑みが凍りつき、その大きな瞳に、じわりと涙が浮かんだ。

「う……い……痛い……」

 その涙が一粒、零れ落ちそうになった時――優也の脳内に、無機質な警告音が鳴り響いた。

 『ピピピーッ!! 緊急警報! システムエラー発生!』

 『対象:ルナ・シンフォニアの「泣き声(および痛覚信号)」を確認。』

 『世界樹マザーの激怒レベル、限界突破。世界崩壊プロセスを開始します』

「……なんだと!?」

 優也がカップを置くより早く、世界が変貌した。

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 マンションが激震した。

 窓の外を見ると、荒野の地面が爆発し、そこから直径数メートルはある巨大な「木の根」が、怒れる蛇のように隆起している。

 平原の可愛い花々は人食い植物へと変異し、空の雲はドス黒い雷雲へと変わった。

 ただならぬ殺気(植物の怒り)が、このマンション一点に集中している。

キャルル「ヤバい! とぉーっ!」

 瞬時に状況を理解したキャルルが、テーブルを飛び越えた。

 彼女は空中で体をひねると、涙を流しかけているルナの首筋に、鋭い手刀を叩き込んだ。

 「必殺・峰打ち!!」

「あぅ」

 ルナは白目を剥き、クッキーを握りしめたまま、優也の胸の中に倒れ込んだ。

 彼女の意識が途切れた瞬間、外で暴れていた木の根が「ピタリ」と停止した。

「……危ない、危ない……」

 キャルルが冷や汗を拭う。

「ルナさんが本気で泣いたら、世界が滅ぶんです!」

「どういうことだ? 説明してくれ」

 優也が気絶したルナをソファに寝かせながら問うと、青ざめたリーザが震えながら答えた。

「そ、そうなんです……リヴァイアサンお母様(私の育ての親)から聞いた話なんですが……」

 リーザは語った。

 かつてルナが幼い頃、初めて虫歯になった時の伝説を。

「ルナさんが『痛い』と泣いた瞬間、世界樹ママが『私の可愛い子に痛みを与える世界なんていらない!』と暴走して……世界中の草花が人類に反旗を翻したそうです」

「……バイオハザードかよ」

「当時のエルフの王宮歯科医は、治療中、診察室に入り込んできたツタに首を絞められながら、決死の覚悟で歯を削ったとか……」

 優也は戦慄した。

 世界樹(ヤンデレ親バカ)の過保護さは聞いていたが、まさかここまでとは。

「つまり……ルナが目を覚まして、また『歯が痛い』と泣き出したら、その瞬間に世界は滅ぶのか」

 窓の外では、停止したとはいえ、巨大な木の根がマンションを取り囲んでいる。

 まるで「次、泣かせたら全員養分にするぞ」と威圧するように。

 優也は即座に決断した。

 これは料理人の手には負えない。専門家が必要だ。

「キャルル、3階のセーラさんと、地下のポポロを呼んでくれ! 緊急ミッションだ!」

「了解です! 作戦名は!?」

「『オペレーション・スリーピング・ビューティー』……ルナを起こさずに、完璧に治療する!」

 ◇

 数分後。

 マンションのリビングは、緊迫した野戦病院と化していた。

 ソファには昏睡状態のルナ。

 その枕元には、白衣を着た聖女セーラと、ドリルを手にした幼女ポポロが立っている。

「状況は把握しました」

 セーラが神妙な面持ちでルナの口の中を覗き込む。

「……これは虫歯ではありませんね。クッキーの硬さに負けて、奥歯が少し欠けて神経に触れたようです」

「治せるか、セーラさん」

「『ヒール』で修復は可能ですが……神経が過敏になっています。魔法の光などの刺激だけで、彼女が起きてしまう可能性がありますわ」

 起きたら激痛。激痛なら涙。涙なら世界崩壊。

 詰んでいる。

「そこでわっちの出番でありんすね!」

 ポポロがゴーグルを装着した。

「わっちが開発した『超静音・ナノミクロ麻酔スプレー』を使うでありんす。これで患部の感覚を一時的に遮断し、その隙にセーラが治す……どうでありんす?」

「採用だ。ただしポポロ、ドリルはしまうんだ。間違っても改造手術はするなよ」

「ちっ、口からミサイルが出るようにしてやろうと思ったのに……」

 優也は全員に指示を出した。

「いいか、失敗は許されない。ルナが『ふぎゃっ』と言ったら俺たちの負けだ。……始めるぞ!」

 ミッション・スタート。

 ポポロが慎重に、ルナの口へ極細のノズルを差し込む。

 「……プシューッ」

 微かな噴射音。ルナの眉がピクリと動く。

 ゴゴッ……

 外の木の根が反応して揺れる。

「ひぃっ!」リーザが抱き合う。

「大丈夫、まだ寝てるわ」セーラが冷静に脈を見る。

「麻酔完了でありんす。セーラ、今だ!」

「はい! 聖なる癒やしよ、音もなく、光もなく……穏やかに紡げ。【サイレント・ヒール】!」

 セーラの手から、極限まで出力を絞った淡い光が漏れる。

 それはルナの欠けた歯を包み込み、時間を巻き戻すように修復していく。

 その時。

 ルナが寝言を漏らした。

「……うぅ……優也さまぁ……」

 ビクッ!!

 全員が硬直した。起きるか? 泣くか?

「……おかわりぃ……」

 「食い意地かよ!!」

 優也が心の中でツッコミを入れた瞬間、セーラの術が完了した。

「……終わりましたわ。歯は元通り、神経も鎮静化しました」

 ◇

 数時間後。

 ルナが目を覚ました時、そこには穏やかな夕日が差し込んでいた。

 窓の外の巨大な根も、いつの間にか消滅している。

「ん……あら? わたくし、寝てしまいましたの?」

「ああ。食べながら寝てたぞ、お姫様」

 優也は何食わぬ顔で、新しい皿を差し出した。

 そこに乗っているのは、硬いクッキーではなく、フルフルと揺れる『極上カスタードプリン』だ。

「歯に負担がかからない……じゃなくて、寝起きに優しいデザートだ」

「まぁ! 嬉しいですわ!」

 ルナはスプーンでプリンを掬い、口に運んだ。

 滑らかな食感。卵の優しい甘み。

 痛みなど微塵もない。

「ん~っ♡ 美味しいですわ~!」

 ルナの満面の笑顔を見て、優也、キャルル、リーザ、セーラ、ポポロの全員が、その場にへたり込んだ。

 世界は救われたのだ。

「……ルナ」

「はい?」

「これからは、食後の歯磨きを徹底すること。これはマンションの絶対ルールだ」

「? はい、もちろんですわ!」

 ルナは不思議そうに首を傾げたが、優也たちの疲労困憊した顔を見て、「皆様もお疲れなんですのね?」と、無邪気にプリンを勧めるのだった。

 この日以来、青田マンションには『ルナの歯磨きチェック表』が掲示され、キャルルによる厳しい監視が行われるようになったという。

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