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【三つ星シェフの異世界マンション経営】  作者: 月神世一


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15/26

EP 15

肉の匂いに釣られた「百獣の王」

 その日の青田マンション周辺は、異様な緊張感に包まれていた。

 原因は、東の方角から近づいてくる「何か」だ。

 空気がビリビリと震えている。

 魔王ラスティアの『絶対不可侵領域』が、かつてないほど激しく警告の波紋を広げているのだ。

 1階の『麺屋・極竜』で昼食のラーメン(味玉トッピング)をすすっていたタロウ国王は、箸を止めてニヤリと笑った。

「おっ、来たな。あいつ、本当に鼻がいいからなぁ」

「……チッ。獣臭いのが近づいてきやがる。スープの香りが台無しだ」

 厨房で湯切りをしていた竜王デュークが、不機嫌そうに舌打ちをする。

 その殺気に、並んでいた客の冒険者たちが震え上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 ◇

 マンションの最上階。

 優也はキッチンで、大量の挽き肉と格闘していた。

 今日はなんとなく「肉」の気分だったのだ。それも、小細工なしの塊肉。

「……なんか、外が騒がしいな」

 優也が手を拭いてバルコニーに出ると、眼下の荒野を、金色の流星が疾走してくるのが見えた。

 速い。キャルルの『超電光流星脚』に匹敵する速度だ。

 流星はマンションの直前で急停止し、砂煙を巻き上げた。

 ズドォォォン!!

 砂煙の中から現れたのは、身長2メートルを超える巨漢だった。

 上半身は裸で、鋼鉄のような筋肉が盛り上がっている。

 そして頭部は、黄金のたてがみを揺らす獅子――ライオンそのものだ。

「ここか……! 風に乗って漂う、極上の『肉』の匂いの発生源は……!」

 獅子の男は鼻をヒクつかせ、マンションを見上げた。

 その瞳は金色に輝き、圧倒的な「王」の風格を漂わせている。

 獣人族の頂点にして最強の武人、獣王レオである。

「グルルル……腹が減った。この結界、邪魔だな。壊して入るか」

 レオが拳を握りしめ、魔力を練り上げた瞬間。

 マンションの自動ドアが開き、不機嫌なダンディ紳士――デュークが出てきた。

「おい、そこのでかい猫。ウチの店の前で騒ぐな。客が逃げるだろうが」

 デュークが睨みつけると、レオの動きが止まった。

 二人の視線が交錯し、バチバチと火花が散る。

「……なんだ、トカゲか。ラーメン屋の真似事とは落ちぶれたものだな」

「……あ? 誰がトカゲだ、この脳筋猫野郎。我のスープを侮辱するなら、その自慢のたてがみを全部毟り取ってハゲライオンにしてやるぞ」

 ゴゴゴゴゴゴ……!!

 竜王の覇気と、獣王の闘気。

 二つの最強エネルギーが衝突し、空間が歪む。

 地面のアスファルトがひび割れ、マンションの窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げた。

 タロウ王が窓から顔を出し、「やれー! 怪獣大決戦だー!」と野次を飛ばしている。

 (……勘弁してくれ)

 優也は頭を抱えた。

 このままでは、せっかくのマンションが二人の喧嘩で更地になってしまう。

 止めるには、武力ではない。「別の何か」が必要だ。

 優也はキッチンに戻り、フライパンを熱した。

 これしかない。

 ◇

 「問答無用! 力づくで通らせてもらうぞ!」

 「やってみろ! 骨の髄まで出汁にしてやる!」

 レオが拳を振り上げ、デュークが口から黄金のブレスを漏らし始めた、その時。

 「お待たせしましたーーッ!!」

 10階のバルコニーから、優也の声が響き渡った。

 それと同時に、強烈な「匂い」が爆弾のように投下された。

 ジューーーーーッ!!

 焼ける音。焦げる脂の香り。ナツメグとブラックペッパーの刺激。

 レオの鼻がピクリと動いた。

 デュークも口を閉じた。

 優也はエレベーターではなく、なんとバルコニーからロープを使って、熱々の鉄板を持ったまま降りてきた。

 (キャルルに鍛えられたおかげで、これくらいのスタントはできるようになった)

「……なんだ、それは」

 レオが涎を垂らしながら問う。

 優也が鉄板の蓋を開けた。

 もわっと広がる湯気の中、現れたのは――

 『ロックバイソン100%・特大爆弾ハンバーグ(500g)』

 大人の顔ほどもある巨大な肉の塊。

 つなぎ(パン粉)は最小限。ほぼ肉だけで構成されたそれは、表面はカリッと焦げ目がつき、中はレア気味に仕上げられている。

 優也は仕上げに、特製のオニオンガーリックソースをかけた。

 ジュワァァァァァァッ!!

 ソースが鉄板で弾け、暴力的なまでの香りが周囲一帯を支配した。

 もはや兵器だ。空腹という名の本能を破壊する、食の兵器。

「……食うか?」

 優也が鉄板を差し出すと、レオの「王の威厳」は一瞬で崩壊した。

「く、食う!! いただく!!」

 レオはナイフもフォークも使わず、素手でハンバーグを掴もうとして――「あちちっ!」と手を引っ込め、改めてフォークを突き刺した。

 そして、豪快に齧り付く。

 ガブリ。

「…………ッ!!!」

 レオの金色の瞳が見開かれた。

 噛み締めた瞬間、口の中で肉汁のダムが決壊したのだ。

 粗挽きの肉が歯を押し返し、噛めば噛むほど、ロックバイソンの濃厚な旨味が溢れ出してくる。

 ニンニクの効いたソースが食欲を加速させ、思考を停止させる。

「う、美味い……! なんだこれは!? 生肉より美味いぞ!?」

「火を通すことで脂が溶け出し、旨味が活性化するんだ。……さあ、白飯もあるぞ」

 優也が、ポポロの『オカマmk-II』で炊いたばかりの銀シャリを差し出す。

 ハンバーグを頬張り、白飯をかき込む。

 肉、米、肉、米、肉、肉、米!

 それは全人類、いや全獣人がひれ伏す黄金のループ。

 わずか数十秒で500gの肉塊を平らげたレオは、満足げに天を仰ぎ、咆哮した。

「ウオオオオオオッ!! 力が……力が漲るわぁぁぁ!!」

 その咆哮だけで雲が吹き飛んだ。

 レオはバッと優也に向き直り、その肩をガシッと掴んだ。

「貴様! 名は!?」

「青田優也だ」

「ユウヤ! ここに住めば、毎日これが食えるのか!?」

「毎日ハンバーグだと栄養が偏るが……まあ、似たような肉料理なら出せるぞ」

「決めた!!」

 レオは高らかに宣言した。

「我、獣王レオは、本日をもってこの『青田マンション』に入居する! 家賃は魔獣の肉で払う! 文句はないな!?」

「……まあ、空き部屋はあるが」

「よし! おいトカゲ(デューク)、これからはご近所付き合いだな! 仲良くしようぜ!」

「……フン。まあいい。貴様の筋肉なら、重い寸胴を運ぶ手伝いくらいはできそうだからな」

 デュークも、ハンバーグの匂いには抗えなかったようで、少し毒気が抜かれている。

 こうして、マンションに新たな住人が加わった。

 最強の筋肉を持つ獣王レオ。

 彼が入居したことで、マンションの「物理攻撃力」はカンストすることになるのだが――同時に、新たな問題も発生することになる。

 バキッ。

 レオが嬉しさのあまり優也の背中を叩いた拍子に、優也の肋骨から嫌な音がした気がしたが、優也はプロ根性とポーションで耐え抜いた。

 ……やはり、このマンションにはジムが必要かもしれない。優也は痛む脇腹を押さえながら、新たな増築計画を練り始めるのだった。

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