EP 14
貧乏アイドルと、呪いのヒットソング
月末。それはマンションオーナーにとって、収穫の時であり、頭の痛い業務の日でもある。
家賃の集金日だ。
青田優也は集金袋を片手に、1階の廊下を歩いていた。
テナントの『麺屋・極竜』や『ゴルド法律事務所』は、前払いで一年分振り込まれているので問題ない。
問題は、住居エリアの「出世払い枠」の住人たちだ。
「キャルルは……まあ、地竜の素材を売って払ってくれた。リュウ一家も整備費との相殺でOK。問題は……」
優也は102号室の前で足を止めた。
貧乏アイドル・リーザの部屋だ。
中から、何やら軽快なリズムと、奇妙な歌声が聞こえてくる。
「……新曲の練習か? 感心だな」
優也はノックをしようとして――その歌詞の内容に、手を止めた。
「♪た、た、たぬきのお腹は~ポンポコポンポン~」
「♪月よ~月で~頭はハーゲハゲでピーカピカ~」
「♪お尻はツールツル~ 金玉はマルマル~!」
「…………」
優也は無言でマスターキーを取り出し、ガチャリと鍵を開けた。
これは、オーナー権限による緊急立ち入り検査が必要な案件だ。
◇
ドアを開けると、そこには地獄絵図……いや、シュールレアリスムの極致が広がっていた。
リーザがいた。
だが、いつものボロボロジャージ姿ではない。
頭には手ぬぐいをねじり鉢巻にし、鼻には五円玉を挟み、腰には竹籠を下げている。
いわゆる「ドジョウ掬い」のスタイルだ。
彼女は中腰で腰をクネクネと振るわせながら、熱唱していた。
「♪金玉は~マルマル~ ソレ! マルマル~!」
「……リーザ」
優也がドスの利いた声をかけると、リーザは「ひゃっ!?」と声を上げて跳ね上がり、ドジョウ掬いのザルを取り落とした。
「お、オーナー!? ノックしてくださいよぉ! 今、サビの振り付け中だったのに!」
「何を歌ってるんだ、君は。そしてなんだその格好は」
優也がこめかみを押さえながら問うと、リーザは真剣な顔(鼻に五円玉を挟んだまま)で答えた。
「あ、はい。次の新曲なんです! タロウ様から『君の殻を破るにはこれしかない』って教えていただいた、異世界の伝統芸能ソングで……」
「…………」
――タロウ王。
あのジャージ国王の顔が脳裏に浮かぶ。
『いやー優也くん、アイドルっつったらインパクトだろ? ドリフ精神だよ』なんてニヤニヤ笑っている姿が目に浮かぶようだ。
(何を教えてんだワレェ!? 純真な少女になんて歌を歌わせてやがる……!)
優也は怒りで珈琲キャンディを噛み砕きそうになったが、ぐっと堪えた。
目の前の少女は本気なのだ。
「で、今日は月末だ。家賃の集金に来たんだが……金貨3枚、用意できてるか?」
現実的な話を突きつけると、リーザの顔から血の気が引いた。
彼女はその場に崩れ落ち、見事なフォームで土下座をした。
ザザーッ!
「ひぃ! お許しください! お代官様ぁ!」
「誰がお代官だ」
「ご、ごめんなさい……今月は雨続きで路上ライブができなくて……所持金が銅貨5枚しか……」
リーザは涙目で顔を上げた。
「で、でも! この新曲を駅前で歌えば、絶対にウケるってタロウ様が! 『スパチャ(お捻り)の雨が降るぞ』って!」
「……本気で言ってるのか?」
「はい! この『金玉はマルマル~』のフレーズには、人の心を揺さぶる魂が込められているそうです! これで一発逆転して、家賃を払いますからぁ!」
リーザは必死だった。
優也は腕を組み、冷ややかな、しかし憐れむような目で彼女を見下ろした。
(……無理なんじゃないかな)
冷静に分析する。
確かに、美少女がドジョウ掬いの格好で下ネタ混じりの珍妙な歌を歌えば、インパクトは絶大だ。
笑いは取れるかもしれない。
物好きな酔っ払いや、一部のマニアからお捻りが飛ぶ可能性も否定できない。
(だが……それをやったら『アイドル』としては終わりだろ)
姫君のような可憐な容姿を持つ彼女が、駅前で「金玉はマルマル~」と連呼する地獄。
それは社会的な死だ。
そして何より、うちのマンションの品位に関わる。
『あそこのマンション、金玉アイドルが住んでるらしいぜ』なんて噂が広まったら、リベラの法律事務所の信用問題にも発展しかねない。
「……はぁ」
優也は深く、長くため息をついた。
そして、リーザの鼻から五円玉を摘み取ってやった。
「リーザ。その歌は禁止だ」
「えっ!? ど、どうしてですか!? これで私、スターになれるはずなのに!」
「スターじゃなくて『芸人』になる気か。……いいか、タロウさんの言うことを真に受けるな。あの人は君で遊んでるだけだ」
「そ、そんなぁ……じゃあ、家賃はどうすれば……」
「体で払ってもらう」
「えっ!?」
リーザが胸を隠して後ずさる。
優也は無表情で続けた。
「……誤解するな。労働だ。今月分の家賃は猶予してやる。その代わり、このマンションの全換気扇の油汚れ掃除と、屋上の防水シートの洗浄を追加で頼む」
「へ……?」
「あと、1階のラーメン屋の皿洗いも手伝え。デュークが『猫の手も借りたい』と言っていたからな。賄いでチャーシュー丼くらい食わせてもらえるぞ」
それを聞いたリーザの表情が、ぱぁぁぁっと輝いた。
「ほ、本当ですか!? 換気扇掃除だけでいいんですか!? それにチャーシュー丼まで……!」
「ああ。だからその衣装は脱げ。二度と着るな」
「はいっ! ありがとうございますオーナー! 私、油汚れと戦います!」
リーザはドジョウ掬いのザルを放り投げ、優也に抱きつこうとしたが、優也はサイドステップで回避した。
◇
部屋を出た優也は、廊下で携帯端末を取り出した。
宛先は【タロウ国王】。
『タロウさん。今度うちの店に来たら、ラーメンに激辛デスソースを一瓶ぶち込みますから覚悟してください』
送信ボタンを押すと、優也は少しだけスッキリした顔で、次の部屋へと向かった。
まったく、このマンションの住人は手がかかる。
だが、あの珍妙な歌が脳内でループして離れないのだけは、計算外だった。
(……金玉はマルマル、か。……くそ、リズムがいいのが腹立つ)
青田優也の苦悩は続く。




