EP 13
自我を持つ炊飯器と、リュウの整備魂
三つ星シェフである青田優也には、譲れないこだわりがあった。
それは「米」である。
異世界マンルシア大陸でも、米に似た穀物は流通している。だが、調理法はパエリアやリゾットのような「炊き込み」が主流で、日本人の魂である「ふっくらとした白米」を完璧に炊き上げる技術は存在しなかった。
「……鍋で炊くのも悪くないが、安定しないな」
朝のキッチンで、優也は土鍋を見つめて溜息をついた。
火加減、吸水時間、蒸らし。すべて完璧に行っているはずだが、何かが足りない。現代日本のハイテク家電が叩き出す、あの「甘み」と「粘り」の領域には届かないのだ。
優也はポケットから珈琲キャンディを取り出し、噛み砕いた。
結論は出ている。
「……頼むか。あの『天才』に」
◇
青田マンション、地下2階。
かつてガレージの倉庫だった場所は、今や配線と鉄屑が散乱するマッドサイエンティストの巣窟と化していた。
「ポポロ、頼んでいた物はできたか?」
「おや、オーナーでありんすか。丁度いま、最終調整が終わったところでありんす!」
山積みのジャンクパーツの中から、油まみれの白衣を着た幼女――ポポロ・ギアが飛び出してきた。
彼女は得意げに鼻を鳴らし、部屋の中央に鎮座する、布で覆われた物体を指差した。
「お主の要望通り、『最高の火加減』と『圧力』、そして『米の一粒一粒を踊らせる対流』を実現した、究極の調理家電でありんす!」
優也は期待に胸を膨らませた。
ついに、異世界で極上の銀シャリが食べられる。
「見せてくれ」
「刮目するでありんす! これぞ【自律型迎撃炊飯器・オカマmk-II】でありんす!!」
バッッ!!
ポポロが勢いよく布を取り払った。
そこに現れたのは、優也の知る「炊飯器」ではなかった。
黒光りするボディ。炊飯釜の下には、なぜか6本の多脚戦車のような脚。
側面からはマニュピレーター(腕)が生え、蒸気排出口はガトリング砲のように並んでいる。
「……ポポロ博士。俺は『炊飯器』を頼んだはずだが、これは『兵器』に見えるぞ」
「何を言うでありんす! 最高の圧力をかけるには、オリハルコンの装甲と魔導炉が必要でありんす! さあ、スイッチオンでありんす!」
ポポロがリモコンを押した、その瞬間だった。
『ピロリ♪ 炊飯モード、起動。……ターゲット、確認。排除シマス』
無機質な電子音と共に、オカマmk-IIのセンサーアイが赤く光った。
そして、多脚が駆動し、凄まじいスピードで優也に襲いかかってきた。
「うおっ!?」
「ああっ!? AIが『米を研ぐ』のと『敵を研ぐ(排除する)』のを間違えているでありんす!」
優也は間一髪で横に飛び退いた。
オカマのアームが床のコンクリートを粉砕する。
ただの家電とは思えない破壊力だ。
「ポポロ! 止めろ!」
「無理でありんす! あの子は『美味い米を炊くまでは止まらない』というプログラムで動いているでありんす! つまり、米(と認識されたお主)を釜に入れるまで暴走モードでありんす!」
「ふざけるな!」
優也が包丁(調理用)を構えようとした、その時。
ガギィィィン!!
金属音が響き、オカマのアームが弾かれた。
そこには、巨大なパイプレンチを構えた作業着の男――元勇者リュウが立っていた。
「朝っぱらから騒がしいと思えば……なんだこりゃ? 新型のゴーレムか?」
「リュウさん! 助かった、炊飯器が暴走して!」
「炊飯器……? こいつがか?」
リュウはタバコ(メビウス)をくわえたまま、暴れまわるオカマmk-IIを観察した。
そして、呆れたように吐き捨てた。
「おいおい、なんだこのクソ配線は! 魔力伝導チューブが剥き出しじゃねえか! これじゃ熱暴走してAIがバグるに決まってんだろ!」
「なっ……!?」
その言葉に、ポポロが噛み付いた。
「クソ配線とは失礼な! これは『機能美』でありんす! 剥き出しのパイプこそがスチームパンクの魂でありんす!」
「現場じゃ『整備不良』って言うんだよ! 見ろ、サスペンションも硬すぎる。これじゃ米が踊る前におかゆになっちまうぞ!」
「なんですとぉぉぉ!?」
ドワーフの天才発明家と、元勇者の天才整備士。
二人の職人魂が、最悪のタイミングで衝突した。
『ターゲット、捕捉。高圧蒸気発射』
オカマがプシュウウウ! と高熱の蒸気を噴射する。
「ちっ、生意気な家電だ! おいチビっ子! 俺が動きを止めるから、お前が中の回路を書き換えろ!」
「チビっ子じゃなくポポロでありんす! ……でも、今のままじゃ私の最高傑作がスクラップでありんす。乗ったでありんす!」
ここから、奇妙な共闘が始まった。
リュウが人間離れした身体能力でオカマの脚をスパナで殴打し、体勢を崩す。
「足回りのガタつき、修正完了! 次、蓋を開けるぞ!」
オカマが怯んだ隙に、リュウが強引に釜の蓋をこじ開ける。
そこへポポロが飛び込み、ドライバーと魔力操作で内部回路をいじり回す。
「火加減制御、修正! おどり炊きモードのアルゴリズムを書き換えるでありんす!」
「排熱ダクトの位置が悪い! 俺がバイパスを作る!」
「ならわっちは断熱材を追加するでありんす!」
ガガガガガ! キュイイイイン!
暴れる炊飯器と格闘しながら、二人は怒鳴り合い、そして驚異的な速度で「改良」を施していく。
優也は部屋の隅で避難しながら、その光景を眺めていた。
(……なんか、楽しそうだなあいつら)
職人同士にしか分からない言語で会話が成立している。
やがて、オカマの赤いランプが、穏やかな青色へと変わった。
『ピロリ♪ ……炊飯準備、完了。お米ヲ、投入シテクダサイ』
6本の脚を折りたたみ、オカマmk-IIはおとなしく着座した。
リュウは汗を拭い、ポポロは煤だらけの顔でニカっと笑った。
「ふぅ……中々の手応えだったぜ」
「ふん、お主の配線処理、まあまあ綺麗だったでありんすよ」
◇
1時間後。
マンションのダイニングに、優也、ポポロ、リュウ、そして匂いに釣られてきたキャルルとルナが集まっていた。
テーブルの中央には、大人しくなった『オカマmk-II』が置かれている。
「さあ、炊きあがりだ」
優也がスイッチを押す。
プシューッ、という優しい蒸気音と共に、蓋がゆっくりと開いた。
カッ……!!
まばゆい白光が溢れ出した。
湯気の向こう現れたのは、一粒一粒が宝石のように輝き、ピンと立っている銀シャリだった。
「こ、これは……美しい……」
優也は震える手でしゃもじを入れた。
抵抗なく入り、それでいて確かな弾力を感じる。
茶碗によそい、まずは一口。
「……!」
噛んだ瞬間、弾けるような食感。
そして広がる、穀物の爆発的な甘み。
おかずなどいらない。この米だけで、ご馳走だ。
「美味い……! これだ、俺が求めていた日本の味だ!」
「やるじゃねえか、あのポンコツ炊飯器」
リュウがニヤリと笑い、大盛りご飯をかき込む。
「当然でありんす! わっちとリュウの合作でありんすからな!」
ポポロも鼻高々だ。
「はわわ……お米って、こんなに甘いんですね!」
キャルルがおかわりをする。
「これ、冷めても美味しいですわ! おにぎりにしたいです!」
ルナも目を輝かせている。
その日、青田マンションの朝食は、ただの「塩おにぎり」だった。
だが、それはどんな高級フレンチよりも贅沢な、職人たちの技術と魂が込められた一品だった。
ちなみに、『オカマmk-II』はその後、キッチンに常駐することになった。
普段は大人しいが、ルナが電子レンジと間違えて変な魔法を使おうとすると、ガトリング砲(蒸気)で威嚇射撃をするという、頼もしい番犬ならぬ「番釜」となったのだった。




