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【三つ星シェフの異世界マンション経営】  作者: 月神世一


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12/18

EP 12

満月の夜のロケットスタート

 その夜、青田マンション周辺は、いつも以上に神秘的な空気に包まれていた。

 雲ひとつない夜空に、見事な満月が浮かんでいる。

 優也は最上階のバルコニーで、月見酒ならぬ月見珈琲を楽しんでいた。

 だが、その静寂は唐突な地響きによって破られた。

 ズズズズズ……ッ!!

 マンションの敷地外、魔王の結界のギリギリ外側に、巨大な影が現れた。

 岩石のような皮膚に覆われた巨体。鋭い爪。

 地竜アース・ドラゴンだ。

 本来なら地下深くに生息するS級モンスターが、優也の作る夕食(今日は特製ビーフシチューだった)の匂いに釣られて這い出してきたらしい。

「……でかいな。結界があるから入っては来れないだろうが、庭の景観が悪くなる」

 優也が愛用の包丁を取り出し、迎撃に向かおうとした時だった。

「優也さん! 任せてください!」

 バルコニーの手すりに、軽やかに飛び乗る影があった。

 月兎族のキャルルだ。

 だが、今の彼女はいつもの「人懐っこいウサギ」ではない。

 満月の光を浴びたその瞳は鮮紅に輝き、長い耳はピンと立ち、全身から放たれる闘気が赤いオーラとなって揺らめいている。

「キャルル? 様子が変だぞ」

「うふふ……満月の夜は、血が騒ぐんです。体が軽くて、力が溢れて……ハイになっちゃうんですぅ!!」

 キャルルは不敵に笑うと、バルコニーから10階下の地面へとダイブした。

 ダンッ!

 着地と同時に地面がひび割れる。彼女はそのまま地竜の正面に立ちはだかった。

 ◇

「グルルルオオオオッ!!」

 地竜が咆哮を上げ、岩をも砕く突進の構えを見せる。

 対するキャルルは、深く身を沈めた。

 陸上競技のクラウチングスタートの姿勢だ。

 彼女の足元には、優也が支給した『鉄芯入り安全靴・改』。

 その靴底には、先日ポポロ博士とリュウが共同で埋め込んだ【雷竜石サンダー・ドラゴン・ストーン】が青白く発光している。

「行きますよ……! 今の私なら、誰にも負けない!」

 キャルルは足の筋肉に、満月の魔力と自身の全闘気を集中させた。

 地面のアスファルトが、彼女の踏み込みに耐えきれず悲鳴を上げ、めり込んでいく。

「……セット(用意)!」

 地竜が突っ込んでくる。

 その距離、あと50メートル。

 しかし、キャルルの集中力の中では、世界はスローモーションだった。

「――ゴー(ドンッ)!!」

 爆発音と共に、キャルルの姿が消えた。

 いや、速すぎるのだ。

 100メートルを5秒台などというレベルではない。

「私は……音速を超えるっ!!」

 キィィィィン!!

 衝撃波ソニックブームが大気を切り裂く。

 一瞬で地竜の懐へ潜り込んだキャルルは、その勢いのまま地面を蹴り、前方宙返り(フロントフリップ)で跳躍した。

 遠心力、速度、そして雷竜石のエネルギー。全てが右足の安全靴に収束する。

「でええええい!! 超電光流星脚スーパー・ライトニング・メテオッ!!!」

 夜空に、青い稲妻が走った。

 キャルルの踵落としが、地竜の硬い頭蓋に直撃する。

 バリバリバリバリ!!

 ドガガガアアアアン!!

 凄まじい雷鳴と轟音。

 鋼鉄よりも硬い地竜の顔面が、豆腐のように粉砕され、黒焦げになりながら吹き飛んだ。

 巨体はそのまま数百メートル後方まで転がり、動かなくなった。

 ◇

 もうもうと立ち込める土煙の中、キャルルは着地を決めた。

 片足立ちでの残身。月を背負ったその姿は、一幅の絵画のようだった。

「う、美しい……」

 バルコニーから見ていた優也が、思わず漏らす。

「やりましたね! キャルルさん!」

 隣の部屋から顔を出したルナが拍手をする。

「素晴らしいわ! あの光、ステージ照明に使えそう!」

 リーザもペンライトを振って歓声を上げた。

「はぁ……はぁ……やった……」

 キャルルは肩で息をしながら、興奮の余韻に浸っていた。

 満月の力があったとはいえ、過去最高の動きができた。優也さんは見ていてくれただろうか。

 そう思った瞬間、目の前に優也が駆け寄ってきた。

「やったな! キャルル!」

 普段は冷静な優也が、珍しく興奮した様子で、キャルルの体をガバッと抱きしめた。

「!!??」

 キャルルの思考回路がショートした。

 優也さんの匂い。逞しい腕。密着する体温。

 満月のハイテンションも相まって、彼女の妄想は一気にゴールインまで暴走する。

 (優也さん! 抱きしめてくれた! これは……これはつまり、私の愛が伝わった!? 地竜を倒したご褒美がプロポーズ!? ついに私が優也さんと婚約かあああ!?)

 キャルルは顔を真っ赤にし、潤んだ瞳で優也を見上げた。

「優也さんっ……! 私、私……!」

「素晴らしい、素晴らしいぞキャルル!」

 優也は抱きしめたまま、熱っぽく語りかけた。

「あの踏み込みの深さ! そして空中で軸をずらさずに遠心力を乗せるボディバランス! さらに安全靴の硬度を最大限に活かしたインパクトの角度! 完璧な『機能美』だった!」

「……え?」

 キャルルの表情が固まる。

 優也の瞳は輝いているが、それは愛しい女性を見る目ではなく、「素晴らしい調理器具やバイクのパーツを見た時の目」だった。

「だが、まだ伸びしろがある。あの『超電光流星脚』は、もっとだ。もっとトレーニングをして、ふくらはぎの瞬発力を強化すれば、更に究極になる!」

「え……あの、優也さん……婚約とかは……?」

「そうだ、タロウさんから『短距離走の科学的トレーニング本』を借りてこよう! そして俺が専用のメニューを組む! 食事管理も徹底して、筋肉の質をさらに高めるんだ!」

 優也はバッとキャルルを離し、何やらブツブツとメニューを考案し始めた。

 「朝はプロテイン入りのパンケーキ、昼は鶏ささみの……」

 置き去りにされたキャルルは、ガクッと膝をついた。

 そして、満月の夜空に向かって魂のツッコミを叫んだ。

「そっちいいいいいいっ!?」

 キャルルの悲痛な叫びは、虚しく荒野に響き渡った。

 結局、翌日から優也による「地獄のスパルタ・トレーニング(美味しいご飯付き)」が始まり、キャルルは恋の道ではなく、「音速の格闘家」としての道をひた走ることになるのであった。

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