EP 11
爆発する入居希望者
青田マンションの一日は、今日も平和とは程遠い喧騒の中で幕を開けた。
1階の『麺屋・極竜』には、朝から「ドラゴン豚骨」を求める冒険者の行列ができている。
2階の『ゴルド法律事務所』には、冤罪を晴らしたい元・暗殺者たちが涙目で並んでいる。
そして中庭では、元勇者リュウが配管チェックを行い、その横でキャルルが安全靴の手入れをしている。
オーナーである青田優也は、最上階の窓からその光景を見下ろし、いつものように珈琲キャンディを口に放り込んだ。
「……表はいつも通りだな」
だが、その直後だった。
優也のポケットに入っている管理用端末(スマートフォン型マジックアイテム)が、けたたましい警告音を鳴らした。
『警告。裏口搬入用ゲートにて、異常な魔力干渉を検知。セキュリティレベル3』
「……裏口?」
そこは、優也が愛車【スレイプニル】を出し入れするためのガレージ直結ゲートだ。
魔王ラスティアの『絶対不可侵領域』があるため、普通の人間や魔物は近づけないはずだが。
ドガァァァァァン!!
思考を遮るように、足元から突き上げるような爆発音が響いた。
優也は眉間を揉みほぐし、深くため息をついた。
「……またか」
◇
優也がエレベーターで地下ガレージ階へ降りると、そこは白煙に包まれていた。
焦げ臭い匂いと、何やら薬品のような刺激臭が混ざっている。
「ゲホッ、ゲホッ……! な、なんちゅう硬いセキュリティでありんすか! わっちの『ドリル・マキシマム』が弾かれるなんて!」
煙の向こうから、可愛らしい――しかし、どこか老成した口調の声が聞こえてくる。
優也が手を振って煙を払うと、そこにいたのは一人の「幼女」だった。
ピンク色の髪をツインテールにし、体にはブカブカの白衣を纏っている。
背中にはランドセルのような謎の機械を背負い、手には黒焦げになった巨大なドリルを持っていた。
見た目は10歳前後だが、その瞳の奥には狂気じみた知性が宿っている。
「……君か? 俺のマンションを爆破しようとしたのは」
優也が冷静に声をかけると、幼女はメガネ(瓶底)をクイッと持ち上げ、優也を睨みつけた。
「爆破? ノンノン、心外でありんす。わっちはただ、この『未知の自動ドア』の構造を解析するために、ちょっとばかり強引な解錠を試みただけでありんす」
「それを世間では破壊工作と言うんだ」
「細かいことはどうでもいいでありんす! それよりお主、この建物の主なんでありんすか?」
幼女はドリルを投げ捨て、優也に詰め寄った。
その視線が、ガレージの奥に停められている魔導二輪【スレイプニル】に釘付けになる。
「ああっ! あれは……あの美しいフォルム! ドワーフの魔導エンジンと、異界の素材のハイブリッド……! ハァハァ……たまらないでありんす……分解したい……今すぐネジ一本までバラバラにしたいでありんす!」
幼女は涎を垂らさんばかりの勢いでバイクへ走り出そうとした。
優也は瞬時に前へ立ち塞がる。
「待て。人の愛車に何をする気だ」
「退くでありんす! わっちはポポロ・ギア! 地下帝国を追放された天才発明家でありんす! 研究のためなら国家予算だって横領する女でありんすよ!?」
「威張って言うことじゃないな」
ポポロと名乗ったドワーフ(見た目は幼女)は、聞く耳を持たない。
背中の機械から、マジックハンドのようなアームが伸び、優也を排除しようと襲いかかってくる。
「邪魔をするなら、お主も実験台にしてやるでありんす!」
話が通じないタイプだ。
優也は瞬時に判断した。
こういう手合い――自分の世界に入り込んだ職人や研究者には、正論や武力は通用しない。
必要なのは、「より興味深い刺激」だ。
「……仕方ない。これでも食って落ち着け」
優也は【オート・マンション】の収納機能から、二つの物体を取り出した。
一つは、黒い液体が入ったペットボトル。
もう一つは、袋に入ったスナック菓子だ。
「なんだ、それは? 命乞いの貢物でありんすか?」
「いいから飲んでみろ。頭が冴えるぞ」
ポポロは怪訝な顔で、黒い液体のボトル――『コーラ』を受け取った。
キャップをひねる。プシュッ、と小気味よい音が鳴る。
「……毒々しい色でありんすね。まあいい、毒見してやるでありんす」
彼女はボトルを煽った。
――グビッ。
瞬間、ポポロの動きが止まった。
目が見開かれ、ツインテールが逆立つ。
「んぐっ!? ……痛っ! 口の中が……爆発したでありんす!? なんだこのシュワシュワする刺激は!? い、痛いのに……止まらない! 喉越しが快感に変わるでありんすぅぅぅ!!」
炭酸の衝撃。
さらに優也は、追い打ちをかけるように『ポテトチップス(コンソメパンチ味)』の袋を開け、一枚を彼女の口に押し込んだ。
パリッ。
「ふごっ!? ……こ、これは……!!」
ポポロはその場に崩れ落ちた。
噛み砕いた瞬間に広がる、揚げた芋の香ばしさ。そして、計算され尽くした塩分と化学調味料(旨味パウダー)の黄金比。
「美味い……! 美味すぎるでありんす……! 脳が……脳細胞が活性化して、アイデアが溢れ出してくる……!」
ジャンクフード。
それは、研究で疲れた脳髄に直接響く、悪魔のエネルギー源。
三つ星料理とは対極にある「背徳の味」は、マッドサイエンティストを陥落させるのに十分すぎた。
「はぁ、はぁ……お主……もっと……もっとこれを寄越すでありんす……!」
ポポロはコーラを抱きしめ、優也のズボンの裾を掴んで懇願した。さっきまでの凶暴性はどこへやら、完全に餌付けされた小動物だ。
「……契約といこうか、博士」
優也はニヤリと笑い、見下ろした。
「このマンションの地下ガレージの一角を貸してやる。この『コーラ』と『ポテトチップス』も、定期的に支給しよう」
「本当でありんすか!? わっちは何をすればいいでありんすか!?」
「簡単なことだ。君の技術で、このマンションの設備をアップグレードしてくれ。家電の開発、セキュリティの強化……あと、俺のバイクのメンテナンスもな」
「……そ、それだけで、この神の黒い水を飲めるのでありんすか? お安い御用でありんす!!」
ポポロは即座に立ち上がり、敬礼した。
そこへ、騒ぎを聞きつけたリュウが工具箱を持って降りてきた。
「おい優也、すげえ音がしたが……ん? なんだそのチビっ子は」
「あ、リュウさん。新しい入居者です。ドワーフの技術者らしいですよ」
「ほう、ドワーフ? ……へえ、その背中のアーム、油圧じゃなくて魔力駆動か。面白い構造してやがる」
リュウがポポロの装備を覗き込むと、ポポロもまたリュウの持つ工具(タロウ国製のハイテクレンチ)に目を輝かせた。
「お主……いい工具を使ってるでありんすね。それにその手……『鉄』を知ってる手でありんす」
「ハンッ、生意気な嬢ちゃんだ。俺の整備についてこれるかな?」
職人と天才。
二人の間にバチバチと火花が散ったが、それは敵対ではなく、互いの技量を認め合う共鳴だった。
こうして、青田マンションの地下に、世界最先端(かつ危険な)発明工房が誕生した。
ポポロ・ギア。
彼女の発明品が、今後マンションにさらなる騒動と、劇的な生活向上をもたらすことになる。
「……とりあえず、ドアの修理代は給料から引いておくからな」
優也の呟きは、ポポロがポテチを貪る音にかき消された。




