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第9話 光粒

穏やかに瞬く光の珠。


中にコトヒラとリュールがいるはずのテントの周囲に、西瓜すいかほどの大きさの光が幾つも浮かんでいた。それはテントを囲うように漂い、辺りを照らしている。


あの光は、リュールの身体の周りに浮いていたものか。しかし、昼間見たときよりも一つ一つが大きくなっている。


光の珠はテントの周りから動くことはなく、蛍のように穏やかに明滅している。


蛇共はテントを凝視し、俺は蛇共を睨みつけていた。お互いどれくらいの時間止まっていただろうか。

長く感じたが、実際には数秒ほどだったのかもしれない。


あれほど殺意を漲らせていた蛇の魔物が、完全に戦意を喪失している。

突然、止まっていた蛇の大群が動き出し、一斉に来た道を引き返していった。


危険が去り、肩で息をしながら剣太刀つるぎたちを見る。月に照らされて鮮やかに、静かに輝いている。

刀身の腹に焦げたような跡が二つある。俺の体にも複数の焦げた跡。

多少被害はあったが、なんとか凌げたか…


テントに近づき、入り口の布を静かに開けると、コトヒラと目が合った。


「景次さん、ご無事でしたか」


「ああ、なんとかな」

リュールの方を見る。静かにくるると喉を鳴らしながら俺を見返してくる。


「リュール、お前が蛇の群れを追い払ってくれたんだな。ありがとう」

俺が声をかけるとリュールは小さく丸まって目をつぶった。少し消耗しているようだ。


先ほど見た西瓜ほどの大きさの光の珠は、恐らくリュールの周囲に浮遊している光の粒が膨張したものだったのだろう。しかし今は小石ほどの大きさに戻っている。

いずれにせよ助かった。


コトヒラがテントから出て周囲の状況を確認する。

「蛇の魔物でしたか。……景次さん、ケガをしているようですね。大丈夫ですか」


月明りに照らされて俺が負傷していることに気が付いたようだ。


「ああ、大丈夫だ。いくつか皮膚を焼かれたが、それほど深くはない。それに…」

倒した三匹の蛇の死体に近づき、龍素を吸収する。残された黒いモヤが空に登って消えていく。

「こうして龍素を吸収しておけば治癒力も上がるはずだ」


「そうですか。ならいいのですが、ご無理をなさらないでください」


「それにしても、蛇共が飛ばしてきた赤い糸のような物。かなり危険だった」


「赤い糸、ですか」

俺はコトヒラに蛇の魔物が使ってきた奇妙な赤い光について話した。


「なるほど、それは恐らく〈術〉の類だと思います。以前私が使った氷の術を覚えていますか? あれと原理は同じものです」


「魔物も術を使うのか」


「はい、知能の高い魔物は術も使いますし、言葉を話すものもいます。景次さんが対峙した蛇の魔物が使ってきたのは恐らく火術の一種だと考えられます」

コトヒラが地面の焼け跡を確認しながらつぶやいた。


「あれが火の術? 赤く細い糸のような物が一瞬しか見えなかったが」


「推測ですが、通常の火術を限りなく細くして、範囲を狭めることで一発の威力を高めているのだと思います。いずれにせよ高度な技術です」


それほど高度な技を使う魔物が群れで押し寄せて来ていたのか……

リュールの光がなければ全滅していたかもしれん。


その後、俺とコトヒラ二人で見張りをした。魔物が去ったとはいえ油断ならないと判断したからだ。


しかし、俺は気が緩んでしまったのか、近くの石を枕にして眠り込んでしまった。


◇◇◇


眩しさで目が覚めた。


「しまった! コトヒラ大丈夫か」

飛び起き、辺りを見回した。


「景次さん、おはようございます」


コトヒラは焚火の火を熾し、リンゴを焼いていた。木の枝をリンゴに刺し、火でまんべんなく炙っている。甘く香ばしい匂いが漂ってくる。


「焼きリンゴか……美味そうだ。いや、それよりもなぜ起こさなかった、魔物は?」


「かなりお疲れの様子でしたので起こさないでおきました。幸い、あの後は魔物の襲撃もありませんでしたので」

コトヒラの隣でリュールが大人しく待っている。まだ少し元気がなさそうだ。


「そうか、ならいいが」


「それに、私の方こそ申し訳ありません、景次さんにばかり戦闘を任せてしまって」申し訳なさそうにつぶやいた。


「気にしなくていい。俺の判断が遅かったせいもある。蛇の魔物が尻尾を鳴らした段階でコトヒラとリュールを連れて逃げるべきだった」


◇◇◇


俺は一旦茂みの方で用を足し、川で手と顔を洗って朝食を頂くことにした。


コトヒラが、俺とリュールの前に朝食を並べてくれた。


合掌し――「いただきます」

焼きリンゴをかじる。炙ることで香りがより強くなり、濃縮された蜜がとろける。朝から贅沢だ。


リュールも俺の真似をするように、果物の前で目を瞑り、小さな手で合掌し、一礼してから食べ始める。こいつ、偉いな。


リュールが食べているのは焼いた梨だった。これも美味そうだな……


「そういえば、お怪我の方はいかかですか」


「え? あ、そうだな」

忘れていた。俺もそれなりに怪我をしていたんだった。

シャツをめくり、昨夜赤い光に打たれた個所を確認する。被弾した部分に黒く焦げた皮膚が付着していたが、手で払うとぱらぱらと落ちていき、中から真新しい皮膚が顔を出した。


被弾した箇所すべてが同じように治癒している。龍素吸収によって、治癒力が強化されたためだろう。

「どうやら全部治っているみたいだ。心配ない」


「たった数時間眠っただけで治ったのですか。驚異的な回復力ですね」


そこで、剣太刀も赤い光を受けたことを思い出し、鞘から抜いて刀身を確認する。

しかし、異常はなかった。蛇の魔物が放った赤い光を反射させるため、剣太刀の腹で受けた個所が、黒く焦げてすらいない。まるで研ぎあがったばかりのように美しく輝いている。


「こいつの傷も直っている、どういうことだ」

この剣太刀も龍素の影響を受けるのだろうか。持ち主の俺と連動して。


何気なくリュールと剣太刀を交互に見る。

まだ分からないことが多くあるが、とりあえずの危機は去った。


コトヒラが火を見つめながら口を開いた。

「私と旅をしているときのリュール様は、鞄の中でじっとしているばかりでした。ですが景次さんと出会ってからは、少しずつ変わってきたように感じます。きっと景次さんのおかげです。ありがとうございます」


この青年はずいぶんと謙虚だな。半ば卑屈になっているようにも思える。何が彼をそうさせるのか。

俺は否定も肯定もせず、黙って聞いていた。


空を見上げると、雲は少しあるが天気は良く、心地よい風が吹いている。昨夜の殺伐とした空気が嘘のようだ。


足元に目をやると、俺は未だに裸足だったことに気がついた。どこかで履物を手に入れる必要がある。


「ここから目的の町まであとどれくらいだ?」


「順調に進んできましたので、昼過ぎには到着するかと思います」

コトヒラは太陽の位置を確認しながら答えた。


「ところで、今から行く町は安全なのか? コトヒラとリュールを追っていた奴らが待ち構えている可能性は」


「奴らが待ち構えている、もしくは追ってくる心配がないとは言い切れませんが、恐らくは大丈夫だと思います」


「町に魔物が入れないよう、結界でも張ってあるのか」


「はい、厳密に言えば結界ではないですが、それに近いものが町の周囲に配置されているはずです」


「結界に近いモノ…」


「町の四方に小さな灯台のようなものがありまして、そこに太古の昔から輝き続ける光の玉が安置されているそうです。魔物はその光に近づくと、まるで戦意を喪失したようになって、暴れることなく去っていくらしいです」


「そうらしい、ということはコトヒラも直接見たことはないのか?」


「はい、遠くから光を見たことは何度もありますが、光の玉自体は直接見たことはありません。恐らく町の人たちのほとんどがそうだと思います」


魔物が戦意を喪失する光か……


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