第8話 夜襲
「リュールという名前、気に入ったようだな」
剣太刀に巻き付いているリュールをよく見ると、体の周囲に光の粒のようなものがいくつも浮いているように見える。
「なんか、小さな光が見えるな」
「光? あ…本当ですね、リュール様の周りに光の粒のようなものが幾つも浮いています。何でしょうか」
この光はさっきまでは無かったはず。名前を付けられたことで、身体に何か変化があったのだろうか。
白っぽく光る小石ほどの粒がリュールの周囲に発生しては、数秒ほどで小さくパチッと消える。そしてまた現れる。何とも言えない、不思議な綺麗さだ。
「コトヒラも初めて見るのか?」
「はい、しばらく一緒に過ごしてきましたが、この光の粒は初めて見ました」
「見た目が少し変わったみたいだが、それ以外とくに異常はなさそうだな」
リュールは穏やかな顔をしている。大丈夫だろう。
「そろそろ日も落ちる、適当に野宿するか」
「簡易なテントがありますが、景次さん、使いますか?」
「いや、俺は必要ない。龍素を吸収したおかげなのか、皮膚が強くなった。だから夜の寒さも大丈夫だ」
「そうですか。しかし交代で見張りをする必要があるので、やはり景次さんも使ってください」
「あ…そうか、見張りの必要があるのか」
俺は未だに自分の世界の常識から抜け出せていないことを自覚した。そうだ、この世界は魔物が出る。寝ている所を襲われる可能性もあるのだ。
「火を絶やさないようにしていれば、弱い魔物は近づいてきませんが、強く知能の高い魔物は関係なく襲ってきます」
「そうか、じゃあコトヒラが先に休んでくれ。その間は俺が見張りをする」
「わかりました。では二時間ごとに交代しましょう。さ、リュール様も一緒に寝ましょう」
「ルゥゥ…」
コトヒラとリュールが簡易的なテントに入り、休息をとり始めた。俺はというと、リンゴの頭の部分から出ている軸を使って歯磨きをする。
この軸、かなりしっかりとしていて、強めに押してもなかなか折れない。この軸の先端部分を岩に擦り付けてブラシのような状態にし、川の水で口をすすぎながら歯と歯茎をブラッシングする。
何か来る――
ふ、と川の対岸を見る。微かな月明かりの中、黒い影が三つ動いているのが見えた。今までの俺ならば見えなかったであろう薄暗い中でも見えている。これも、龍素による身体強化のお陰だろうか。
黒い影が川に侵入し、泳いでこちらに近づいてくる。
細長い胴体、体をくねらせる動き、恐らくは蛇。しかし普通の蛇ではなく、魔物だろう。ここまで来る道中に見かけた他の動物たちとは違う禍々しさがある。
三角形の隊列を組んで静かに進む様子は、ただ単に人間を見かけたから襲うというのではなく、何か一つの意志を持って行動しているように思えた。
コトヒラ達に伝えるべきか。しかし外に出ると余計に危険か。
赤く光る眼。蛇の顔がはっきり見える距離まで迫ってきた。
立ち上がり、剣太刀を抜刀する。
蛇の魔物。身体が細く、恐らくは素早く飛び掛かってくる。突きは当て辛いか。
ならば――
左足を前に出し半身になり。剣太刀の鍔が右のこめかみ辺りに来るように柄を持ち、剣先を垂直より少しだけ後方に傾ける。
八相の構え。これであれば、どの方向から飛び掛かってこられても袈裟に斬り伏せることができる。
蛇の魔物が、目前に迫る。
俺は呼吸を整え、気配を薄くする。
今まさに飛び掛かろうとしていた三匹の蛇の魔物共は、俺の構えを見た瞬間動きを止めた。そして少し後ろに下がり、俺を取り囲むようにじわじわと移動を開始した。
こいつら、やはり知能が高い。俺の体勢、構えを見たうえで対処を変えてきた。
囲まれるのはまずい、多少無理にでも斬り倒し、数を減らさねば。
八相の構えのまま、素早く距離を詰める。
一旦俺から離れようとしていた正面の一匹。腰を落とし、踏み込んで袈裟に斬る。
金属同士がぶつかる様な鈍い音がして、蛇の尻尾が千切れて飛んだ。
俺の斬撃を避けられないと悟った蛇が、尻尾で受けとめ、致命傷を免れたのだ。
間髪入れず、そのまま蛇の首めがけて横一線に斬――
瞬間、背中に怖気を感じ、後ろに飛ぶ。
飛びながら、俺が立っていた地面が一瞬赤く光ったのが見えた。
止まると危険だと判断し、俺は円を描くように走り続ける。
走りながら赤く光った地面を見る。小さく焼け焦げ、煙が上がっている。
尻尾を斬り飛ばした一匹と後の二匹、俺を追いながらも一定の距離を開け、取り囲もうとしている。まだ無傷の二匹、その頭が一瞬小さく赤く光った。
背中が粟立つ感覚、横に飛ぶ。
地面が赤く光る。今度は二つ。
直前に、赤い糸のようなものが一瞬だけ目の端に見えた。
弾道がはっきり見えない。動き回るしかない。しかしどうする。
蛇の頭が赤く光った直後、地面が焼け焦げる。直感だけで避けるのは限界がある。
「あの赤い糸、あれがもし光なら反射できるか」
俺は意を決し、蛇に向かって走る。
蛇共は一瞬たじろいだが、すぐに鎌首をもたげ俺を見た。
赤い光が、来る――
剣太刀を眼前に水平に置き、左手を剣先に添え、刀身の腹を蛇共の頭に向ける。
二匹の蛇の頭が赤く光る。
刀身から、ジリッと音がした。
次の瞬間、俺の正面右側にいた蛇の頭が弾け飛んだ。
左側の蛇は無傷で、すぐそばの地面が焼け焦げている。
一匹しか仕留められなかったが、いずれにせよこれで二対一。最初に尻尾を潰した蛇は赤い光を撃ってこない。恐らく尾が赤い糸を放つために必要だものだったのだろう。
残った二匹の蛇の魔物は俺から距離を開け、動きを止めた。
赤い光には対処できる。倒せる。
そう思ったとき、音が響いた。
嫌な音……、首筋がざりざりする。まるで錆びた薄い鉄板をこすり合わせているような不快な音。これは、どこで鳴っている。
音の発生源、それは蛇だった。残った二匹のうち一匹が尻尾を小刻みに動かし、音を鳴らしている。
嫌な予感がする。
ざぁ――
黒い波が、川の向こうからやってくる。いくつもいくつもやってくる。
うねりながら土をこする音が、数十、数百と近づいてくる。
蛇の魔物、その大群がやってきた。
冷たい針で全身を刺されたかのような戦慄が走る。
踏み込み、尻尾を鳴らしていた蛇の頭を斬り飛ばす。地面に落ちた蛇の顔を見る。
嗤ってやがる。
蛇の大群は川を渡り、目前まで迫った。早い、囲まれている。
これは逃げきれん。ここは一匹でも多く斬り、なんとかコトヒラとリュールを逃がす。それしかない。
俺は剣太刀を振るい、最初に尻尾を潰した蛇の首を飛ばす。新手の蛇共が赤い光を放ってくる、数が多い、捌ききれない。
腕や腹、足に被弾する。服が破れ、皮膚が焼ける。
俺は踵を返し、テントに向かおうとした――
そこでまた、音が響いた。
先ほどの嫌な音ではなく。とても澄んだ音。
竹が音を響かせる、鹿威しのような音色。その音は、一瞬で消えることなく長く長く余韻が続いている。
決死の状況にもかかわらず、思わず聞き入ってしまうほど美しい音だった。
蛇の魔物の大群が動きを止めた。
全ての蛇が同じ方向を見たまま微動だにしない。
俺も蛇共と同じ方向を見る。
そこに、光があった。




