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第7話 命鳴

果物を抱え、薪を拾いつつ森を抜ける。

「コトヒラ、果物が手に入ったぞ」


「おかえりなさ……、その傷!どうしたんですか」

コトヒラが目を見開き、声を張る。


「ああ、これはな。少し、狐に化かされたんだ。大したことはない」

俺は河原の岩の上に荷物を置き、ことの経緯をコトヒラに話した。


◇◇◇


「そうでしたか……。恐らく、その白い狐は邪素に呑まれてしまったのでしょう」


「邪素?」

川の水で洗ったシャツを、焚火で乾かしながら聞き返した。


「はい、景次さんが黒い粒子と呼んでいるものです。魔物を倒し、初めて灰色の粒子を体内に取り込んだ直後身体に異常をきたし、黒い粒子のみを身体から追い出すことで事なきを得たと仰っていましたよね」


「そうだ。体中が内と外から張り裂けてしまいそうな苦痛に襲われた。そして害をもたらしているモノだけを追い出す様をイメージすると身体から黒い粒子が出ていった」


「その黒い粒子こそが邪素。龍素と対になるものです」


焚火のゆれる炎を見ていると、この世界の深淵をのぞいているような気分になる。

陽はまだ沈み切らず、西日が炎を照らしている。

炎は明るい、しかし炎自体には影がない。


龍素と邪素の話を聞いていると、なぜか炎から目が離せなくなった……


「景次さん」

名前を呼ばれて我に返る。


「あ、すまん。それで?」


「通常、邪素に呑まれてしまうと細胞レベルで変化が起こり、やがて完全に魔物になってしまいますが、今回景次さんが出会った狐は少し違ったようです」

コトヒラは小型のナイフで、器用に果物の皮を剥きながら話し続ける。


「違うと言うと」


「邪素を体内に取り込んでしまっても、抗うことで魔物になることは回避できますが、細胞が耐え切れずに崩壊してしまいます」


「だから身体が溶けていたのか。あれは、邪素に抵抗した証だったか」


「推測になりますが、その二頭の狐の片割れは、何かの拍子に邪素を体内に取り込んだのでしょう。けれど、微かに残っていた自我が抵抗し、完全には邪素に吞まれなかった」


「それで、俺に助けを求めるためにあの場所に導いたというわけか…」

剣太刀に巻き付けた太刀紐に触れる。あの白狐の毛並みのように美しい白紐が、今は西日に照らされ淡い朱色に輝いている。


「それでは魚を焼いていきますね」

コトヒラが木の枝に刺した魚を焚火で焼き始めた。すぐに食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。


焼き魚の香ばしい香りが強くなるにつれ、コトヒラの鞄の中にいるであろう何らかの生物の動きが激しくなってきた。


ゴソゴソと悶えながら「クルルゥ…」と鳴いている。我慢が限界にきている様子だ。


コトヒラが、焼きあがった魚を大きめの葉っぱの上に並べ始めたところで、俺の方から切り出してみた。もう無視できないところまで来ている。


「なぁ、コトヒラ。もうそろそろ話してくれないか。その、鞄の中にいる――」


言い終わらないうちにコトヒラが勢いよく立ち上がり、俺の目を見た。何か決意したような、観念したような顔をしている。


それから少し大きな岩の上に鞄を置き、ゆっくりと蓋を外す。


――瑠璃が見えた。

蓋が開けられた鞄の奥から美しい瑠璃の珠が二つ、俺を見つめている。

そして少しずつ、鞄の中から出てきたそれは、一見すると小さな鰻に見えた。


しかしよく見ると鰻とは決定的に違った。

全身を覆う鱗、その一枚一枚が西日を受けて七色に輝く。


そしてその顔つきは幼くも凛々しく、頭部から二本の角が生えていた。これはまさしく『龍』。

伝説の、空想上の生物が目の前にいる。


幼い龍は俺を真っ直ぐ射貫くように見つめる。しかし、敵意も警戒心も感じない。

幼い龍と見つめ合うと、なぜか心地よい切なさが胸を締め付けた。


コトヒラが焼けた魚を果物の葉っぱにのせ、龍の前に置く。

魚の頭の先から尻尾まで匂いを嗅いだ後、龍は魚を食べ始めた。


俺は黙って近づき、コトヒラにリンゴを渡す。


「景次さん、黙っていてすみませんでした」

コトヒラがリンゴを受け取りながら、覚悟を決めたような顔で俺の顔を見る。


「いや、鞄の中に何か生き物がいるんだろうなと気づいてはいたんだが、でもまさか、龍が出てくるとは」

それにしてもこの小さな龍、感情が読めない。俺に対して無関心というわけでもないようだが。


「景次さんが龍訊りゅうじんの使い手であることを考えれば、もっと早く伝えるべきだったのかもしれません」

コトヒラはリンゴを龍の前に置く。自分より先に龍に食べてもらうようだ。


「龍訊の能力と何か関係があるのか?」


「はい、龍訊を使えるということは、景次さんが龍族の恩恵を受け、そして強い繋がりがあるということを示しています」


龍がリンゴにもかじりつく。少し表情が動いた。どうやら魚より気に入ったようだ。龍素が含まれているからだろうか。


「しかし、なぜ俺と龍に繋がりがあるんだ」


「それは…、私にもわかりません。景次さんは以前、自室で料理をしていたら不思議な光を見て、気がついたら川のそばに倒れていたと言っていましたが、それ以外に何か覚えていませんか?」

遠慮がちに、探るような眼で尋ねてきた。


「そういえば。この世界に来る直前に、誰かと会った。大きな、とてつもなく大きな存在だった…」

龍が顔を上げ、俺の方を見た。瑠璃色の珠が二つ、陽の光を反射して静かに煌めく。


「その大きな存在と何か話しましたか?」


「ああ、目、耳、鼻。どれがいいかと訊かれた。耳と答えた」


「そうですか。これまでの経緯を説明してくださり、ありがとうございます。私の持つ知識では全ては理解できませんが、恐らく景次さんは『呼ばれた』のだと思います」

コトヒラは剣太刀と俺を交互にを見つめ、確信したように言った。


「呼ばれた? 誰に」


「私よりも詳しく説明できる人物がいます。その人であれば、景次さんがこの世界に来たこと、変化する謎の鉄鉱石のことも説明してくれると思います。しかしかなり遠方なので、ここからだと歩いて数か月はかかります」


「その人物は何者なんだ? 信用できるのか」


「信用は、できると思います。私がいた集落の……、遠縁にあたる集落の長老ですので」

コトヒラは、自分の住んでいた場所の話をするとき、辛そうな顔をしていた。出会ってから今でもフードを目深に被り、自分のことを多くは語らない。


龍に目をやると、魚とリンゴを食べ終え、岩の上でとぐろを巻いている。

先ほどより表情が穏やかだ。腹が満たされ、狭い鞄から解放されたからだろうか。


そういえば話に夢中で俺たちはまだ食べていなかった。

「コトヒラ、とりあえず食おうか。話はまた後にしよう」


「はい、食べましょう」


◇◇◇


合掌して――

「いただきます」


食べ始めると、コトヒラが不思議そうな顔で俺を見ている。


「どうした? 食べないのか」


「いえ、あの先ほど両手を合わせて何か言っていましたが、あれはなんですか?」


「ああ、あれは俺の生まれた国の習慣みたいなもので。食事の前に食材や作ってくれた人に感謝を示すためにやるんだ」

そう話す俺のことを小型龍がじっと見ている。意味が通じているのか。


「それは良い習慣ですね。私もやってみます」

コトヒラは俺と同じように合掌し、いただきますと言って食べ始めた。


魚と果物、組み合わせとしてはイマイチかと思ったが、意外と満足した。

魚は川魚とは思えないほど脂がのっており、香ばしい皮とジューシーな身が美味かった。

果物も味が濃くて甘い。かといってくどくなく、あっさりしたものが多い。


食べて龍素を感じるかとコトヒラに聞いてみたが、よくわからない、と返された。

なぜ俺は食べ物に含まれる龍素を感じることができるのか。龍素を吸収できる体質だからなのか。しかし、龍素を感じなくてもその恩恵は受けられる気がする。


「コトヒラ、果物を食べたあと体調はどうだ?」


「そういえばなんだか身体の中に活力が湧いてくる感覚があります。少しですが」

やはり龍素を感じなくても、食べることで身体に良い作用があるようだ。


「……ルゥゥ」

小型龍が小さく鳴き、起き上がってするすると移動して、岩に立て掛けておいた俺の剣太刀つるぎたちにくるくると巻き付いた。猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしている。安心しているのだろうか。

剣太刀に巻き付いた小型龍の姿は、まるで不動明王が持つ俱利伽羅剣のようだ。


「コトヒラ、そういえばこの子の名前はなんて言うんだ?」


「実は、このお方の名前は私も聞かされていないのです」


「そうなのか……。これまでのコトヒラの行動を見ていると、この小型龍は身を挺して守らなければならない存在、しかし、名前は聞かされていない。ということか」


「おっしゃる通りです」


コトヒラがこの小型龍を守ろうとするのは、住んでいた集落や生まれに深く関わるからなのかもしれないな。だとすると今はあまり詮索しないほうがいいだろう。

しかし龍の名前がわからないなら何と呼んだらいいか。


「名前を決めようか」


「え、名前を付けるのですか」


「ああ、これからしばらく行動を共にするかもしれないからな。呼び名があった方がいい」

俺は幼い龍を見つめながら名前を考える。

龍も俺を瑠璃色るりいろの双眸で見つめながら、くるる、と喉を鳴らしている。


瑠璃色……龍……。龍と瑠璃……


「景次さん、名前を付けるのはいいのですが、こちらは高貴なお方なので、そのあたりを考慮し――」

「よし。この子は瑠璃色の瞳をしているから、そこからとって『リュール』としよう。龍と瑠璃で、『リュール』だ」


名を決めた瞬間、幼い龍が目を見開き、俺を見つめる。その瑠璃色の瞳を見ていると、なぜかあの火球を思い出した。


「……あの、こちらは高貴なお方ですので、もうちょっとこう、なんというか凛々しくて強そうな……」


「クルルゥー」

リュールと名付けた幼い龍が、空を仰いで小さく鳴いた。

それはまるで、命そのものが、歓喜の雄叫びを上げているようだった。




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