9 偽りの午後の茶会
白磁のティーカップに、淡い琥珀色の紅茶が注がれる。
魔導炉の低い唸りが遠くから響き、庭園の薔薇が静かに揺れていた。
――なぜ、エミリアがいるの?
婚約者との定例茶会。
ロイド・レオニードの隣に座っていたのは、妹のエミリアだった。
リディアは訝しげに正面に腰を下ろしたが、ロイドは一度も彼女と目を合わせようとしない。
エミリアはニッコリと笑みを浮かべ、淡い紅を引いた唇を弧にした。
「なぜですって? ロイド様とお話したかったからですわ」
「……何も、このお茶会に来なくてもいいじゃない」
メイドが静かに紅茶を注ぎ足す。
香り立つ茶葉の芳香さえ、今のリディアには不愉快だった。
風が通り抜け、庭の薔薇がさらりと揺れる。
そのたび、エミリアの金の巻き髪が胸元で光を弾いた。
「ロイド様は、どう思ってらして?」
妹が小首をかしげて問えば、ロイドはその瞳を細め、穏やかに微笑む。
「私は、エミリアにいてもらって構わないよ」
その一言に、リディアの眉がわずかに動く。
「エミリア、あなた……そんなはしたないことをする娘ではなかったでしょう?」
「はしたない? 何をおっしゃるの、お姉様」
「まぁ、いいじゃないか。お茶をいただこう」
ロイドに促され、リディアは渋々カップを持ち上げた。
三人の間を、蒸気を含んだ風が通り過ぎる。
銀のカトラリーがかすかに揺れ、微かな金属音を立てた。
誰も茶菓子に手を伸ばそうとしない。
居心地の悪い沈黙だけが、ゆっくりと流れていく。
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「お姉様は……私が邪魔なのね」
不意にエミリアがこぼした言葉に、リディアは目を見開く。
「そんな言い方してないじゃない」
「いっそ、お姉様が退席してくださってもいいのよ」
「……え?」
お揃いの青い瞳――だが、エミリアの瞳にはわずかな愉悦が滲んでいた。
その美しい顔が、リディアにはひどく遠く、恐ろしく見えた。
「そうだね。リディア、私はエミリアと過ごしたい。申し訳ないが、退席してもらえるかな」
いつもと変わらぬ穏やかな声。
けれど信じられない言葉が、静かにその口からこぼれた。
「……ロイド様まで……」
リディアの唇が震える。
俯き、目を強く閉じる。
椅子を引く音が、やけに大きく響いた。
「失礼しますわ」
そう言って、リディアは早足でその場を去った。
紅茶の香りだけが、あとに残った。
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ロイドとエミリアは、静かにその背を見送る。
「……こんな意地の悪い方法でしか、彼女を解放できないのか」
ロイドの声は低く掠れ、震えていた。
銀灰の髪が風に揺れ、光を鈍く弾く。
「お姉様にだって貴族の矜持があります。
素直に婚約解消をお願いしても、応じるはずがありませんわ。
ご自分の心に正直になっていただくためにも、私たちは――悪役を演じる必要があるのです」
ロイドは深い瞳で、エミリアを見つめた。
「君にまで、こんな役回りをさせてしまって……私は情けない」
彼は静かに頭を下げる。銀灰の髪が肩に流れ落ちた。
「謝らないでくださいませ。私が選んだ道です」
「……これで、いいんだよな」
「そうです。これでいいのです」
二人は同時に、庭園の空を仰いだ。
遠くを飛ぶ飛行船が、細く長い煙の尾を引いていく。
それはまるで、誰かの夢が遠ざかっていくかのように見えた。




