7 煙の中の舞踏会
シャンデリアの眩い光が、大理石の床に反射する。
天井には真鍮と水晶を組み合わせた巨大な照明装置――
魔導蒸気を循環させて淡く光を放つ〈エーテル・ルミナリエ〉が吊られていた。
会場の壁には圧縮蒸気を送り出す細い銅管が這い、時折、低い唸りとともに噴出口から白い霧が立ちのぼる。
金属のきらめきと香油の甘い匂いが混じり合い、舞踏会場はまるで、機械仕掛けの花園のようだった。
リディアの婚約者であるはずのロイド・レオニードは、その機械仕掛けの光の中、妹エミリア・カーヴェルの手を引いて現れた。
瞬く間に、ざわめきが広がる。
先に入っていたリディアは目を見開いた。
「え……どうして?」
彼女のもとには、「本日はエスコートできない」と書かれたロイドの手紙が、確かに届いていた。
リディアの友人たちも戸惑いの表情を隠せない。
「どういうことですの?」
「なぜエミリア様が……?」
エミリアは姉を見つけると、ロイドの腕に自らの腕を絡め、優雅に歩み寄ってきた。
「あら、お姉様。こちらにいらしたのね」
「……エミリア。なぜロイド様と?」
エミリアとロイドは視線を合わせ、互いに穏やかに微笑み合う。
妹の髪に挿された海の色の髪飾りが、しゃらりと音を立てた。
「なぜって……ロイド様が、私といる方が楽しいっておっしゃってくださったの」
リディアの顔から血の気が引いていく。
「エミリア、あちらへ行こう」
「ええ、ロイド様」
エミリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、
「それではお姉様、ごきげんよう」と囁いてから、ロイドとともに踵を返した。
リディアの周囲では、友人たちが口々にささやく。
「何よ、あれ」
「ロイド様も、あんな方だったなんて……」
だがリディアの耳には、何一つ届かなかった。
ただ、世界の音が遠ざかっていくように感じた。
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グラスを片手に、リディアは一人バルコニーへ出た。
夜空には月がぽっかりと浮かび、その周りを灰色の煙がゆらめいている。
遠くでは、夜間飛行の飛行船が橙の灯りを点滅させながら空を横切っていた。
「また退屈そうにしてる」
その声に振り返ると、ルカ・アストレインが欄干に肘をついて立っていた。
今夜の彼は飛行服ではなく、黒の燕尾服に蒸気仕掛けの懐中時計を提げている。
それでも、貴族らしい気取りはどこにもなかった。
「アストレイン様……」
「こそばゆいな。ルカでいい」
夜風が吹き抜け、彼の金褐色の髪を揺らす。
その姿は、人工灯の光に染まった空の中でも不思議と自然だった。
「……先日の《スカーレット・ウィング》は、生きているみたいで本当に美しかったわ」
「そうだろう? あの子は気分屋なんだ。
俺が怒ってると、すぐにエンジンが拗ねる」
「ふふ……そうなのですか」
ルカの蒼の瞳がリディアを見て、にやりと笑う。
「気取らなくていい。俺の前では素直に話せ。俺は貴族じゃない」
「……」
「君がじゃじゃ馬でも、俺は気にしない」
「じゃじゃ馬って……!」
リディアが頬を赤らめると、ルカは楽しそうに笑い声を上げた。
「見ろよ。飛行船が飛んでる」
彼が夜空を指さす。
「推進比当てゲームをしよう」
「……正解を誰も知らないじゃない」
「俺が言う数字が正解だ」
「何それ、めちゃくちゃじゃない」
「あっははは!」
二人の笑い声が、蒸気の浮かぶ夜空に溶けていった。




