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4 スカーレット・ウィング、夜会に舞う

 群青の空に、一筋の紅の軌跡。

 真紅の魔導飛行機スカーレット・ウィングが鋭く雲を割く。

 王都エルメリアの上空を旋回するたび、翼の縁に組み込まれた魔導結晶の光導線が淡く青白く光り、空に光の筋を残した。


 国際飛行展覧会の夜。

 パーティー会場の外庭へ、紅の機体が滑り込むように着陸すると、観客たちの拍手が爆ぜるように響いた。


 コクピットから颯爽と降り立った青年は、ゴーグルとヘルメットを外し、仰々しく一礼する。

 金褐色の髪が夜風に揺れ、陽に焼けた肌と蒼の瞳がギャラリーを見渡した。

 薄茶色の飛行服は華やかな場に似つかわしくないが、それでもルカ・アストレインは、誰よりも眩しかった。


 エミリアの隣でリディアの息が小さく漏れる。

 その瞳は、まっすぐにルカを見つめ、憧れの光を宿していた。


 エミリアは姉の横顔に頬を緩めかけたが、ふと、リディアの向こう側に立つロイドの表情に気づく。


 ――寂しげに、それでいて愛おしげに、姉を見つめていた。


 エミリアのその視線に気づいたロイドはすぐにいつもの穏やかな顔へ戻り、エミリアに柔らかく微笑む。

 エミリアも軽く会釈を返し、視線を逸らした。


 ――あの聡明なロイド様が、お姉ちゃんの心に気づかないはずがない。

 いったい、どうするつもりなのかしら。


 もう一度横目で盗み見ると、彼はすでに会場の方へ向き直り、他の貴族たちと同じように拍手を送っていた。

 その感情は、もう読み取れない。



---


 ルカ・アストレインの祖国、エストリア共和国は魔導飛行機研究の最先端国家だ。

 彼自身は通称“蒼の翼”。

 天賦の操縦技術と独自の魔導理論で知られ、国公認の自由契約パイロットとして、どの国からも招聘される“空の請負人”。

 若くして〈エストリア飛行院〉の特別顧問に名を連ねる男である。


 この世界の飛行機は羽ばたくのではなく、魔導タービンによって浮力を得て飛ぶ。

 魔導結晶は高価なため、一般人の足はまだ気球型飛行船だが、“魔導飛行機”は技術者と貴族の夢――空への憧れの象徴だった。


 リディアもまた、その夢に取り憑かれた者のひとり。

 彼女にとってルカ・アストレインは、遠い憧れの頂点にいる存在だった。


 エミリアは何も言わず、周囲に合わせて静かに手を叩いた。



---


 機体の前に立つルカのもとへ、貴族たちが押し寄せた。

 彼は爽やかな笑みを浮かべ、ひとつひとつの質問に軽やかに答えていく。


 会場の隅では老将が「また東の国境で揉めているらしい」とぼやき、若者たちは「遠い話だ」と笑い飛ばしている。

 戦争の気配が、ほんのかすかに風の中に混ざっていた。


 エミリアは無言で、姉とともに人混みを進む。

 ルカの周囲は男たちばかり。

 リディアもさすがに躊躇している様子だった。


「お姉様、もう少し近くで見ましょう」

「……でも」

「いいから」


 エミリアが姉の腕を引いて輪のそばへ連れていくと、誰かが「推進比は?」と声を上げた。


「五・七くらいじゃないかしら……」


 思わず口にしたリディアの声が、思いのほか響き、人々の視線が一斉に彼女へ向く。

 リディアは慌てて口を手で押さえた。


 輪の中心にいたルカが、にやりと笑い、「おいで」と手招きをする。

 エミリアが背を押すと、リディアは一歩前に出て、二人そろってカーテシーをした。


「お嬢さん、ほとんど正解だ。計算上は五・八。

 でも実際はもう少し低い。君の言うとおりだ。

 ……すごいな、君、本当に貴族令嬢かい?」

「まぁ……ふふっ」


 リディアが照れて笑い、その後ろでエミリアは静かに見守る。


「君、俺に何か聞いてみたいことは?」

「あの……空でこの赤は、目立つのではありませんか?」


 ルカは目を細め、白い歯を見せて笑った。


「目立つさ。とびきりな。

 でも、それでいい。

 戦場ではみんな俺を狙う。

 だからこそ、他のパイロットは安全に飛べる。

 そして、家族のもとへ帰れるんだ。

 ――この赤は、覚悟と誇りの色だ。

 そのために、この《スカーレット・ウィング》は奇跡みたいな速さで飛ばなきゃならない」


 リディアの瞳が、いっそう輝きを増す。


「君も、空を愛する仲間なのかな?」


 ルカが手を差し出す。

 おずおずと差し出されたリディアの手を、彼は力強く握りしめた。


 その笑み――覚悟と誇りと、確かな自信に満ちた微笑みは、飛行機に興味のないエミリアでさえ、思わず息をのむほど眩しかった。


 やがてルカが他の貴族に呼ばれ、視線を離す。

 リディアは握られた手を胸の前に抱き、嬉しそうに微笑んでいた。


 エミリアは、複雑な思いを抱えたまま、その横顔を見つめた。

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