表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/15

2 歯車とお姉ちゃん

「おい! クソガキ!」

「なんだよ、親方!」


 後頭部でひとつにまとめた金の髪を揺らして振り返ったのは、リディア・カーヴェル。

 煤まみれのグレーのつなぎに、黒く汚れた革手袋。手には魔導ドライバー。

 けれど、見た目に反して彼女はれっきとした子爵令嬢である。


 その大きな青い瞳が捉えるのは、背後に立つずんぐりむっくりの男――

 王都下町の蒸気工房〈ヘイゼン整備工房〉主任技師、グレゴール・ヘイゼンだ。


「ネジ穴潰すな、このバカ!」

「見てよ、潰れてないって。ちょっと強く締めすぎただけ!」

「それがダメだっつってんだ! ネジは男心より繊細なんだぞ!」

「何そのセンスのない例え!」


 機械を抱えたまま笑うリディアに、グレゴールは舌打ちしながらも口元を緩めた。


「おーい、リディア。妹さん来てるぞ!」

「え!? エミリアが?」


 リディアが顔を上げると、グレゴールは「早く行け」と手を振り、別の作業場へ。

 リディアは慌てて煤だらけのまま工房の入口へ駆けた。



---


「エミリア!」


 油と蒸気の匂いが漂う工房の入口に立っていたのは、姉と同じ金髪に、真っ白なシルクのドレスを纏った令嬢――妹エミリアだった。


 ここアルビオン連合王国では、貴族女性の間で膝下丈のドレスに革のコルセット、そしてロングブーツを合わせるのが流行している。

 エミリアもその例に漏れず、黒革のコルセットとレースのヘッドドレスで完璧に装っていた。

 姉のリディアですら見惚れるほどに、可憐で気品ある姿だ。


 その完璧な令嬢が、煤まみれの姉を見つけた瞬間、アーモンド型の瞳を吊り上げた。


「お姉様! 婚約者様との定例茶会まで、あと二時間でしてよ!

 早く子爵家にお戻りくださいませ!」

「えー、まだ二時間もあるじゃん。支度なんて一時間もあれば十分でしょ?」

「十分ではありません! まさかその煤まみれのお顔でドレスをお召しになるつもりですの!?」

「え、顔も汚れてる?」


 革手袋のまま頬を触り、さらに汚れを広げるリディア。

 エミリアは小さく悲鳴を上げた。


「親方ぁ! 今日お茶会だった! 帰るね! また明日!」

 工房内を振り返って叫ぶリディアに、グレゴールは深いため息をつく。

「早く帰れ、ガキ! あんないい男逃すんじゃねぇぞ!」

「はいはい、わかってるって!」


 リディアが手を振ると、工房の男たちも笑いながら手を振り返した。

「ったく、じゃじゃ馬が」

 グレゴールの呟きに、工房中の笑い声が響く。



---


 子爵家の馬車に乗り込むと、片側の座面に布が敷かれていた。

 エミリアは当然のように布のないほうに座る。


「なに、この布?」

「お姉様が煤だらけの服で座るものですから、先日御者が悲鳴を上げたのです。

 賢明な対策ですわ」

「えぇ~、それは悪いことしたなぁ」


 馬車がガラガラと動き出す。

 リディアは窓枠に顎を乗せ、外の景色を眺めた。

 黒い尖塔がいくつも天を突き、灰色の空には白い蒸気が立ち上る。

 その隙間を縫うように飛行船が漂っていた。


 産業革命から半世紀。

 蒸気機関と魔導結晶が融合した新時代――

 それが〈魔導スチーム文明〉。

 誰もが機械を使いこなし、魔導を身近に感じる時代。

 けれど、アルビオン連合王国にはいまだ古い貴族制度が残り、女が機械に触れることは“はしたない”とされている。


 リディアが工房に出入りできているのは、婚約者ロイドのツテで、ようやく認めてもらえたからにすぎない。



---


「それにしても、今日も私の妹は美しかわいい」

「はぁ?」

「率直な感想を言ったほうがいいかなって思って」

「……お姉ちゃんこそ、煤にまみれてても美しいよ」


 エミリアが目を逸らし、頬を染めながら呟く。

 リディアは満足そうに笑った。


「ほら、やっぱり私の妹は尊い!」


 二人の笑い声が、街の歯車の音に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ