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10 赤の余韻

 王都エルメリア郊外の飛行展示会は、ガーデンパーティー形式で行われていた。

 広大な芝庭には魔導炉を埋め込んだヒートプレートが設置され、柔らかい蒸気の風が吹き抜けて、季節よりも少し温かな空気を作り出している。


 空には飛行船が何隻もゆるやかに旋回し、園の中央には魔導浮遊灯が浮かび、薄い蒼の光を投げかけていた。

 給仕係の間を、蒸気で走る小型の配膳車(オートサーバー)がすいと滑っていく。

 金属と花の香りが混じり合う――それがこの時代の、貴族たちの“屋外の優雅”だった。


 並んだ魔導飛行機の中でも、ひときわ目を引くのはスカーレット・ウィング。

 深紅の機体が太陽を受けて輝き、まるで生きているように光を返す。

 その前に立つルカ・アストレインは、やはり人だかりの中心にいた。


 リディアは会場を見渡し、ため息をつく。

 銀灰の髪の婚約者――ロイドの腕には、妹エミリアがぴたりと寄り添っている。


 最近、リディアは灰色のドレスを避けていた。

 かつて好きだった色が、今は胸を締めつける。

 今日はワインレッドのドレスに黒革のコルセット。

 同じ色のヘッドドレスをつけたが、真紅だけはどうしても選べなかった。

 赤は、彼女にとってまだ遠い色だった。


 ふと、父の声が耳に入る。

「王立技術院が魔導推進機の出力強化を求めているらしい」

「軍が動いているのか……」

 そんな会話。

 ルカが頻繁に王都を訪れるのも、その流れと無関係ではないのだろう。



---


 リディアは一人でスイーツの並ぶテーブルに立った。

 銀皿に並んだ菓子の上で、蒸気の粒がきらめく。


「この赤い実がのってるやつ、おすすめだ」


 顔を上げると、テーブルの反対側にルカがいた。

 リディアは思わず吹き出す。


「いつも突然現れるのね」

「俺はそういう男だ。不意をつくのが得意なんだ」


 リディアはベリーソースのかかったチーズケーキを二皿取り、テーブルを回って彼の隣に立った。


「一緒に食べようよ」

「……いいのかい? 貴族令嬢の場合、そういうの問題になったりしない?」

「密室じゃなければ大丈夫。私の婚約者様も、好きにやってるもの」

「あっそう。じゃあ、そこの席に座ろうか」


 二人は並んで腰を下ろした。

 使用人がすぐに紅茶を運び、琥珀色の液体がカップに満ちる。


 ルカが脚を組む。

「意外と足が長いのね」

「“意外”とは失敬だな」

 リディアが笑うと、ルカも楽しそうに笑った。


「君は赤が似合うね」

「……ありがとう」

「俺は赤が好きだ」

「別に、貴方を意識したわけじゃない」


 フォークを持つ手を止めるリディアに、ルカが目を細める。

「あれ? 今の言い方……少し意識してたみたいだな」

「してないって言ってるでしょ!」

 頬を染めて抗議するリディアに、ルカは眉を下げた。


「なんだ。スカーレット・ウィングは格好いいからな。

 あれに影響されたのかと思ったのに。残念だ」

「貴方って……」

「なに?」

「……なんでもない」


 リディアは視線を逸らし、チーズケーキを一口食べた。

 甘酸っぱさが胸に沁みる。


 ルカは二口でケーキを食べ終え、紅茶を飲みながら口を開く。


「なあ、リディア。君の描いた設計図を見たよ」

「んぐっ!」


 リディアは喉を詰まらせ、ルカは慌てず紅茶を差し出した。


「親方の言ってた“専門家”って……もしかして」

 リディアの眉が歪む。貴族令嬢らしからぬ顔だった。


 ルカは優雅にティーカップを置き、穏やかに笑う。


「面白い設計図だった。

 以前の作品もいくつか見せてもらったよ。

 君――俺のエンジニアチームに入らないか?」


「……え?」


 ルカはわずかに眉を下げ、柔らかく笑った。


「なんてな。冗談だよ。

 貴族令嬢を簡単に外へ連れ出せるとは思ってない。惜しいよな、本当に」


「……私が貴族令嬢じゃなかったら?」

「連れて行ってたかもな」


 ルカは腕を組み、白い歯を見せて笑った。

 その笑顔はまぶしく、どこまでも自由だった。


 リディアのフォークを持つ手が、かすかに震える。


 ――私が、一番欲しいものって、何?


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