5.芽生え①
サンドライト教国を出て数日後、一行は険しい山岳地帯にあるダイヤル王国に差し掛かっていた。周囲は切り立った岩壁に囲まれ、空は狭く、重苦しい空気が漂っている。
しかし、その道の感触は、コーネリアスの予想を裏切るものだった。
馬車は舗装された石畳の上を滑るように進む。この険しい山脈で、これほどまでの巨大な岩を削り出し、磨き上げた石材で道を造り上げている技術力に、コーネリアスは驚きを覚えていた。
「コーネリアス殿。もうすぐダイヤルへ到着です。この国は商業が盛んな国ですからな。この山脈の険しさが、魔獣や山賊などの被害を抑え、かえって安全な交易路としての価値を高めております。」
ビアードは、馬の手綱を弾きながら見える景色を指さした。彼の指の先には、巨大な岩壁をくり抜いて造られた城塞都市の城壁がかすかに見えていた。
その姿は、まるで大地そのものが作り出した要塞のようで、見る者に圧倒的な存在感を与えた。
岩の隙間から城下を見下ろした瞬間、コーネリアスは驚きに目を見開いた。険しい岩山の外観から想像していた静寂や厳格さとは裏腹に、街には豊かな活気が満ちていたのだ。
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ビアードたちは、ほどなくして街に到着した。
通りの両側には、高価な香辛料や美しい装飾品、武具や食べ物を売る露店が並び、商人たちの威勢の良い声が飛び交っている。
行き交う人々も、皆、華やかな衣装を身につけ、楽しそうに笑い合っていた。
「おや、旦那さん、いい男だね。旅の者かい?簡素に見えて、なかなかいい馬車に乗ってるじゃないか。よければ、ちょっと見ていかないか? 今日はいいものがたくさん入ってるんだ!」
行商人は、ビアードの全身を品定めするような視線を向けながら、にこやかに話しかけてきた。
「どういうことです?」
コーネリアスは、警戒心から、思わず行商人に問い返した。
「ああ、お嬢さんも美人さんだね。いやね、最近までこの辺りをうろついてた夜盗たちが、あんたたちが来た途端、一匹残らずいなくなったのさ。きっとあんたが、彼らを追い払ってくれたんだろう?
おかげで私たちも安心して商売ができるってわけだ!」
行商人はそう言って、感謝と商売熱心さが混じった笑顔を見せた。ビアードは、その言葉に何も答えず、ただ静かにコーネリアスと顔を見合わせ困り顔で浅く首を傾げた。
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ビアードは、サンドライトでの出来事を鑑み、何よりも安全を優先した。彼は迷わず、警備兵が常駐する、安全性の高い宿を選んだ。
宿の主は、大きな鍵束を腰に下げた無愛想な男だったが、ビアードの事情を聴くと、それ以上は何も尋ねずに部屋を提供した。
「値は張るが、この街ではここの泊まろうか。」
ビアードの言葉にコーネリアスは目を輝かせた。
「わあ!!久しぶりのふかふかベッドだ~!!」
コーネリアスは喜びのあまりベッドへ飛び込んだ。
その様子をみたビアードは微笑み、それに気づいたコーネリアスは布団で顔を隠し照れ隠しをした。
宿に荷を降ろし、片づけた後、ビアードたちは街に出た。
ビアードは胸に抱くオフィリアを見つめ、静かに言った。
「旅は急ぐが、姫様に少しでも旅の楽しみを分けて差し上げたい。」
コーネリアスはその言葉を聞くや否や、通りの一角の店を指さした。
その店には肉を香辛料とワインで煮込んだものをパンに挟んだ、この街の名物らしき食べ物が売られていた。
すぐさまお店に走り出し、コーネリアスは大きな声で店主に声をかける。
「すいません!!二ついただけませんか!!」
ビアードは二人分の食べ物の料金を支払い、コーネリアスがそれを受け取った。
「今はだめかもしれないけど、いつか一緒に三人でこうやってご飯を食べましょうね!!」
コーネリアスはオフィリアに食べ物を見せながら優しく言葉をなげかける。
「あっ!!姫様が笑った!!」
「本当か。それはなんとも喜ばしいことだ。」
ビアードはそう言い、口元に微笑みを浮かべた。二人は和やかな空気に包まれた。
その後、コーネリアスとビアードは、出来立ての食べ物を食べ進めつつ街を散策した。
その道中。
「う、うあああ!!いっけねええ。」
荷物を手に走ってきた一人の男が街中で派手に転んだ。
男はすぐに立ち上がって散らばった荷物を拾い集める。
「ああっと。これで全部か??いや、ねえ!!鉱石がねえ!!!!一番大事なものだ。新種かもしれねえのに。」
ビアードは、突然の騒動に驚かないよう、抱いたオフィリアの体をそっと自分の方に引き寄せた。
「ビアード様、少し一緒に探してきてもいいでしょうか。」
コーネリアスは手に持っていた食べ物を頬張り終えるとビアードに声をかけ探索をはじめた。
ビアードは静かに頷き、周囲を見回した。
「一緒に探しますね。」
「なんともありがたい!!黒い石なんだ。こぶし大の。」
コーネリアスは男に声をかけ探し始める。
少ししてビアードがコーネリアスに声をかける。
「コーネリアス殿、少しよろしいでしょうか。おそらく走ってきた方向、転んだ状況からみて、あのあたりに探し物があるように考えられます。」
ビアードの指差す先は、ロイズが這いつくばって探している場所からわずかに外れた、露店の荷物の陰だった。
「え、あそこですか?少しみてきます!!」
コーネリアスは言われた露店の隅に黒い鉱石を見つけた。
「ありました!!これですか!」
コーネリアスが拾い上げたのは、男が言っていたこぶし大の黒い鉱石だった。彼女はそれを男に向かって差し出した。
男は、目の前に現れた鉱石を見て、全身の力が抜けたかのようにその場にへたり込んだ。
「よ、よかったあ。本当にありがとう。自己紹介がまだだったね。俺の名前はロイズ。行商人だ。わけあってこの街に来てるんだ。お嬢さん。この御恩は忘れないぜ。」
ロイズはコーネリアスに簡単に自己紹介とお礼を済ませるとその場を後にした。
「は、はは。嵐のような人でしたね。」
コーネリアスは困ったように声をもらした。
「なにはともあれ無事にみつかってよかったですな。」
「ビアード様はどうして場所がお分かりに??」
「さっきも言ったように、走ってきた位置、そして転んだ状態などからおおまかな場所を推測しただけのことです。戦闘においても活かせはしますな。」
「な、なるほど!!」
「コーネリアス殿も年を重ね生きていく中で自ずと考えられるようになりますぞ。」
そういってビアードは微笑み、街を歩き始めた。




