7.親と子②
馬車は、城内の安全な中庭へと案内された。既に数名の侍女と、国王の近侍が待機していた。
「騎士ビアード殿、そして姫様。陛下がお待ちです。旅の疲れもあるだろうとは存じますが、、すぐさま謁見の間へおいでくださるようにとの仰せです。」近侍が丁重に迎えた。
ビアードは頷いた。「感謝する。すぐに参ろう。」
オフィリアは、馬車の中で既に目を覚ましており、コーネリアスに抱かれていた。
「大丈夫だよ、姫様。きっともうすぐ、やさしい王様が助けてくれるから。」コーネリアスは涙をこらえ、姫の小さな頭を優しく撫でた。
ビアードは、旅の泥を払うことも許されず、オフィリアを抱くコーネリアスを伴い、そのまま謁見の間へと案内された。
謁見の間は、夜間にも関わらず、数十本の巨大な蝋燭で煌々と照らされていた。
その荘厳な空間の中央、玉座には、ローブを羽織った国王エドワードが既に座している。
彼の隣には、数名の顧問官らしき人物が並んでいた。
ビアードは、オフィリアを抱くコーネリアスと共に玉座の前に進み出ると、深く膝をついた。
「フォースフォリア国王、エドワード陛下に、心よりの感謝と、ザファリア帝国を追われた王女、オフィリア様の亡命を求めます。」
ビアードの言葉は、疲労にも関わらず、力強く響いた。
玉座の脇に控えていた数名の顧問官たちは、その言葉を聞き、一斉に顔を見合わせた。
(なんだと。)(きいたか。王女が亡命?)(どういうことだ。ザファリア帝国の継承権争いに巻き込まれるのか?)
彼らのざわめきと、その場に流れた政治的な緊張は、エドワード国王が一言発するまで続いた。
国王は、ビアードと、その隣で必死に姫を抱く幼いコーネリアス、そしてその腕の中で静かに眠る小さな姫の姿を静かに見つめた後、静かに口を開いた。
「顔を上げよ、ビアード。そして、お嬢さん。」
国王の声は優しかったが、謁見の間全体に響き渡る威厳があり、顧問官たちのざわめきは即座に収まった。
「長き旅路、よくぞ辿り着かれた。余は、そなたたちの決断と勇気を称える。」
国王の言葉を受け、ビアードは一呼吸置くと、すぐにガラルンド王から預かったものをを提示した。
ビアードは旅装の懐から、丁寧に布に包まれた封書を取り出した。
「我が王、ガラルンド王より託された書状です。また後ろにあるものは王から陛下への品々となります。」
ビアードは、封書と、王家のブローチが入った小さな包みを差し出した。
「これは、姫の身分を証明するザファリア王家の家宝のブローチ。また、後ろにあるものは、王から陛下への品々となります。」
「何が入っている。おい、一つ見せてはくれないか。」
エドワードの一声で近侍が城門に待機させていた馬車から、厳重に梱包された木箱を運び入れた。
国王は、ワインの木箱が一歩近づくや否や、玉座から立ち上がった。
そして木箱に近づきワインを手に取った。
「あぁ。懐かしいなガラルンドよ。余は覚えているぞ。」
彼は玉座の間をゆっくりと見渡した。
「ビアードよ。間違いない。これはガラルンドからの贈り物だ。書状は後で確認するがこのワインだけで余にはわかる。」
国王は玉座に戻ると、周囲の顧問官と警備兵に向かって力強く宣言した。
「余は、王女オフィリアの亡命を正式に証明する。幸い余には子がおらぬ。実子として亡命は伏せたままオフィリアを我が子として迎え入れる。このことは内密に。他言無用である!!」
「この酒は、亡命の密書よりも雄弁だ。これは、旧友ガラルンドからの、何よりも確かな信任状である。」
エドワードは、ビアードを真っ直ぐに見据え、深々と頷いた。
「ビアード。よくぞ、ここまで辿り着いた。そして、コーネリアスといったか。そなたも長旅、ご苦労であった。」
エドワード国王は玉座に戻ると、周囲の顧問官と警備兵に向かって力強く宣言した。
「余は、ザファリアの王女オフィリアの亡命を正式に承認する。そして、ここに重大な決定を下す。」
エドワードの言葉に、謁見の間に再び緊張が走った。
「幸い余には子がおらぬ。ゆえに、この亡命の事実は一切伏せる。王女オフィリアを、今日この時より、余の実子として迎え入れる!」
エドワードには長年、子ができなかった。それは子が欲しくなかったからではない。恵まれなかったのだ。
しかし、転機はふいに訪れた。 彼は目の前の幼い姫を、亡命者としてではなく、運命が与えてくれた自身の娘として見つめていた。
国王の宣言に、顧問官たちは顔色を変え、静かなざわめきが起こった。
「この事、一切口外無用とせよ! オフィリアを実子とした事実は、数年の間は秘匿する。だが、『王家に待望の御子が生まれた』ことだけを、大々的に布告せよ。」
エドワードは、ビアードを真っ直ぐに見据えた。
国王の言葉が響き渡ると、ビアードは深く頭を垂れたまま立ち上がった。彼の顔には安堵の色が浮かんでいたが、すぐに騎士の顔に戻る。
「陛下、ありがとうございます。」
国王は、コーネリアスに視線を向け微笑んだ。
「直ちに、この者たちに、この城にある最良の部屋を与え、最上級の休息と食事を用意せよ。まずは今夜はゆっくりと休むがよい。」
国王は最大のもてなしを提案した。
「陛下の温情、身に余る光栄にございます。しかし、私どもの任務は、姫様を陛下の庇護下にお連れすること。これにて完了いたしました。」
ビアードは辞退の意を込めて言い放つと、静かに一礼し、傍らに控えていたコーネリアスの手を引き連れ、玉座の間を出ようと歩き始めた。
「ぐすんっ。」
コーネリアスは、別れを理解しつつも、後ろで侍女に抱かれているオフィリアの小さな顔を振り返る。
姫が穏やかな寝息を立てる中、コーネリアスの瞳には、涙が溢れた。
その様子を、エドワードは黙って見つめていた。そして、玉座を降り、ビアードの背中に声をかけた。
「待たれよ、ビアード。」
ビアードは立ち止まり、国王の方へ振り返った。
「そなたはどこまでも騎士なのだな。そのオフィリアへの忠誠心、たしかに見届けた。」
少し悔しそうにエドワードは笑いながら話す。
「そしてだ。余にはわかる。余の国の兵では、そなたの剣に勝ることはできぬ。」
そしてエドワードはビアードに歩み寄った。
「ビアードよ。オフィリアが、新たな家族を得たこの地で、今後もその剣で仕えてくれぬか。 これは、旧友ガラルンドからの依頼ではない。余、エドワードからの、個人的な願いだ。」
国王の真摯な眼差しと、自らの後を追うコーネリアスの涙を見て、ビアードは深く膝をついた。
「……ありがたき幸せに、ございます。姫様の剣となること、生涯お誓いいたします。」
「そなたもだぞ、コーネリアス。」
「うぅ。は、はいぃ..!!うわああああん。ひめさまぁあ。」コーネリアスは泣き叫びながらオフィリアへ駆け寄った。
「はっはは。余も色々と見習わねばならない。オフィリアは大変幸せ者かもしれんな」
国王は満足げに頷いた。
-国王の言葉により、オフィリア、エドワード、コーネリアスの旅は終わりを告げた。
姫を安全な地へ送り届けるというビアードの使命は、ここに完遂された。
しかし、その忠誠と剣は、さらなる、そして計り知れない重さを持つ運命によって、この王城に繋ぎ止められることとなる。
エドワードの胸には、旧友ガラルンドの頼み、待ち望んだ娘への深い愛、そしてフォースフォリアの将来という、決して失敗が許されない三つの重荷があった。
この決断こそが、彼の人生と王国の命運を賭けた、最大の賭けであった。
ビアードは、もはや亡命者の護衛ではなく、フォースフォリアの王女の、公には存在しない出自を知る、唯一無二の剣となった。
フォースフォリア王国は、秘められた真実を抱えながら、オフィリアの存在とともに、新たな歴史を歩み始めた。
―そして、13年の月日が過ぎた。その秘匿された時間の経過は、13年余りにも及んだ。




