タンスに眠る
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ、「ひょうたんから駒」て将棋の駒のことじゃあなくて、馬のことだったんだね。
前から思ってたんだ。ひょうたんのサイズだったら将棋の駒を入れることそのものは難しくないし、仕込みなりいたずらなりすれば、あとになって出すことなんてたやすいだろ、てね。
でも馬かあ。そりゃ実現するはずない突拍子もないことのたとえになるわけだよ。ひょうたんの狭い口から、あのでっかい馬の身体が出てくるなんて、びっくりどっきり加工映像でもなきゃ実現できないだろうしね。
冗談のつもりでいったことが、本当のことになる。
しょっちゅう起こったら、むしろそちらが当たり前なのかと気持ちが落ち着いちゃうかもだけど、よもやと思うタイミングで数少なく起こると、度肝を抜かれちゃうよね。
実は僕も、嘘のつもりが本当になってしまった事例があるんだよ。聞いてみないかい?
誰かの家でかくれんぼをする、というのは子供時代に楽しみにした人、いるんじゃないだろうか。
勝手知ったる自分の家とは、異なる空間。そこにある未知なるものの出会いと利用が存分にできるかくれんぼは、ささやかな冒険心を満たしてくれるのかもしれない。
そしていよいよ会場が僕の家になるときがやってきた。親に承諾ももらっていて、あらかじめ注意事項も共有していくが、ちょこっとだけ余分な情報を僕は付け足す。
「奥の間のタンスの中には、お宝の日本刀が封印されてあるんだ。だからそこへ近づいちゃだめだよ」
うそである。
奥の間のタンスは見た目こそ大物だけど、そのいずれの段ももぬけの殻。予備としてとってあるとのことで、一時的に古着などの現役をしりぞいたものが入っていることも幾度かあったけど、メインは空っぽだ。
そこに隠れる。完全にインチキな方法だけど、「相手の言い分を素直に受け取るほうが悪い」といったノリでね。ゲームとかでも、言いつけを破るところから物語が始まるなんて珍しくないし、みんなの「気骨」に期待していたわけだ。
鬼も決まり、みんながほうぼうに散っていく。
それを見届け、くだんのタンスからみんなが十分に離れたのを見て取ると、僕はさっとタンス上段。開き戸になっている部分に入り込んだ。小柄な体躯だからこそなせる技だった。
体育座りをして、なお少し余裕が残るタンス内部。その奥まったところに、紫色の風呂敷がくるまって置かれていたんだ。
祖父の趣味で竹刀が袋ごと中に入れられていたこともあり、今回もそのようなケースなんだろうか、と戸を開けたそのときは首をかしげたよ。でもすぐに「こんなこともあるか」と思い直して、中へ潜んだわけ。
かすかに明りとりのためにすき間を開け、とはいえ覗き込まなければわからない隅へ避難する僕。外では人が行き来する音がし、部屋の前の廊下を通り過ぎる姿もちらほら。
でも言いつけを律儀に守り、みんなタンスへ近づくどころか、部屋に立ち入る気配も見せなかった。
――つまんないなあ。少しは約束破りしてこいよ。
主催者側となると、どうも勝手な考えがめぐりがちになる。勝ち確定な場を自分で作っておきながら、それを壊しうるイレギュラーの出現を、つい望んでしまう。
ヒントやにおわせのたぐいはしない。自力で見つけ出してほしいものだ。
おそらく、見つけられて鬼らしい挙動を取り始める面々を見ながら、僕は残りの時間が過ぎるのを静かに待っていたのだけれど。
ふぁさ、と不意に体の左側面をやわらかくなでられて、思わずびくついた。
外からの明かりを頼りにそちらを見ると、あのくるまった布がほどけて広がっていたんだ。どこかしら体が触れて、結び目なりが解けてしまったのだろうか。
けれども、当初の予想に反してそこから出てきたのは、黒塗りの鉄鞘に収まる一振りの日本刀だったんだ。つばや柄にも特徴的な意匠を施すでもない、質素なつくりではあるものの、反りの入った体のつくりがより刀らしさを際立たせている。
驚いたのなんのって。先に話したことは全部、口からの出まかせのつもりだったんだ。それがまさか本当にしまってあるなんて。
誰が入れたんだ? と悠長に考えてはいられなかった。刀はわずかずつだけれども、動きを続けていたんだよ。
つば部分がせりあがってきている。当然、僕は触れていない。許す限り、刀の反対側へ避難していたから。手を伸ばしても届かない間隔があった。
ひとりでにあらわになっていく刀身は、錆ひとつ浮かんではおらず、タンスのうちに入ってくるかすかな光を受け止め、ちょうど僕のほうへ何倍も強めて跳ね返してくる。
あたかも太陽を正面から見ちゃったときのようで、つい目をくらまされた。そして、同時に思ったよ。
このままここにいると、ろくな目に遭いやしないだろう、とね。
転がるようにタンスの外へ逃げるのと、木材がのこぎりで断ち切られるときの摩擦音が響いたのはほぼ同時だった。
逃げ出したその瞬間を鬼のひとりに見られ、僕は脱落どころかレギュレーション違反が露呈し、さんざ文句を言われる羽目に。
タンスの中はというと、例の開き戸の内側の床は対角線上に一本、深々とした真新しい切り傷がこさえられていたんだ。けれども、あの布で包まれた日本刀は姿を消していてね。
すぐ親にも発覚し、犯人も僕たちしか考えられないとまた絞られることになってさ。さんざんな一日になっちゃったよ。