大罪人は大声で嗤う。世界は強者のもの也と。
ある大罪人が死んだ。
過去において彼よりも罪を犯した者はいなかった。
彼自身は知る由もないが未来においてさえ彼を超える者はいなかった。
直接的、間接的に殺害した人間の数は億の値さえも超える。
そんな大罪人が寿命を全うして死んだ。
死の間際でさえ、彼は世界を嘲笑っていた。
自分が死のうとも決して消えない傷跡が残った世界に対して。
自分が死んだ後に続く凡夫共が虫が這うようにして醜く争う世界を想って。
彼は死後の世界を信じていなかった。
だからこそ、死んだはずの自分が全盛期の姿となり見知らぬ場所に立っているのに気づいた時、僅かばかりの驚きを覚えた。
しかし、その直後に自分の姿に怯えて遠巻きにこちらを見ている人間達を見て狂喜した。
見知った顔も見知らぬ顔も皆、一様に自分を恐れている。
だからこそ、実感したのだ。
死後の世界においても自分は自分のままなのだと。
奪い取ってやる。
満ち足りるために。
充実したならば打ち捨てて腐らせてやる。
己の幸福のために。
生前と同じく欲望のままに動き出そうとした時、全ての命を守るようにして一人の女性が現れた。
何も教えられぬままに大罪人は確信した。
彼女は神であると。
淡々とした時の流れに同化するような自然さで彼女は大罪人の前へやって来ると穏やかな表情のまま彼に問う。
「汝は自らが大罪を犯した自覚はあるか」
「あるものか。俺は罪など犯していない」
即答した。
それを予期していたのか女性も別の問いを投げかける。
「汝が生前に甚振り、貪り、苦しめ、殺しつくした命が数え切れぬほどにここに居る」
「知ったものか。俺に負けるほどに弱いのがいけない」
本心だった。
そして、それが彼の持つ価値観でもあったのだ。
「あんたは何故、命を平等に創らなかった。何故、草を食むものと肉を喰らうものを分けた」
彼女は無言のまま彼に先を促した。
「何故、同種の中にあってさえ力に格差を与えた。種の力を一律にすれば争いなど起きなかったというのに」
大罪人は飛び掛かり彼女を押し倒す。
「決して狂わない均等な物を造ることなど人間でも出来る」
圧し掛かり自分を嘲笑う大罪人に彼女は言った。
「機械は命ではない」
「故に完璧なのだ。あんたの創ったものよりもずっと」
素手で衣服を引き破りながら彼は叫ぶ。
「平和が欲しかったのであればそもそも命など創らなければ良かったんだ。分かるか。これはお前の罪なんだ」
女神を慕う者達が嘆き、悲鳴をあげた。
しかし、それでも大罪人は止まらない。
「力に差を与えた。だからこそ、世界は強者のものになったんだ」
生前、神の創りたもうた世界を貪り、死後、今度は神自身を貪ろうとした大罪人に対して神は告げた。
「然り。世界は強者のもの也」
その言葉と共に大罪人は弾き飛ばされる。
理解出来ぬ力を身に浴びた大罪人はそれでも即、身を起こした。
彼はひるまない。
彼は怯えない。
何故なら強者だから。
「ここは我が楽園」
神の言葉を無視して大罪人は再び暴力を振るおうとした。
直後。
彼は力の全てを失いその場に倒れ伏す。
何が起きた?
そう呆然としたまま彼女を見上げた。
「つまりは我の世界」
そこには圧倒的な、誰であっても決して敵わない強者が居た。
「悪は不要。獄にて永劫に苦しめ」
刹那。
大罪人の存在は痛みという概念と同化し、そして消えた。
楽園に。
世界に。
永遠の幸せが訪れる。
自分を称える死者たちに神は微笑み告げた。
「ここは我が世界」
慈愛に満ちた声。
「愛しき者達よ。永遠の時を満ち足りて生きよ」